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ヒカルちゃん  作者: てる
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日常 〜気づき〜

 少女は言った。


  「人にはね、言いたくても言えないことがあるんだよ。」


 彼女の名はヒカル。前髪をまっすぐにカットし、そこから覗かせる目は強く訴えかけるものがある。ただ彼女は全てを語ろうとしない。何が彼女をそうさせるのだろう。

 


 [小学生]


 私には2人の姉と妹がいた。2人の姉は私が小学3年生になるくらいからすぐ家を出たため、私と妹そして両親の4人暮らしだった。


「おい、洗濯物早よとりこまんや。ぼんくらが。」


 父は変わった人だった。いきなりキレては殴り、ワケもなく蹴られ暴言を吐きまくる。

 家にいるときは絶対服従。少しでも機嫌を損ねると決まって殴られていた。物覚えした時から家がこんなだったからこれが普通と思ってた。


「ヒカルちゃん!今日うちん家で遊ぼう!!」


 太陽のような笑顔を見せる彼女の名はマリちゃん。いつも優しくすごく思いありのある子だった。


「あら、ヒカルちゃん。いらっしゃい。」


 彼女のお母さんも彼女と同様笑顔が眩しかった。そこの家は居心地が良く、そしてピアノがあった。私は音楽が大好きで、恐る恐る弾いてみると上手だね〜って2人して褒めてくれた。何をするにも人の顔ばかり伺ってるもんだからその言葉が何よりも嬉しかった。マリちゃんはお父さんに怒られたことがなく、大好きと語っていた。

 私はそれが不思議だった。


 周りと違うことを徐々に感じてきた頃、いじめが起きた。

 集団でシカトをされたり、悪口を言われたり。でも私はそんな事で悲しくもならなかった。だって痛みってそんなんじゃ何も感じないんだもの。


 だから教えてあげることもあった。力も言葉もあんた達に比べたら上よ?毎日お父さんから教わってるんだから。誰も私には勝てなかった。そもそも集団で戦おうとすること自体アホらしい。頭も良く運動もできたから尚更いじめの対象になった。それでも私は学校の方が居心地良かった。早く家を出てはクラスで1番に着くこともあるくらい。そして自分から熱い視線を送りリーダー格の子たちに毎日スマイルを投げかけた。私から寄っていけば彼女たちは心がムズムズしだして、いずれ私を許すだろうと思ったからだ。案の定彼女たちは自ら私のところへ来て仲良くなった。それから何回もいじめられては仲良くなりを繰り返していた。

 ある日転校生がやってきた。彼女はお金持ちをアピールしてた。転校する前の学校でクラスメイト全員にお別れのプレゼントを渡したそうだ。内容は何だったか忘れたけど鼻につく子だった。そんな彼女が可愛らしい消しゴムを持っていた。それを仲良しのリサにあげてたから私も欲しいと言いもらった。でも私はその消しゴムを使うことなく、たまに帰ってくるお姉ちゃんにプレゼントした。お姉ちゃんの機嫌もとっときたかったし、もっと仲良くなりたかったからだ。次の日通称金持ち女はまたリサに消しゴムをあげる約束をしていた。私は別に欲しくなかったけど貰えるもんはもらっとこうと約束を交わした。その次の日、彼女は来なかった。母親に学校でいじめられてると言い、私は担任の先生から呼び出された。その先生は言動がきつく壁際に追い込みバンバン壁を叩くもんだからビビるものもあったけど、何のことで呼び出されたか全く見当がつかなかった。


「最近リサちゃんとした悪いことを言いなさい。」


 私は震えながら正直に考えられる悪いことを話した。寄り道して帰ったことや、子どもだけで入ってはいけない場所に行ったこと。だけどどれも違った。もう考えられる事がない。先生にこのまま殺されるんじゃないかという恐怖心から涙が溢れ出た。そしたらやっと先生の口から通称金持ち女が消しゴムを持ってこれない事を聞かされた。私は驚いた。え、それ!!!!?って。もちろん口にはだしてない。心の叫びだ。

 そして説教が始まった。


「あなたは消しゴムを買うお金もないんですか?」


 私はこれ以上怒られまいと、当たり障りない回答を続け最後に悪いことをしたと謝った。家に帰ってからもお母さんに恥ずかしいと言われ怒られた。

 結局通称金持ち女はお金持ちではなく友達をちょっとした “モノ” で釣ってただけの子だと判明した。正直仲良くしたくなかったけど怖い先生からの指導で仲良くしなくてはいけなかった。結局その子もみんなと一緒になって私をいじめてたけどね。


 私はいじめに関して誰も責めてはいない。だって生まれ持ったものがみんなから嫉妬を買ってしまうんだもの。学年が変わって先生が変わって前回の先生より優しそうな人が担任になった。その先生は私がいじめられてることを知っていた。知ってはいるものの私を助ける努力はしてくれなかった。私が繰り返されるいじめに相談したこともある。先生はただこう言った。


「ヒカルは頭も良くて運動神経もいい。そして顔もいいからみんな嫉妬してこういうことしてるだけなの。あなたはいい子だから気にせずに過ごしなさい。」


 それから私は繰り返される日々をただただ過ごした。



[転校]


「ヒカル、引っ越そうか」


 小学六年生になりたての頃、お母さんにいきなりこう言われた。私は何のためらいもなく目を輝かせ言った。


「いつ!?いつ引っ越すの!!!!?」


 転校生に憧れもあったし何より違う場所に住むことにワクワクした。妹は嫌がってたけど。

 早速いじめっ子たちに転校することを伝えるとリサは目を輝かせ、


「え!うそ!!!いつ?やだ、寂しい!」


 と誰がどう見ても嘘だろこいつ喜んでんじゃねえよという顔をしていた。私がいつになるかはっきりは分からないというと残念そうにし、またニヤついてるのがバレバレの寂しいを口にした。

 朝いつもの道を登校していると、リサのお母さんが黄色い旗を持って立っていた。ここの学校は毎日どこかの家庭の親が当番で歩道の至る所に立って子どもたちを見守る活動をしていた。


「ヒカルちゃん引っ越すんだってね。リサが寂し〜って悲しんでたよ。」


 私は薄ら笑いを浮かべ、あはは〜こいつ学校で私のこといじめてんだよって言ってやろうかと思った。言わなかったけどね。

 んま別にみんなのこと嫌いではなかったし私にとっては救いの場所だったから本当にありがたかった。


 新しい学校では前いたところより田舎ということもあり、クラスが2組しかなかった。残りの数ヶ月をここで過ごすことになる。この学校でどんな事があったかざっくり話すと、田舎あるあるの近所のおばちゃんに竹の棒持って追いかけられたり、自転車乗ってて傘が引っかかり真正面に一回転したり(道路整備されてないため道がガタガタ)。クラスの男の子にラブレター書いて返事がずっと来ないと思ってたら机の中に “ごめん” と書かれた紙切れが。1週間くらい机に入ってたのにその子からの返信だと全く気づかなかった。これが初めての失恋かな。他にはルールも分からないままバスケ部に入ってたりとか。話し出すときりがないくらいあるけどいつも考えてた事がある。 “早く大人になりたい” と。


 [家族]


 正直まともな家庭なんてどこにもないと思う。何かしらの問題を抱えてみんな生きてるから。もし今あなたが “幸せ” と感じるならその “幸せ” を忘れないでほしい。そして優しい気持ちを忘れないでほしい。貴方が幸せと感じるその気持ちを周りの人にも分けてあげてください。救われるものがあるから。そしてこの事も忘れないでください。その陰で貴方じゃない誰かが苦しんでるから。

 私は家が大嫌いだった。家に近づくと嫌な気持ちになるの。ため息がたくさん出るの。緊張するの。今日は機嫌いいかな?怒鳴ったりしないかな?って。もちろんお腹は空くし眠くもなる。帰る場所はここしかないから。逃げる場所なんてなかったから。

 何度も家を出ようとした。けれどお母さんや妹のことを考えると出れなかった。私がいないことで起こり得ることを何度も何度も考えた。私がいることで打たれなくもなるから。

 だから決めたんだ。高校卒業するまで我慢するって。

 私は何度も限界を超えた。その度に心の隙間が広がっていった。私は勝手に勘違いしてた。自分は強いと思ってた。でも違ったんだ。私はここにいるようで本当は存在してなかったのだ。言われることだけやるときもあった。怒られるときや打たれるときは決まって心を “無” にしていたのだ。

 毎日が嫌で辛くて周りの家や友達のことを羨むこともあった。お父さんから本気で殺されそうになったこともある。


「殺してやる、死ね」


 怒りで狂った様に目を充血させた父に何度も心臓付近を尖った箸で刺された。まだ死にたくなかったからトイレに逃げ込み鍵を閉めた。この家で鍵があるのはそこしかなかったからだ。友達に相談することもあった。みんな私を助けることなんてできないことは知ってたから、それをよく笑いに変えて話すこともあった。中学に上がると上下関係が厳しくなった。ひとつ上の学年からよく呼び出されたり、もちろん同級生からのいじめもあった。文句あるなら飛びかかって来いと思ってた。そしたら私のストレス発散になるから。私にはちゃんとした友達がいなかった。できなかった。“学校” という場所は私にとってはただの “逃げ場” でしかなかったのだから。上辺だけの仲間なんて必要ない。私はほぼほぼ抜け殻だったからそんなことはどうでもよかったのだ。とにかく未来のことだけ考えて耐えていた。


 [お寺]


 みんなが想像してるお寺はどんなものだろう?私の姉妹はお寺が嫌いだ。親戚がお坊さんという事もあり、小さい頃からよくお寺に通っていた。別にお祈りしても状況が良くなることなんてハッキリ言ってない。お母さんが根っからの信者で祈れば改善されると本気で思っていたのだ。ある日の朝妹がひどくお父さんに怒られていた。勉強ができない妹の顔を何度も机に打ちつけ灰皿で殴り罵倒していた。私は止めに入ったが力及ばずキッチンにいたお母さんに助けを求めた。


「お母さん!助けて!!カンナが死んじゃうよ!!」


 するとお母さんは包丁を止めることなくこう言った。


「しょうがないでしょ。勉強できないんだから。」


 私は収まるのを待つしかできなかった。案の定 妹の顔には大きなアザができ、その顔で登校したら妹の担任の先生から呼び出された。妹と私は口裏合わせをし、誤って階段でこけて棚で顔をぶつけたということにした。先生は納得してない様子だったがこのことを問題にすることなくおわった。当時の妹は小学1年生。本当のことを言ったらどうなるか想像ができた。もっとお父さんにひどい目に合わされると思ったのだ。だから隠した。習い事でも男の子にかわいそう、痛そうと言われた。私はそうやって言われてる妹を見るとやるせない気持ちになって男の子に殴りかかった。


「かわいそうって言うな!」


 その後からその習い事には行かなくなった。

 お母さんはそんな妹を人様に晒すように親戚のお寺に行っては、お父さんにされたのと言っていた。私は何も言わなかった。ただ かわいそう、かわいそうて言われてる妹のそばに居ただけ。誰も私たちを助けることはしてくれなかった。


 [貧乏人]


 私は早く大人になりたかった。大人になれば仕事もできるしお母さんを助けることだってできる。少しでも笑ってほしかったからよくふざけて笑いをとっていた。お父さんは仕事をしてた時もあったけど、辞めてほとんど家にいることの方が多かった。もちろんお母さんの稼ぎだけで生活するのは厳しかったから、おばあちゃんにお金をもらっていた。その事実を知ってから何か欲しいのある?と聞かれたときだって、誕生日の時ですら何もないと答えていた。大好きなスイミングスクールも飽きたからやめるとウソをつき辞めた。学校でいじめられた時も貧乏人だと言われることもあった。それを言われるのが一番嫌だったけど耐えた。私が物欲がない分妹はよくお母さんにモノを買ってもらってた。妹は家が貧乏だということを知らなかったんだと思う。実際おばあちゃんに相当なお金もらってたから食べるものには困らなかった。


 [夢]


 将来の夢を何度か聞かれたことがある。子どもが好きだから保育士になりたいと答えた。お母さんは即座に、お金にならないから辞めなさいと言った。次に美容師になりたいと答えると同じ回答。それから私はお母さんが喜ぶことだけを考え自分の好きなこと、やってみたい仕事など全部頭の中から消去した。お金になる仕事、お母さんがなって欲しい仕事。次に聞かれた時には何も考えつかなかった。中卒で仕事をしようと考えてはいた。そしたらお金を家に入れることが出来るしお母さんも少しは楽になるだろうと。でもそれをいうとお母さんは高校は卒業しなさいとだけ言い近くの高校に通うことになった。私には本当に意味のない学校生活を送ることになる。その高校はバイトをしてはいけなかったから、こそっと長期休みの時にできるバイトをしていた。そのお金や今までもらってきたお年玉を学校の教材や制服に使い、3年間過ごした。


 後々に母から言われたことがある。


「あんたは全然話さないよね。何も教えてくれないんだもん。何がしたいとかさ。」


 言わないじゃなく言えないのだ。否定ばかりされてきた私は母に自分の考えを伝える事ができなくなった。何をするにも相談をしなくなった。

 いよいよ高校を卒業する年、学校に進路希望を出さなくてはいけなくなった。もちろん私は就職希望と提出した。したいこともなかったから。給料が良さそうなところを選別しそれだけを母に伝えた。またもや否定をされたけど面接に行くことになった。どこぞやの島にあるホテルの従業員の募集だったが、そこのホテルに着き私は唖然とした。何もない。ここで私は一生を過ごすのかと思うとゾッとした。一応面接は受けたけど私はトンチンカンな回答を繰り返し、どうか落としてくださいと心の中で祈っていた。その後見事に落ちた私はここで母から


「歯科技工士はどう?手に職をつけたほうがいいわよ。」


 と言われる。私はネットでどんなものかを調べやっていけるか不安ではあったが、その専門学校に通うことになった。


 [家出]

 高校を卒業した私はすぐさま家を出てとりあえず姉と一緒に住むことになった。毎月1万円ちょっと払えばいいからと言われ住んだものの、仲は良くなかった。元々離れて暮らしていたためどう接していいか分からず、すれ違うことも多かった。そんな矢先妹が家出をした。1人取り残された妹は荒れ、ヤンキーになってしまったのだ。捜索願が出され、妹の携帯も止められてたので連絡をとる手段がなく、妹の友人らに連絡して探していた。そうこうしてるうちに妹は友人宅にいることが判明する。私は妹をおばあちゃんの家に呼び、そこに両親を呼んだ。ちゃんとどうするか話し合ってほしかったのだ。久しぶりに見た妹の顔はひどく怪我をしており何があったか尋ねると、無免許で原チャリに乗り壁に激突したらしい。病院には行っておらず、自分で包帯を巻くなどし治療してるようで何とも痛々しかった。両親と対面した妹は激怒し、

「なんでこいつら呼んだんや!!」

 と泣き叫び、すごく申し訳ないことをしてしまったなと思った。1人で取り残された妹を思うと胸が痛んだ。元々考えてはいたものの私が妹を引き取ることになった。母方のおばあちゃん家ということもあり、さすがに父は何もしなかった。母もどうしたらいいかわからないと言い、本当この人どうしようもない人だなと呆れた。一方の姉たちは妹を甘えてる、私たちの方が父親からの暴力ひどかったと言い助けようとしなかった。

 その後私は妹と住む場所を探し一緒に暮らすことになる。高校で借りてた奨学金の返済もあり、専門学校で借りてる奨学金とバイト代でギリギリ生計を立てていた(正直この頃から白髪が目立つようになる)。

 高校を中退すると言う妹をあらゆる方法で説得し、担任の先生とも連絡を重ね妹自ら学校に行くと言ってくれた。最初は家から学校までの交通費を渡していたが妹は進んでバイトをするようになり、交通費も払うようになった。妹の荒れた心を少しづつ取り戻して行きながら資格を取るために勉強もそれなりに頑張った。

 無事に高校卒業を間近に控えた頃、私も専門学校を卒業し名古屋のラボに就職が決まった。私が少し離れたところに住むことになれば、妹が心配になる。誰を頼り生きてくことになるのだろう。私はできる限りのことはした。何度も話したくもない親や姉、そして親戚に連絡を取り、妹との中に入って妹がこんな思いで生きてきただとか、本当はこんなにいい子なんだと彼女らの様子を伺いながら明るく話した。

 双方の心を掴んだ私は安心して妹を置いて就職することになる。妹の住む場所を探して何かあったら連絡するように言った。

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