その二 自己対象転移
自己対象転移が上手くいっていないのは、松井さんに対しても同様だったようである。
運搬をしていると言い出した。
「さっき、松井さんに仕事を振ったんですよ」
この時は、残業の最後の三十分だった。
「時間がないのに、四チャージやるんですか、とか言ってくるんですよ。三十分で出来る訳ねえのに。一体何なんだよ」
何をそんなに切れているのか、よくわからなかった。そもそも、何チャージやるのか指示しておけば済むことだった。
「どうせ、小迫さんが手を出しそうですけどね。手伝うなって言ったんですけど」
別にいいじゃん、手伝ったって。
「そうか。わかった。段取りだけで終わると思ったんだ。あいつの計略に引っかかった」
そこまでは考えていないであろうが、自己解決したようなので、まあヨカッタヨカッタ。
数日後。
昼休み前に、成見が実験Z棟に現れると、入庫ラベルを貼り出した。
チャイムが鳴った。
ダラダラと社食に行こうとしていると、成見がまだラベルを貼っていやがる。
ダイレクト部品は、一応私の担当ということになっている。ここで彼を置いてとっとと休憩に行くと、彼はどういう反応を示すだろうか。
案外、何も気にしないかもしれない。しかし、彼のリアクションが予測出来ない。後で何か言われると面倒だ。自分がやっているのに何故私が休憩に行くのか。そんなもん、知ったことか。
かといって、手伝ってやるという選択肢もない。そこまで恭順の意を示すのは危険だ。ブラック仲間だと思われてしまう。
しかし、こいつに他者に対する気遣いというのはないのか。そういうことをされると、こっちが休みづらいとは思わないのだろうか。まあ、思わないのであろう。
ここは黙ってやり過ごすしかない。ロッカーの前でスマホを見た。ドル円も株も下がっている。まだ終わらない。ニュースアプリを立ち上げた。まだ貼ってやがる。
結局、五分近くかかって、全てのパレットにラベルを貼りやがった。
裏紙をゴミ箱に捨てると、そのまま黙ってヤードを後にした。
私が何故そこにいるのか、彼は気にも留めていないようだった。