その十三 ダブルチェック
数日後、笹井さんは出勤してきた。しかし、まだ腰痛が治っていないようだった。
「運搬行けますか」
成見が聞いた。
「いや、ちょっとまだ無理だね」
そういう訳で、私がやることになった。
どうも、いつもこのようなやり取りをしているのであろう。
運搬中は、笹井さんの話題は出なかった。成見も慣れたのであろう。
実験Z棟で台車を降ろしていると、そこへリーチフォークがやってきた。ガイドを持ってきたらしかった。運転していたのは、今年定年を迎えて、現在はシニアとして工場に残っている社員だった。平野さんがいないのであろう。彼はリーチフォークを脇に停車させると、横のクローザー工場の入り口で煙草を吸い始めた。そこには灰皿があり、喫煙所となっていた。半袖で寒くないのだろうか。
我々が作業を終えトラックを出すと、成見が咎めるように言った。
「いいんですか、仕事中に煙草吸ってて」
「いいんじゃないです。シニアだし」
「シニアだといいんですか」
勿論、いいとか悪いとか、そういう意味ではない。シニアの立場で、周囲から何をどう言われようと、今更知ったこっちゃないだろうという意味だ。しかし、理解されそうになかったので何も言わなかった。
土曜日は、朝から小迫さんがダイレクトに回されてきた。
ダラダラと梱包でも始めようと思っていると、小迫さんが声を上げた。
「朝木さん、これ違ってるよ」
仮組表のクリップボードを渡された。中国向けのアウトリンクだった。
何がどう違うのか、さっぱりわからなかった。
小迫さんに指摘された。
どうも、チャージナンバーが違っているらしい。『10』と書くべき所を『01』と書いているようだ。
昨日に、松井さんが記入したものらしい。
よくこんなの見つけるな。自分でやった訳ではないのに。
まあ、『10』とはつまり十月のことなので、見ればわかるのか。
どうしようかと思案に暮れていると、選りに選って、このタイミングで成見がやってきやがった。
「どうしたんですか」
小迫クンのおかげで、説明する羽目になった。これで揉み消しは不可能になった。
こいつはマジで長田さん並になってきたようだ。転移を通り越して、何か霊的な力で一体化しているのかもしれない。
取り敢えず作業表を見た。こちらでは、きちんと『10』と書いている。問題は製品ラベルの方だ。
松井さんはいつもミスする。ゴミ箱を漁ると、案の定、書き損じのラベルを発見した。こちらもきちんと『10』と書いている。製品ラベルも間違っていないことはほぼ確実だった。仮組表を書き直そうとすると、成見が言い出した。
「いやいや、それは確かめないと」
わざわざ、パレットを立体倉庫から引っ張り出すと言い出した。物流の三好さんに電話をかけた。ミスったのが松井さんだからなのか。全くよくやる。
製品ラベルの方も間違っている可能性は少ない。わざわざ、忙しい物流の手を煩わすのは忍びなかった。手間とコストを考えたら無意味だ。しかし、そんなことは考えていないのであろう。
昼休みが終わると、笹井さん、成見そして私の三人で新工場へ行った。パレットが既に降ろされていた。
製品ラベルのナンバーは、間違っていなかった。
こういった時にいつも思うのだが、社員とサブ二名と、物流を動員するコストを考えたら、メール一本で謝罪した方が余程安上がりではないだろうか。しかし、ミスはやはりマズイのであろう。今回は仕方ない。
「これからは、ダイレクトでも、ダブルチェックをやって下さい」
ここで断るガッツはなかった。結局、ダブルチェックをやる羽目になった。ああ、面倒くさい。
実験Z棟に戻ると、部品台車を見て言い出した。
「空全部返さないといけないんで」
Eワイリンクはセットにも使用される。本来は島村君が指定してくれないと手を出せない。
しかし、部品の流れが停滞していたので、他にやるブツがなかった。UCでも同様だったらしい。空コンテナを返さないと、更に停滞する。取り敢えず、仕向け地未定のまま梱包だけやって、隅に積んでおくことになった。場所も取るし、後で積み替えるのは私だった。二度手間になるので、あまりやりたくはなかったが、選択の余地はなさそうだった。
結局、午後からは一人で作業をして、三時で終了した。他の連中は選別に回され、四時までになった。誰もいない工場を、一人でさっさと後にした。