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自己愛性ブラック~その原因とメカニズム~  作者: 朝木深水
第十六章 境界線
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その十 少佐

 成見も、相変わらず言っていることがよくわからなかった。

 笹井さんが、他のセクションの応援で夜勤などに駆り出されていたため、私が運搬に付き合う機会が増えた。

 広い工場を走り回る間、車内で相手をする羽目になった。


「ガソリン値下がりしましたね。昨日入れましたよ」

「ああ、そうすか」

「ガソリンの値段て、何で決まるんですか」

「何で。先物取引で」

 原油価格は、OPECの総会で産出量が決定され、それで価格が決まる。いや、OPECってもうないんだっけ。覚えていない。それにしてもこいつはニュースくらいは見ていないのか。


 車内で二人並んで、ヨタ話に興じる姿は、まるで『ハワイ・ファイブ・オー』だった。

 ドラマと違うのは、私の方はともかくとして、こいつは少佐のようないい男ではないということと、夫婦漫才がクソ面白くもないということだった。

 おまけに笹井さんが新任で、元からあまり仕事熱心ではなかったようで、旗振りから残業も含めて、こいつが全てを仕切り始めた。前からこうなるだろうとは思っていたが、当然といえば当然の流れだった。


「やっぱり、みんなの評価にも影響するじゃないですか」

 成見が言った。

「他だと、結構やらない奴はやらないらしいんですよ。でも、前に加藤さんが言ってたじゃないですか。もし、何かあった時に、真っ先にそういう奴から辞めさせられるんですよ。だから残業をやらせることが、みんなのためになるんですよ」

 先日は確か、残業を振りにくくなるから残業をやらせるという話だった。何が何でも、残業をやる方向へ誘導したいらしい。

 それに、加藤さんが言っていたのは、残業云々ではなかったはずだ。まあ残業も無関係という訳ではないのだろうが。


 話は残業から、ジムの話に移った。

「朝木さんもやりましょうよ」

 未だに私を誘ってくる。

「いやあ、残業の後はちょっとキツイですね。時間もないし」

「残業の後だからこそ行くんですよ。みんな仕事帰りとかに、時間を作って通ってますよ」

 『時間は作るもの』。またどこかで聞いたような、自己啓発本じみたことを言い出す。

 確か、さっきまで、如何に残業をやるかという話をしていたはずだが、その後更に、一緒にジムへ行こうという話なのか。それとも、最初から何も考えていないのか。

 そもそも、私は一緒にいても楽しくない人間だと思うのだが、何故、ここまで執拗に誘ってくるのか。ジムに通うと誰もがこうなるのか、それともこいつだけなのか。

 残業にしても、筋トレにしても、私は基本的にやりたくない。いや、実は筋トレの方は多少興味がないことはないのだが、この工場にいる限りは、ジム通いに費やす金も時間もない。特に時間がない。私にも一応、プライベートタイムというものがある。何をやっているかは、ヒ・ミ・ツ。

 成見が自己愛性PDだとすると、こちらの都合を無視して自分の考えなり欲望なりをごり押ししてくるのは理解出来る。しかし、そういった傲慢さとか、自己中心性だけではない何かを感じる。

 小迫さんや松井さんも、アホだとは思うが、それほど奇異な印象は受けない。

 しかし、こいつと話していると、いつも奇妙な感覚を味わう。他の人々と一体何が違うのか、これまではよくわからなかった。

 しかし、最近になって、その奇妙な感覚の正体が、おぼろげながらわかったような気がした。これまで曖昧模糊としていた、漠然とした印象が、具体的な言葉となって実を結んだ。それは『境界線がない』という言葉だった。

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