表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自己愛性ブラック~その原因とメカニズム~  作者: 朝木深水
第十五章 誰もが病気
197/397

その十一 笹井さん

 月が変わると、早速笹井さんが朝礼に参加してきた。

「では、笹井さん、何かありますか」

 前田さんが言った。

「いや、まだ何もわからないんで」

 それが、笹井さんの最初の挨拶だった。

 身長は成見くらいだったが、メタボではなかった。やはり自前の眼鏡をかけている。顎には無精髭を生やし、よく通る声で丁寧な話し方をした。年齢は、私より少し上だったようだ。

 中組は、梱包ヤードの通路を挟んだ向かい側だった。笹井さんは、事務所に出入りしてはいたが話したことはなかった。成見は社員どもに同化していたので、既に知っているようだった。昼休みには、電気を消した事務所で、笹井さんが足を伸ばして寝ている後ろで、成見がPCに向かって作業をしているのを見たことがある。さぞかしうざかろうと思ったが、実際彼が何を考えていたかはわからない。

 前田さんと一緒に実験Z棟にも来たが、何せ最初は中組と行ったり来たりで、私の方もずっとダイレクトにいたため、あまり話す機会はなかった。


 ある日、UCにいる時にセクションのことを聞かれた。

 当たり障りのないことを言っておいた。

 小迫さんは頭のネジがぶっ飛んでおり、松井さんは頭のネジが抜け落ちている。他の連中は知らん。

 しかし笹井さんはリア充っぽくて、前田さんのような繊細さには欠けているような気がした。私とは違い、年齢相応にしっかりしていた。前田さんのような、リア充に対するルサンチマンとか心の闇は感じなかった。

 本当にイカれているのは誰か、理解出来る日が来るとは思えなかった。


 その時も、彼はいなかった。

 まだ月初めで、ブツの上りが悪かった。昼間には、私が防錆した75RXが製造に持って行かれた。

 残業時間は、UCヤードでラベル切りになった。何故か新海君だけが残っていて一緒だった。一時間で終了となり、帰ろうとした。成見が新海君を呼び、何やら説教を始めた。すぐに終わるだろうと思って、ロッカーの前でフラフラとしていたが、一向に終わる気配がなかった。別に私が消えても誰も気にしなかっただろうが、サブという立場上、新海君より先に帰るのは憚られた。

 前田さんと伴野さんがやってきた。

「愛がないよ、これじゃあ」

 伴野さんが言った。

 どうも、JITカンバンのデザインがわかりにくいと言っているようだった。

「帰れば」

 一人うだうだとしている私を見て、前田さんが言った。前田さんも、成見と新海君に気付いたようだった。お言葉に甘えて帰った。

「愛がないよ、愛が」

 伴野さんが言った。

 確かに、終業後に十分以上も拘束するのは、愛が足りなかった。


 あまりダイレクトには来なかったので、新海君の普段の様子は、あまりわからなかった。しかし成見は不満だったのであろう。新海君に対してプレッシャーをかけ続けた。

 ある日、私がUCに戻ると、成見が新海君の肩を掴んで揺さぶった。

「明日も頼むよ」

 激励に見せかけた、ちょっとした恫喝だった。

 下には睨みを利かせると同時に、上の連中に恩を売るのも忘れていなかった。


 次の土曜日には、前田さんと成見が、二人揃って工場とのソフトボールの試合に参加した。笹井さんは休出してくれたが、ラベル切りすら教わっていなかった。UCは浦田がみてくれたので、私はダイレクトで適当に作業をこなし、適当に切り上げた。翌週に何か言われるかもしれないと思ったが、何も言われなかった。三時まではやったので、うだうだと言われる筋合いもなかった。


 更に、その翌週の土曜日のことだった。

 タスクの遅れを取り戻すべく、大量に部品が届く予定となっていたが不発に終わり、珍しく午前中で終了となった。

 事務所に入ると、成見に聞かれた。

「市民会館って、どうやって行けばいいんですかね」

 私は地元だったので、よく知っていた。

「そこの国道をまっすぐ行って、ガソリンスタンドの交差点を左折して……」

 説明を試みたが、よくよく考えてみると、スマホのマップで検索でもすれば一発だった。

「ちょっと、書いてもらっていいですか」

 釈然としないまま道順を書いてあげた。ところが言い出した。

「駅から歩いて行きたいんですけど」

「え、歩き。車じゃなくて」

 言うまでもなく、彼は軽トラで通勤していた。

 話をよく聞くと、その日の夜に市民会館で、とある演歌歌手のコンサートが開かれるらしかった。その演歌歌手とは、加藤さんの行きつけのスナックのママが応援しており、そのスナックとは、忘年会でここの連中が連れていかれた、あのスナックらしかった。

 どうも、加藤さんが持っているチケットで一緒に応援に行き、その後に、そのスナックで打ち上げか何かをやる予定らしかった。そのため、車ではなく電車を使いたいらしかった。しかし、駅からだと道が複雑だった。

 結局、道順の説明は有耶無耶になった。どうも、私の説明能力に問題があると思われているようだった。第三の男を思い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ