2. 異常を自覚したのなら
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龍一の意識が覚醒する。まだ目は開かないものの、今横になっている事は自覚できた。頭が何かに乗っている。いつも就寝時に使っている枕ではないだろう。柔らかく弾力があり、それでいてどこか懐かしい感じがする。
その感触をより得ようと、龍一は目を閉じたまま手を伸ばす。
「うひゃん!?」
触れた途端、奇声が頭の上から降ってくる。その声で一気に頭が回り始めた。自分の状態、聞いたことのある声から判断すると、今の状況は・・・
ガバッとばかりに飛び起きる。反射的に振り返った。
「すまない長浜さん! 寝ぼけていてつい触ってしまった!」
「い、いえ。そこまで謝ることでは。ちょっとビックリしただけですから」
そう。龍一は茜に膝枕をしてもらっていたのだ。突然太ももを触られれば驚くのは当然。「セクハラだ」と訴えられてもおかしくない。今回それは免れたようだが。これまでの交流の成果か、無理もない反応だと理解してくれたからか。
「ところで長浜さん、その格好は一体? それにその耳は・・」
双方が落ち着いたところで、龍一は先程から気になっていた点を指摘する。茜の服装が完全に変わっていたのだ。あの不可思議な光に包まれる前は、間違いなくごく普通の女性用スーツだった。しかし今の格好はどうだろう。白衣白衣に緋袴。簡単に言えば巫女装束になっているのだ。あの一瞬で着替えられる訳もなく、不思議に思うのは当然だ。
極めつけは頭の上。一対の獣のような、はっきり言ってしまえば狐の耳がついているのだ。ぴこぴこと忙しなく動く様子を見れば、作り物であるとも考えにくい。茜の後ろにはふさふさの尻尾まで見え、これもまた動く様子から作り物ではないだろう。彼女の髪が腰まで伸び、金色になっていることなど大した変化ではないように見える。
「これは・・私にもわかりません。気付いた時にはこうなっていて」
言うとおり、茜自身も変化に戸惑っているようだ。狐の耳もへたんと倒れている。感情に合わせるかのように。恐らく意識的には制御できないのだろう。
「でも、社長も気がついていないんですか? ご自分のお体だって相当に変化してます。特にその」
ここで何故か茜は言葉を切る。
「大きくて、太くて、黒光りする、立派なものをお持ちなのに」
茜は龍一を見ている。どうも顔ではなく頭のようだ。視線に釣られるように手をやった龍一は、あり得ない感触に驚く。自分では見えないが、どうも角のような物が生えているらしい。側頭部の上辺りから耳の後ろをぐるっと回り、頬の近くまで伸びている。付け根を何度も確認するが、間違いなく自分の頭から生えているものだ。さらに言えば、触った感触まではっきりと感じられる。何度も言うが作り物ではない。
その最中に確認出来たのは、肌の色まで変わっているということ。少し前までは日本人として一般的な肌色だった。多少日焼けしたとしてもその範疇である。ところが今はどうだろう。日焼けした覚えもないのにかなり濃くなっている。アフリカの黒人程では無いにしろ、インド辺りの所謂褐色の肌だ。
(これは、どうなっているんだ? 何故こんなことに)
「社長にもわかりませんよね。でも社長、落ち着いてください。考えられる事が一つだけあります」
混乱している龍一に茜が声をかける。自分も混乱しているだろうに、努めて冷静な声を出そうとしている。突発的な事が起きたとき、それでも冷静であろうとする姿勢は、秘書を務めてきた茜の経験からくるものだろう。その場に居る者全員が動揺しては、事態の対処など不可能なのだから。
茜の冷静な、それでもやはり少し震えていたが、声を聞いて我に返った龍一は、座ったまま大きく深呼吸する。次いで「よし」とばかりに両手で自分の頬を叩く。意識を切り替えると共に、自分に気合いを入れるためだ。
「考えられること・・。あの強い光ですね?」
「はい。あの光も現実には考えられない現象でした。私たちの服や格好、そして場所まで変えられるとすれば、それしか思いつきません」
ここは先程まで居たオフィスビルではない。草原だ。なだらかな丘陵があり、その向こうには森が見える。すぐ右手にゴミ一つない綺麗な泉があった。底までみえる透き通った水を湛える泉を見て、これなら飢えることはあっても渇くことはないと、少しだけ安堵する。
「ふう。社長も目を覚ましましたし、安心したら喉が渇いちゃいました。さっきまでお茶飲んでたのに変な話ですよね」
仕事モードから一転、茜がふにゃりとした雰囲気になる。やはり少なからず無理をしていたのだろう。一度大きく伸びをすると立ち上がり、泉の方に歩いていく。
(自分だって怖かっただろうに。ありがとう、長浜さん)
龍一も立ち上がり、付いていきながらその背中に感謝する。こう言うことは表に出さなければ伝わらないのだろうが、流石に口に出すのは恥ずかしかった。
「!? 社長、来て下さい! この水めちゃくちゃ美味しいですよ!」
子供のように声をあげ大きく手を振る茜に頷いて、龍一の足は軽くなるのだった。
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