異世界へ?
初めて書いてみました。自分の文章力の無さにがっかりですがお付き合いいただけたら幸いです。
「それでは店長。開けますよ。美波さんも準備はいいですか」
廊下に響く期待にあふれた声に俺は頷く。
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時を遡ること3時間前。通常業務が終わり店内の片付けをしていた時のことである。
「店長! ついに出ました。これからは私達の時代です。ビックリです。感動です。早く来て下さい! 」
皆のコーヒーを淹れに行ったはずの彼女が緊急事態とばかりの形相で2階から戻ってきた。
彼女は城井瑠香。うちの薬局で働く事務員である。栗色の長い髪に愛嬌のある顔と明るい声、しかもよく気がきくと患者さんからの評価はかなり高い。実際に彼女目当てで来る患者さんも多いのが現実だ。実に優秀なスタッフだ。
「瑠香ちゃんコーヒーは?」
「店長、コーヒーどころじゃないんです。来て下さい。ついに扉が出ました。きっとお約束のアレです! 」
「瑠香ちゃんそれ本当なの! 先生私が見てきます」
おーい2人とも落ち着け。勢いで行動するなよ。
片付けを投げ出し、瑠香ちゃんと一緒に2階へ駆け上がる彼女は薬剤師の幸村美波。今年入ってきた新人さんである。黒髪のショートヘアに切れ長の瞳でトーンの低い落ち着いた声。妖艶なまでの雰囲気にこれまた患者さんからの評価が高い。白衣姿に悩殺された男性患者の多くは彼女から薬の説明をしてもらいたいと希望するものが少なくない。医療人よりは女優にでもしたいと思うことが多々ある。
「「キャー! 」」
2階からから歓喜に満ちた叫び声が聞こえる。仕方ないので片付けを切り上げて俺も確認に向かうことにした。
「なんだこの扉は」
蛍光灯の灯りに照らされた廊下の奥には昨日まで存在しなかった扉があった。建物の構造上こんなところに扉を付けても意味がないことはバカでもわかる。
扉の向こうは建物の2階の外壁である。非常口といえば可能性はあるかもしれないが、扉を開けたら地面に真っ逆さまになるところから脱出はしたくない。
もちろん知り合いに未来から来た猫型のロボットはいないので扉を開けるとヒロインの入浴シーンなどということもありえない。
いやしかし可能性があるならば瑠香ちゃんか美波にやってもらいたい。……是非やって下さい。お願いします。
「扉の向こうは草原かしら? モンスターにいきなり襲われたらどうしましょう。何か武器になるものを持っていたほうが良くないかしら?」
「美波さん休憩室に木刀がありましたよ。持ってきますね」
瑠香ちゃんは颯爽と休憩室に向かっていく。
2人ともいまだかつてないハイテンションで給料日以上に目が輝いている。しかもモンスターだの草原だの、異世界行きが決定している前提で話が進んでいる。
どうでもいいが木刀でモンスターと対峙する気か?
「店長。ハイッ、木刀です。モンスター出てきたらよろしくお願いしますね」
そんなキラキラした目で観光地で買った木刀を差し出さないでほしい。
できれば木刀でなく手作りのお弁当か何かをその笑顔で渡してくれると嬉しいんだけどな。
「2人とも盛り上がっているところすまないが先ずは状況確認が先じゃないかい」
ハッとして顔を見合わせすぐに冷静になる2人。切り替えが早いのは良いことだが当然である。いろいろ思うことはあるが、この事態に普通は警戒するはずだ。
「瑠香ちゃん木刀はいいから片付けておいて、あとはコーヒーお願いね。美波も休憩室で状況確認するから準備をお願い」
あまりにも素敵な笑顔で渡された木刀を返して2人に指示を出す。
「「了解しました! 」」
休憩室のソファーに腰掛けると1日の疲れがドッと出てくる。連休前の土曜日はやはり混雑が避けられない。しかし幸か不幸か明日からは休みである。30過ぎて彼女もいないしどこに行っても混んでいる。特に予定もなく暇な連休になるかと思っていたが、予想通りの展開なら2人と一緒に過ごせそうだ。
「それじゃ始めるか。美波、進行はまかせた」
見た目はクールな美波がご機嫌な笑顔で話し始める。
「ハイ先生。では始めさせていただきます。先ず扉に関してですが朝の業務開始前にはなかったことから数時間前より現れたと考えます。形状や材質に関しては木製の年代物のような感じです。これならSFの線はないかと思います。次に洋風の扉であることから戦国時代などの日本の過去に戻るような展開も考えにくいと思います。さらに…… 」
いつもの美波からは考えられない勢いで話している。よほど嬉しいのか、興奮しているのが伝わってくる。しかし一歩引いた視点で話を聞くのは必要なことだと思う。瑠香ちゃんも盛り上がっているからこれは俺の役割のようだ。実に損な役回りである。
話の内容からは自らの願望が先行しているようだが、とりあえず美波の中では剣と魔法の異世界行きが決定事項になっている。
まあ容姿に似合わず普段から頭の中はファンタジーなのだから仕方ないか。
美波の考察もとい願望発表が終わるともう1人からも熱い視線が送られてくる。
「瑠香ちゃん、念のため君の意見を聞いても良いかな」
おそらく同じ回答が来ることは確実だが私にも聞いてと言わんばかりに見つめられたら聞かないわけにはいかないだろう。
「やだなぁ店長。決まっているじゃないですか。お約束の異世界転生ですよ。きっとこの扉をくぐると剣と魔法のファンタジー世界に突入して大冒険してモンスターやっつけて有名になってお金持ちになって悠々自適な生活を送るんです。窮屈な現実世界にさよならです」
やはりそう来ましたか。瑠香ちゃんも頭の中がファンタジーな娘だから予想はしてたが意外にも冒険者志望でしたか。
まあ美波と2人で昼休憩中ずっと画面に向かってモンスター狩りしてるくらいだからね。
「瑠香ちゃんは冒険者志望なのね。私は魔法の研究をして有名な錬金術師になるつもりよ。作ってみたい魔道具の案も考えてあるの。それに現代の科学や医学、薬学を勉強してきた私たちは今ある知識だけでほとんどチート的な存在になれるはずよ。もちろん最初のイベント、女神様の謁見は慎重にスキルを選ばないといけないから瑠香ちゃん気を付けるのよ」
「おー! 美波さん流石です。女神様イベント忘れてました。重要ですよねそれ。間違えると楽しい異世界ライフが台無しになってしまいますよね」
女神様も決定事項ですか。このまま放っておいたらどこまで盛り上がるんだろ。
メモをしっかり取ってこのネタで小説サイトに投稿でもしようかな。落ちは異世界に行けませんでした的な内容で。
「店長はやっぱりチートスキル貰ってハーレム作るんですか? ハーレムメンバーの亜人は猫派ですか、犬派ですか、それとも王道エルフですか? それと、奴隷制度は少し抵抗がありますが予習はしているので大丈夫です。私たちのことは気にしないでもいいですが、いきなり奴隷商館に行くのはさすがにやめてくださいね」
瑠香ちゃん何を気にするんだ、何を! というかそういう目で見られていたのかと思うと少し悲しい。
「先生はお店の経営してるから商業系や鑑定なんかのスキルかしら。あとはアイテムクリエイトや農業スキルで生産系かもしれないわよ。あとは空間魔法駆使して流通を独占。大金稼いで私達のスポンサーになってくれるかもしれないわ。その場合転移スキルは必須ね」
美波、俺には錬金術をさせない気だね。どうでもいいけど2人とも言ってることがむちゃくちゃだし。世の中ご都合主義で物事が進むことはないと思っていた方がいい。
「いいですねそれ。美波さんの錬金術師もかっこいいです。ポーションやエリクサーたくさん作って一緒に儲けましょうね。あと私の冒険用のマジックアイテムは全部お任せしますね」
ポーションやエリクサーたくさん作ったら現代医学や薬学はいらんだろ。どうでもいいけど2人とも心底楽しそうだな。俺もあっち側で盛り上がろうかな。
「先生、錬金術は材料にお金がかかるのでしっかり稼いでくださいね。最初は瑠香ちゃんが集めてきてくれると思うけど」
「美波さん任せてください! いっぱい集めてきますからね」
いきなり立ち上がってにこやかな笑顔でガッツポーズを取ったと思ったら急に真剣な顔つきになり……
「それと店長言い忘れましたがロリは禁止ですよ」
ロリ禁止ってそんなフラグも立つんかい!
2人の想像力がすごいんだかすごくないんだかよくわからん。しかも既にATMになることが決定しているようなので世の中の頑張っているお父さんたちの気持ちが少しわかった気がする。
まあ今も同じような扱いされているからあまり変わらないか。
「最初に異世界の地を踏むのはどこですかね? 街中に急に現れるのは不自然ですよね。やっぱり美波さんが最初に言った草原かなぁ」
「瑠香ちゃん、森の中や洞窟の中といった可能性もあるわよ。それに洞窟の中だと灯りが必要になってくるわね。草原だと夜になれば真っ暗になるし。先生、薬局の非常持ち出しを使ってもいいかしら? 中には水や食料も少しあるから2日くらいならサバイバルできると思うの」
使ってもいいかしらと聞きながら休憩室には非常持ち出しのリュックが既に人数分用意されている。拒否権はないらしい。
「お城の一画に繋がっている可能性もあるわね。向こうの世界で扉を召喚して私たちを呼び出した場合でなければいきなり剣や槍を突き付けられる可能性も検討しないと」
いやその場合向こうの兵士が扉を開けてこっちに来る可能性の方が大きいのでは?
「美波さん、今重大なことに気が付きました」
何かを思い出し再び席を立ちあがる。真剣な顔つきで今度は美波を見ている。
そしてその場でくるりと1回転し……
「私たちの服装冒険者向きじゃないです。」
うんうんそうだね、瑠香ちゃんのひらひらのスカートや美波のタイトなパンツルックじゃ冒険は厳しいね。それと誰からも異世界行きに否定的な意見が出ていないのだがよいのだろうか。
「美波からは他に何かあるか」
俺からの問いかけにしばらく天井を眺め、急に時計とにらめっこを始める。瑠香ちゃんの発言から顔つきが変わったのでとんでもない事をことを言い出しそうだけど。
「先生、今から全員一度帰宅して着替えと荷物を用意して2時間後に集合。所持品の確認後に異世界へ出発したいと思います。よろしいですか」
いつになく真剣な表情で俺に確認を求めてくる。目力に負けそうになるが俺からも少し気になる点を確認したい。
「俺からも何点かあるけどいいかな」
「時間がないので手短にお願いします」
テーブル越しの美波の目が少し怖い。ぬるくなってしまったコーヒーを口にしながら思いついた問題点を話し始める。あまり気が進まないがこれだけは言わないといけない。
「まず1点目、俺らまだ生きているけど女神様には会えるのか? 大体の場合事故で車にはねられたり病気などで亡くなって気が付いたら女神様と謁見だったりするんじゃないの? 」
「……」
「2点目、仮に冒険が待っていたとしてこの世界の生活はどうなる? 行ったきり帰らない、もしくは帰れないのであればそのことを前提に行動が必要だし、戻れるならそれこそ草原や洞窟に扉があったら防犯上かなりまずい気がする」
「「…………」」
瑠香ちゃんも美波もそんなに睨まないでくれ。俺も嫌なことを言っているのは解っているんだ。
「3点目、扉が異世界に繋がっていたとして向こうでの生活資金はどうする? 何か持っていって売るにしても売れるかわからないし2人が想像しているような魔法が主流の世界なら下手な科学より便利な気がするけど。電気やガスに頼り切っている現代人にはつらい生活だと思うよ」
2人の顔色があまり良くない。がっくりと肩を落としてうつむいた表情を見ると後で恨まれそうだな。しかしそう言っている俺の話の内容も異世界冒険前提になっているのは気がつかないでほしい。マイナスの要素を取り除かないと楽しめないだろう。
「4点目、時差がない場合行った先も夜だぞ。直ぐに冒険じゃなくて宿探しか? でも向こうの通貨がないから街に着いても泊まるところがない」
なんか2人とも泣きそうな顔になってきたぞ。
「最後に、ホントにあの扉異世界に繋がっているのか? 実際に扉開けて中を覗いたとか。その場合瑠香ちゃんが言った異世界転生ではなく転移、いや訪問? になると思うけど」
これが一番重要。異世界に行けない場合この2人がどうなってしまうのか、考えるだけで恐ろしい。
壁にかけた時計の秒針の音が大きく聞こえる。長い沈黙に耐え切れず残っているコーヒーを飲み干す。マンガの一コマなら「シーン」とか書かれそうな時間が過ぎていく。
「店長、私のこと嫌いですか? なんでそんなに夢と希望を打ち砕くんですか?もっと楽しみましょうよ。現実から目を背けることも大切ですよ。」
瑠香ちゃんそんなに目に涙浮かべて訴えないで。あと現実から目を背けるのはほどほどにね。
「先生、もしかしてこの間アニメのイベントがあるから食事のお誘い断ったことを恨んでるの」
恨んでませんがかなーりショックでした。
自分で言っておいてなんですが、扉を開けたら壁でしたとかだったら本気で辞表出されそう。
「「それに異世界に繋がっているか確認するのに扉を開けて消えてしまったらどうするんですか!! 」」
見事なまでのシンクロだ。なるほど、確かにその可能性もあるか。異世界に行けたはずなのに行けなくなりましたパターン。ゴメンなさい。そこまで考えていませんでした。
意地悪を言うつもりはないが夢やあこがれだけで物事が上手くいくとは思えない。小さいころはいろいろな冒険を想像したり、物語の主人公になる夢を見たものだが、大人になるにつれて現実を考えてしまうことが嫌になる。まあ2人と同じくらいは異世界への期待はあるつもりだがはしゃぐことができない自分が悲しい。
「まあ俺も異世界への期待というか憧れというか無いわけじゃないからこの辺にして一緒に楽しめるようにするよ」
今のこの仕事が嫌いなわけではない。むしろ楽しんでいるが昨今の事情から薬局業界は年々厳しくなってくる。現実逃避したくなることもあるが生きていくためにはそうも言っていられない。
「なんだ店長も人が悪いんだから。私達のことイジメないでくださいよぉ。店長もやっぱり異世界に行きたいんじゃないですか。ホントは亜人ハーレム期待してるんでしょ。分かってますって」
瑠香ちゃん復活。さっきまで半泣きだったのに切り替え早いな。
美波はいつのまにか隣に座って腕に抱きついてるし。右腕の柔らかい感触がたまらない。
「先生、早く準備しましょ」
瑠香ちゃんが何故か睨んでるけどまあ良しとしよう。
「では、美波の提案通り各自一度帰宅してから準備でき次第集合すること」
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「おつかれー。って2人ともえらい早いな」
薬局の3階に住んでいる俺が一番遅かったが2人ともご機嫌なためクレームはなかった。2人ともコンパクトに荷物をまとめている。
「いつかこの日が来るのを夢見て準備だけはしていたのよ」
「そうですよ。こんなの乙女の嗜みです」
瑠香ちゃんそれは何か違う気がする。
2人とも滅多に履かないスニーカーにデニムのパンツ、少し胸元の空いた白のシャツ。なぜか俺のツボを知っている格好でたまらない魅力を放ってる。しかもシャワーでも浴びてきたのかこれまたいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ハーレムよりこの2人ともっと親密な関係に……いやいや違う、脱線するところだった。
「先生、私たちに見惚れてなくていいので荷物チェックを始めましょ」
仕事の時もそうだがキビキビした行動は評価に値する。
非常持ち出しの中身のチェックと携帯品の確認を行い全員で扉の前に集合する。
「それでは異世界訪問が叶うことを願い、瑠香ちゃんお願いします」
美波には一つ重要な仕事があるので瑠香ちゃんに指示を出す。
待っていましたとばかりに俺と美波の顔を見ながら扉のノブに手をかける。さて何が待ち構えているのやら。
自分の想像を言葉に変換するのはなかなか大変です。
日々仕事をしながら思うことを書けるようになれれば幸いです。