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リコール ~ re:call ~  作者: 鈴花 夢路
第九章 天使
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失踪

パラパラチャーハンが好きです。

 泥の様に眠ってしまい、昼過ぎの1時に目が覚めて朱莉が居ない事に気付いた時は、

心臓が止まる思いがした。

しかし、元通りの配置に片付けられた部屋や玄関に揃えられた俺の靴、1目盛間違えた水の量でカチカチに炊かれた米の様子を見る限り・・・朱莉が家事をしてくれて

外に出掛けたと見て間違いない。

シャワーを浴びて着替えた後で、俺はすぐに部屋を飛び出した。


 自転車で踏切まで辿り着くと、花の置かれた電柱の傍に立っている凛ちゃんが笑顔で手を振っていた。

人目につかないよう、線路脇の路地に彼女を手招きして俺はメモとペンを渡す。

「こんにちは凛ちゃん。ここら辺で髪が長くて白いワンピース着た女の子、見なかったかな?

高校生くらいの。」

【あかりちゃん?さっき、あそんでくれたよ!わたしのおうちに、いったよ。】

「えっ・・・そうなんだ。分かった!ありがとう・・・。」

家の場所を聞こうか迷っていると、頭のすぐ上でバサバサと鳥の羽音が聞こえた。

慌てて後ろを振り向くと、線路と道を隔てる金網にボウガンの矢が刺さったカラス

が止まっている。

「今、家の前は大混乱だぜ!お嬢ちゃんには刺激が強い。俺が案内してやるよ!」

矢ガラスはくちばしを動かす事なく酷いダミ声でそう話した。

「えっ!何かあったのか・・・?」

「安心しろ。ケース2だ!お嬢ちゃん・・・良かったなぁー。」

俺の質問に対する回答としては全く意味が分からなかったが、矢ガラスの言葉に凛ちゃんはとても嬉しそうな反応を示す。

祈る様に両手を胸の前に組んで矢ガラスに何度も頭を下げたり、ぴょんぴょんとび跳ねたりしていた。

「ほら、もう行くぞ!」

そう短く言うと、矢ガラスは自転車の前カゴの先にとまる。

「わ、分かった!・・・凛ちゃん、ありがとう。また来るね!」

俺が慌てて自転車に乗ると、矢ガラスは『線路渡ってまっすぐ!』とだけ言った。


 狭い道路の端を走り抜けながら、ずっと疑問に思っていた事を質問してみる。

「あのさ、ケース1とか2って何だったんだ?」

「俺は護に殺された時、あいつの強い悲しみや怒りを引き寄せちまって化けガラスになった。

同じ事情だった化け猫を知ってるだろ?・・・それからあいつが心配でずっと見てきた。

あいつが生霊になった時、もう元の身体に戻ることなく死のうとしてるのも全部伝わってきた。

必死に説得しようとしたが上手くいかなくてな。

あの妹がずっと兄貴を心配して成仏できないのも哀れで、俺は色々探ってた。」


「・・・あぁ!それで杏花さん家の近くの遊歩道に良く居たのか。

あそこは良く動物殺傷事件があったから。そして同じように調べていた御影と出会ったって事?」

「そうだ。あれから杏花とも何度も話し合って、何か変化が起きたら報告し合おうと決めたのさ。

生霊が死んで悪霊化しそうならケース1、改心して人間に戻ったならケース2ってな。

お前達が集まった一昨日は、柳瀬家の両親が大喧嘩して父親が飛び出しちまったし、

護は母親の事をひどく誤解していた。

俺はそれを杏花に忠告しに行こうとしてたんだ。・・・結果は後手に回っちまって、散々だったがな。

父親は責任を取ることなく死に、母親が人を刺す。子供が絶望するには充分だ。」

「・・・。」

重苦しい後悔が広がる。あの時、母親の元へ向かった護に何があったのか?

「・・・あれ?でも今はケース2って?護と朱莉に何があったんだ?」


「お前の大事なお嬢さんは・・・強くなったな!あとは自分で聞け。

あの、赤い屋根の家だ。パトカーと救急車だらけだろ?俺はまた調べる事があるから、ここまでだ!

じゃあなー!」

そう言った矢ガラスが飛んで行った先を見ると、住宅街の一角が騒然としていた。

緊張と暑さで背中に汗が伝う。人だかりが多くて近付けそうにない。

自転車から降りて、反対側の道から窓ガラスが大きく割れた2階を見る。

心配でずっと見つめていると、家の裏手から白い何かがふわっと舞って出てきた。

朱莉は、走り去っていく救急車をじっと見守っている様だ。


「お、おーい!朱莉ーー!」

俺が空に向かって叫ぶと、柳瀬家の前の住民たちは一斉に振り向き俺の顔を見る。

恥ずかしさで慌てて地面に視線を移していたが、野次馬たちの興味は俺よりも覆面パトカーに移ったようだった。

朱莉はすぐに人波を飛び越えて、ふわりと俺の目の前に浮かんだ。

「誠士くん!おはよう・・・ごめんね、勝手にここ来ちゃって。」

「いや、朱莉が大丈夫ならいいんだ。何かあったの?」

安心した俺が笑顔を向けると、朱莉は急にテンションを上げて説明を始めた。

「あ、あのね!男の子がちゃんと生還者(リターナー)になれたかが心配で、りんちゃんに聞いてここに来たのね、そしたらお母さんが死んじゃいそうになっててー、うわー!って思ってバーン!て窓を割ったら樫井さんが来てね・・・あ!その前に男の子は私の事見えなくなってて、人間に戻ってたけど心臓止まっちゃってね、樫井さんが心臓マッサージして助かったけど、口の中血だらけだったの!」


(・・・うん。詳細は樫井さんに今度聞こう。)


「・・・えっと、じゃあつまり2人とも助かったんだよね?本当に良かった。

もう帰ろう・・・あ、ご飯せっかく炊いてくれたけどバリカタだったから、今日の昼はチャーハンにします!あー、卵とネギとカニかま買わねーとな・・・。」

「あれー?ごめんー・・・急いでて間違えたかも!」

朱莉は照れて真っ赤になりながら頭を抱えている。

「ほら・・・スーパー行くから、早く後ろ乗って!」

疲れた様子で俺の背中に掴まる彼女が落ちない様に、ゆっくり自転車を漕ぎ出す。

他にも問題が沢山残っているのは分かっているけれど、今日はこの安らげる時間がこのまま続いて欲しい。

それくらい許される頑張りを、それぞれがした筈だから。



――― 6月14日 月曜日 急な雨が降り出した夜


 固めに炊いたご飯で作るチャーハンのあまりの美味しさに、調子に乗った朱莉は

『またわざと失敗しようかなー』などと言っていた。

限界まで炭水化物を詰め込んだ二人は、いつの間にか長い昼寝をしていたらしい。

窓に強く叩きつける雨の音で目が覚めた俺は、無意識に枕元の携帯を確認する。

「えっ!?」

「は、はいっ!?」

自分で思ってたより大声になった俺の独り言に、窓際に布団を敷いて寝ていた朱莉も驚いて飛び起きた。

「樫井さんから3件、杏花さんから4件着信が入ってる・・・。」

「えーー!・・・ス、ストーカーの件でなんかあったのかな!?」

二人で顔を見合わせて一瞬固まったその時、玄関のチャイムが鳴る。

「きゃーー!だ、だれかきたー!」

「落ち着いて!俺出て来るから・・・。」

玄関のチェーンを掛けた後で、俺はゆっくりと鍵を回して扉を開けた。


玄関の扉より背が高いからか、中腰で部屋を覗き込む大男と目が合った時は寿命が

縮むかと思った。

「あ、松宮君居た!良かったー・・・電話出ないから心配したよ!」

聞き慣れた声が聞こえ、すぐに樫井さんだと理解できた俺は胸を撫で下ろす。

「俺も何事かと思いましたよ・・・。すみません二人とも寝てました。」

チェーンを外しながら俺がそう答えると、樫井さんは『えっ!ご、ごめんね急に来て!』と慌てて後ろを向く。

「・・・いや、残念ながらそういう意味ではないです。」

「・・・それはそれでごめんね。」

小声で話していたのが気になったのか、朱莉が『ねぇー何があったの!?』と痺れを切らした様に近寄ってきた。

「うわー外酷い雨ですね・・・あ、取り敢えず入って下さい!

それで、急用は何だったんですか?もう20時ですけど・・・どこか行くとか?」

「いや、ここに香苗来てないかな?って思ってさ・・・。」

少し肩を濡らした樫井さんを玄関へ招き入れると、樫井さんは少し緊張した様子でそう尋ねる。

「香苗?杏花さんが朝迎えに行ったんじゃないんですか?俺は会ってないです。

・・・あ、ありがと。樫井さんタオルどうぞ!朱莉は香苗知ってる?」

朱莉が持ってきたタオルを樫井さんに渡しながら、俺は朱莉にも尋ねた。

「私も見てないよー!お昼前に杏花さんの家の近く通ったけど!」

御礼を言いながら頭をわしゃわしゃとタオルで拭いた樫井さんは、朱莉の言うとおりに首を横に振る俺を見て肩を落とした。


「・・・そっかぁ。俺、香苗の聴取に立ち会えなかったんだけどさ、どうも当たった課の人が性格悪かったみたいでね・・・。香苗は途中で切り上げて迎えに来てた杏花さんと帰っちまったみたいなの。

で、ずっと寝てたらしいんだけど、杏花さんが夕飯の買い物に出て帰ったら、香苗は家から姿を消してたんだって・・・。」

朱莉が『えーーーっ!?』と大声で叫ぶ。俺は耳を塞ぎながら樫井さんに尋ねた。

「杏花さんは今どこに・・・?」

「俺も休暇になって寝てたんだけど、18時頃急に泣きながら電話してきてさ・・・

今は泣き疲れて、下に停めてある車で寝てる。香苗は携帯オフにしてるらしい。」

樫井さんは途方に暮れた様子でそう呟いた。

「分かりました。俺もすぐ探します!車乗っていいですか?」

俺がそう言って仕度を始めると、朱莉も急いで(必要ない身支度の為に)洗面所へ駆け込む。

樫井さんは申し訳なさそうに『ありがとう。助かるよ』と頭を下げた。


 俺と朱莉が車の後部座席に乗り込むと、助手席で項垂うなだれて寝ていた杏花さんは、パチッと目を開けて焦った様に振り向いた。

「俺たちも探すの手伝いますし、杏花さんは安心してもう少し休んでて下さい。」

「ま、松宮さん・・・朱莉ちゃん・・・すみません。わ、私が何も気付かないから、香苗さんが・・・。」

俺は必死に落ち着かせようと話しかけたが、杏花さんの精神状態はかなりの危うさだった。

「だ、大丈夫だよ!今日だって樫井さんと誠士くんはね、パパッて男の子を助けちゃったんだから!」

「・・・?」

的外れな朱莉の励ましが理解できない杏花さんは黙る。

「樫井さん・・・取り敢えず香苗が、携帯の充電切らしたままバイトに行っただけじゃないか、探しに行きましょう。」

「そ、そうだよな!焦って頭回らなかった・・・松宮君の所来て正解だったな。」

泣き腫らした目の杏花さんの事で頭が一杯な様子の刑事は、そう言って頭を掻きながら車を走らせ始めた。


 月曜日の夜の飲み屋街は閑散としていた。

目的地の『居酒屋てっちゃん』はどうやら休みらしい。

俺たちは近くに停めた車から様子を窺う。

しばらくすると閉まっていたシャッターが少しだけ開いて、中から板前の格好をした若い男が出てきた。

樫井さんは急いで傘をさして車から降り、駆け寄って何かを尋ねている。

若者も心配そうな顔で話し終わると、外の看板を片付けて店へと帰って行った。

「17時半頃に香苗が訪ねて来たらしい。『親が重病で故郷に帰るからしばらく休みたいけど、戻って来たらぜひまた働かせてくれ』と言ってたみたいだな・・・。

大きなボストンバッグ持ってたから信じた店の兄ちゃんが、給料前倒しで払うと言ったが断わって行ったそうだ。」

樫井さんはトランクから鞄を取って来て運転席に乗り込むと、そう言って溜息をつきながら中身のファイルを取り出した。

「なんというか・・・ありがちな理由ですけど、人によっては信じますよね。」

俺はそう答えて、『え!病気の話って嘘なの!?』と話についてこれない様子の

朱莉の方を見て頷いた。

「香苗さん、ミニマリストで・・・全然私物がないので、出掛けてるのか失踪したのか最初は私も良く分からなくて・・・。でも何回電話しても出なかったから、

やっぱり居なくなったんだって気付いたの・・・。」

杏花さんは消え入りそうな声で呟いて、また両手で顔を覆う。


「香苗の母親に電話してみるよ。本当に何かあったのかも知れないし。」

樫井さんはそう言ってファイルをめくり、スピーカー状態の携帯で電話を掛ける。

「もしもし・・・夜分遅くに失礼いたします。私、北沢警察署の樫井と申しますが、宮崎 咲江さきえ様のお電話で間違いないでしょうか?」

「あー?そうですけどー?なに、あのバカ娘またなんかやったぁ?」

香苗をさらにガラ悪くした様な話し方なのに、やけに舌足らずで色気を出した声で喋る中年の女は、香苗のことなど何も気にかけていない様子だった。

「いえ、香苗さんの友人から捜索の依頼が来たものですから、御実家に帰られていないかの確認です。」

「ふーん・・・友人ねぇ。どうせ男の金でも持ち逃げしたから探されてんだよ。

ま、あの子に本当に友達が居るとしたら・・・その子は天使だね。

私に似ちまって・・・男運最悪で、金好きで、どうしようもない性格のアホなんか

探してくれるんだから。どうせ消えた理由だって自分の為に決まってるのに。」

樫井さんは眉間にしわを寄せ、ハンドルを手で叩きながら必死に怒りを抑えていた。

俺も憤慨して叫ぼうとしている朱莉の肩を押さえ、『分かるけど静かにして!』と小声で訴える。


 しかし、杏花さんは黙っていなかった。

「ふざけんなよ!誰にも信じて貰えなくて、守ってくれる筈の人にも疎まれたら、

子供がどうしようもなくなるのは当たり前でしょ!あの子は人を助ける為に自分が代わりに走ってくるトラックの前に立てる子で、嬉しくても上手く笑えないから毎日鏡の前で練習する子で、夜中に動物癒し動画をこっそり一人で見てニヤニヤしてる子で、サボテンに花が咲いたら良い事あるとか本気で信じて、毎日願い事を話しかけてる様な子なの。居なくなったのは私の事守る為なんだよ!なんだよそれ。

親なのに心配すらしないで、分かったような事言ってんじゃねぇー!」

今まで見た事のない剣幕で、樫井さんから携帯を奪おうとしながら怒鳴り散らす。

樫井さんは杏花さんの攻撃を片手でいなしながら、『す、すみません。何か連絡ありましたらご協力をお願いします。』と言って通話を終えようとした。

「待って!あの子見つけたら、幸せになれて良かったねって・・・言っといて。」

咲江は最後にそう言うと、一方的に電話を切った。

その声の震え方が伝わったのか、杏花さんの怒りは鎮静化して急に大人しくなる。


 朱莉も俺も、あまりの出来事に顔を見合わせて黙り込んでいた。

樫井さんは書類や携帯をしまうと、黙ってシートベルトをしてエンジンを掛ける。

それから杏花さんの家に着くまでの間、信号で止まる度に彼女の頭を撫で続けた。

杏花さんはたった一言だけ、『ごめんなさい。』と呟いた。

それが大暴れして樫井さんを叩いた事についてか、香苗に対しての言葉だったのかは俺には分からない。

走る車の窓から見える景色は寂しいものだった。

他人同士がすれ違う瞬間に、思いやりや理解など必要ないからなのだろうか?

ザーザーと降り続く雨音は、香苗の心の叫びの様に聞こえる。

その声はいつまでも耳に残って離れなかった。

激おこ杏花さん。

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