俺が嫌だから
タコパ!
帰り道に寄った大型スーパーで杏花さんは立派なタコ焼き器を買った。
『皆でパーティーをするなら鉄板物だね!』ということになったのだが、樫井さん
の焼肉が良いとの意見は、先程の恐怖体験をした全員に拒否された為だ。
デリカシーがないっ!と女性陣に責められた樫井さんは、お詫びに高級な明石産のタコを買わされていた。
そうこうして家に着くと、玄関マットの上で丸くなっていた御影が、あくびをしながら出迎える。
「生まれ変わったとはいえ、本当に前と変わってないのねー!凄いー!」
香苗は猫好きなのか、すぐに抱き上げてフワフワの毛並みを撫でて喜んでいる。
「久しぶりだな、香苗。お前は邪気が抜けて綺麗になったぞ。」
御影に褒められて上機嫌だった香苗は、リビングに入った瞬間に固まった。
「杏花・・・この白い座敷童たちは何なの!?」
杏花さんが色々と説明している間に、男二人は荷物を手分けして運び、朱莉は食材を袋から出してキッチンに並べ始める。
「ふーん・・・こいつが杏花の命の恩人ねぇー・・・なーんか性格悪そー!」
アメはテーブルの上からクルっと一回転して床に降りると、そう酷評して笑う。
「んなっ!?とんだクソガキまで飼ってるのね。・・・今日からお世話になりますー!宮崎香苗、
ハタチでーす。《《いろいろ》》宜しくねー先輩!」
過酷な経験から学んだ舐められない為の処世術なのか・・・香苗は凄みのある目力で白狐の姉弟を睨む。
「もぉー!なんでアメはすぐ人間を怒らせること言うのぉー?
・・・僕、この人は今までで一番怖いのぉーーー!うわぁーーーーん。」
ウカは長い銀髪を細い体に巻き付けて怯え、白装束の裾を握りしめて朱莉の方へ飛んで行った。
タコ焼きパーティーなんて初めての経験だったのは香苗も同じだったようで、俺と同じように戸惑っていた。
「ちょっとー!香苗さんと松宮さん焦がさないで下さいよー!私はタコ焼き職人じゃないんだからね!
いいですか!?皆さん!自分の目の前のタコ焼きは、責任もって自分でクルクルしてくださいっ!」
『すみません・・・。』『わ、分かってるけどぉ!うわ、あちっ!』俺と香苗は同時に喋って顔を見合わせた。
香苗は噴き出しそうな笑いを堪え、『熱いー!王子がやってー!』と俺に自分の皿を押し付けてくる。
樫井さんは『熱いーでも美味いー』とニコニコしながら、杏花さんが何種類も手作りしたオリジナルつけダレを全部褒めていた。
朱莉は周りの音には惑わされず、タコ以外の具は何が一番美味しいのか選手権を1人で開催し、
豚キムチーズを優勝だと結論付けて笑顔で俺に力説する。
「はい!みかげスペシャル出来ましたー!」
杏花さんがキッチンから持ってきた少し冷めたタコ焼きは、ネギ抜きでタコの替わりにササミが入っているそうだ。
トロっとしたかつお出汁の餡がかかっていて、いい匂いがした。
「ありがとう杏花。いつも手間をかけるな・・・。いい嫁になれそうで安心だ。」
笑顔の杏花さんがしゃがみ込んで皿を置くと、御影は薄緑の目を細めて感謝した。
「えー!みーちゃん、嬉しいお世辞ありがと♪残念ながら貰い手が居ないけど。」
杏花さんのセリフを聞きつけた朱莉が、キラキラと期待した目で樫井さんを見つめたが、彼は口の中を火傷でもしたのか・・・慌てたようにウーロン茶を飲んでいるだけで、全く会話には入ってこなかった。
俺はこの時、朱莉の舌打ちを初めて聞いた気がする。
「よ、よし!私が本気を出せばこんなものよ!見なさい誠士!私の渾身のタコ焼きを!・・・そうだ!ねぇ、可愛い方の座敷童!ほらー味見させてあげるー!」
妙にやる気を出した香苗は、俺に自慢げにいびつな形の作品を見せつけると、怖がるウカの首根っこを捕まえて無理矢理食べさせようとした。
「むごっ・・・やめてなのぉー僕は御影より猫舌なんだのっ・・・ぅあちっ!」
熱がるウカが口を押えて飛び上がり、その拍子に香苗の箸が手からすっぽ抜けた。
俺は慌てて取ろうとしたが間に合わず、ソース付きの箸は・・・床で御影の背を撫でていた杏花さんのTシャツにベットリと着地した。
「うわぁーーー香苗さん!何してくれてるんですかーーー!私着替えて来るので、
後はちゃんとお片付けして下さいねっ!」
杏花さんは焦った様子でお風呂場らしきキッチンの奥の部屋へと走って行く。
香苗は少し反省したのか、ため息交じりにテーブルの周りを掃除し始める。
しばらくして戻って来た杏花さんは、いつものようにドレス姿だった。
「朱莉ちゃんとお揃いのに着替えてきたよぉー♪」
杏花さんは胸元が強調されたピンクのフォーマルドレスを朱莉に見せる。
「わー!私がイメージしたのこれです!やっぱり杏花さんが一番似合いますねー♪」
朱莉も嬉しそうにクルっと回って杏花さんのドレスと比べ、精巧な完成度に喜ぶ。
その様子をじっと見ていた香苗が、『ねーそれ本当に同じ服?』と怪訝な顔をする。
「どう見てもさぁー・・・胸の部分の生地の余り具合が違うよねぇ?・・・朱莉が隠れ巨乳なのかなー?もしかして・・・あんたがいつも胸を目立たせるドレスを選んでるのってさー、ひん・・」
「あーー香苗さん!私の隣の部屋で寝るのと・・・一番奥の【呪いの人形供養部屋】で寝るのと・・・どっちが良いですかねぇー?」
香苗が次の禁句を言い終わるのを待たず、杏花さんは死んだ目の笑顔で話し出す。
朱莉はオロオロして俺の傍にきたが、この話の流れで近寄られても目のやり場に困るし、俺には気の利いたフォローなど到底無理だと思う。
「・・・あんた、絶対・・・裏番長だっただろ。」
どうやら二人の間で上下関係は決まったらしい。その後の香苗はしおらしくなり、
進んで片付けに徹していた。
「杏花さーん!これ全部旨かったー!余ったの持って帰っていいかな?」
樫井さんは、先程のひと悶着には全く関心を示さずにひたすら食べていたが・・・
ついにお腹を押さえてギブアップした。
「あれ?皆さん今日は帰ります?お酒飲みたい人もいたら泊まれるように、部屋は余ってますけどー!」
「えっ!お泊り会!?楽しそうー♪」
朱莉はソファーで御影を抱きながらウカとお喋りをしていたが、杏花さんの提案に物凄い食いつきを見せてフワリと飛んできた。
「俺は明日から仕事だから帰るよ。杏花さんも香苗も荷解きがあるし、ゆっくり休んだ方が良いよ。」
樫井さんはそう言って、杏花さんが持ってきたタッパーにタコ焼きを詰め始めた。
「そうですか・・・香苗さん荷物少ないし、全然気にしなくて大丈夫ですけど!
松宮さんは明日お休みでしたよね?朱莉ちゃん楽しそうだし、飲んでいきますかー?」
杏花さんは香苗と朱莉に微笑みながら、振り返って俺に問いかけた。
さすがに女子率の高いお泊り会なんて・・・精神が持たなそうだ。
やんわり断ろうと口を開きかけた時、ガタっと椅子を揺らしながら樫井さんが立ち上がった。
「い、いやー松宮君、遠慮するタイプなのにそんな誘ったら困っちゃうよなぁー?」
「は・・・はい。」
良く分からないまま俺が返事をすると、杏花さんは不思議そうに首を傾げる。
「?遠慮しなくても大丈夫ですよー?女子部屋とは分けるつもりですし。」
「・・・俺が嫌だから。」
杏花さんのセリフに紛れるくらいの音量で、樫井さんは俯きながら呟く。
『!?』
部屋に居た全員が一気に樫井さんの方を見た。
「俺が嫌だから。松宮君・・・てゆうか、男がこの家泊まるの。」
樫井さんは真っ赤になって頭を掻きながら、今度はハッキリと杏花さんの目を見てそう言った。
「朱莉ー。撤収ーーー!杏花さん御馳走様でしたー!香苗、片付けありがとね。」
俺が大きめの声で朱莉を呼ぶと、朱莉は『わ、わ、わっかりましたー!』と不自然な返事をして帰る用意を急いだ。
御影はクスクス笑うアメを叱り、ボーっとする香苗に部屋へ行くように指示する。
結局、俺達は杏花さんの顔を見れもせずに、軽く挨拶を済ませて玄関を出て行った。
庭に置いておいた自転車を押して、長い坂道を上る。
坂の頂上でしばらく夜空を見上げていた朱莉は、長い溜息をついた。
「・・・樫井さん、カッコ良かったね。」
思いがけない朱莉の言葉に、俺は黙ったまま頷く。
「びっくりしたけど、幸せな気持ちになったの。・・・今も心が暖かい。」
「・・・そうだね。」
「わたし、杏花さんが羨ましいって思っちゃった!」
「・・・樫井さんみたいな完璧な人に大切にされるのは幸せだろうね。」
「違うよ。自分が好きな人に、大切にされることが・・・幸せなんだよ。」
微かなブレーキ音を鳴らす自転車を引いて、俺は緩やかな坂を下り始める。
途切れ途切れに、それでも力強く語った朱莉の意見に対する答えが見つからない。
自分が嫌になりそうになる。何でもいいから話そうと、隣の朱莉を見た。
彼女の服は魔法が解けたように、ピンクのドレスから普段の真っ白いワンピースに戻っていた。
「俺は・・・」
「うん?」
やっと言葉が喉から出たのに、朱莉が向日葵の様な笑顔で相槌を打ったその瞬間、
何も考えられなくなってしまった。
「・・・俺は樫井さんが羨ましい。」
「・・・。」
朱莉は黙ったまま、意味を考える様にゆっくり空を見上げる。
しかし、5月に良く見える流れ星も、ドラマの様なタイミングでは現れる筈もない。
「自転車乗ろうか・・・。背中、掴まってね。」
風の音以外は何も聞こえない静かな町を、二人を乗せた自転車は走り抜ける。
肩を掴む手の温かさを感じると、胸の奥がギュッと狭くなった。
色々な理由を付けて、少し遠回りをしよう・・・。
少し震える足で、俺は軋むペダルを踏みこんだ。
言って欲しい事が言われる確率ってすごく低いらしい。




