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リコール ~ re:call ~  作者: 鈴花 夢路
第七章 再会
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番外編 朱莉の女子会

女子の恋バナ

 朝早く家主が仕事に出かけ、部屋が静かになったのを確認した朱莉は、カーテンから入り込んだ陽射しに顔をしかめ、窓際に敷いた自分の布団から起き上がる。

重たそうな瞼を擦って目を開け、家主が昨夜買ってきた冷めた弁当を温め直す。

顔を洗おうと鏡の前に立ち、いつもと変わらない様に見える顔に溜め息をついた。

泣き腫らした様には変わらない目元、寝癖も付かないサラサラの黒髪。

食べ始めようと席に着き、箸を持った手はなかなか動かない。

食欲がなくなっても、彼女は痩せる事すらない。何もかもが()()とは異なっていた。

不意に朱莉は彼のベッドにもたれ掛かると、少し乱れたシーツを掴み顔をうずめる。

しばらくして顔を横向きにして息を吐くと、赤く染まった頬を薬指で撫でた。

部屋の外では元気よく笑う近所の子供達の声と、目覚めた小鳥たちのさえずりが響いている。

朱莉は何分も胸に手を当てて目を閉じていたが、急に頭をブンブンと横に振って

ベッドから起き上がった。


――― 4月29日 木曜日 爽やかに透き通った青空が広がる朝



 閑静な住宅街の外れの一軒家、誰も居ないはずの玄関のチャイムが鳴る。

内側から一向に開かない扉の奥では『どうぞー!』と住人が叫んでいた。

朱莉が扉をすり抜けて入った時、リビングに戻ろうとしていた杏花と目が合う。

グレーの薄いキャミソールに、ピンクの艶のあるガウンといった格好も、フランス人形の様な外見の彼女には良く似合っていた。

「お、お邪魔します・・・。寝起きでした?」

杏花の迫力に気後れした様子の朱莉は、俯きながら小声で挨拶を交わした。

「おはよう朱莉ちゃん♪今日は一人なんだねー?・・・あぁー松宮さんはお仕事の時間かー!」

「はい。祝日だから日中にコンビニのシフト入れるって前言ってたので・・・。」

杏花は朱莉の元気のない声を聞くと、お茶を入れる用意をしながら『飛んでくるの大変だったでしょ?まぁー取り敢えず座っててー!』と笑顔で促した。


 陽光で明るく広いリビングには、ジャスミンやレモンの香りが漂い始める。

二つのティーカップをテーブルに置いた杏花は、朱莉の対面にゆっくりと座った。

「昨日、遅くまでアメとウカと御影ちゃんは私の事心配してくれててね・・・今日はまだみんなでお部屋で寝ちゃってるの!」

「そうですか・・・昨日、何があったんですか?」

朱莉は緊張した面持ちでカップを手に持って杏花に尋ねる。

「え・・・松宮さん、何も言わなかったんですか!?」

「誠士くん、話そうとしてくれてたのに・・・遅く帰った事に私が言いすぎちゃって・・・その、えっと・・・。」

朱莉の不安げな顔を見た杏花は、瞬時に状況を理解した様で『まさかケンカになっちゃったの?うわぁー!私のせいかぁーー!』と頭を抱えた。


「本当にごめんね!うーん・・・えっと・・・私、昨日ねー事故に遭っちゃって・・・実はその犯人は

香苗さんの事件の主犯の人でね、たまたま樫井さんが捜査しててー・・・あの人、犯人捕まえたら忙しくなったらしいんだけど、自分が病院に迎えに行けないからって、代わりに松宮さんにお願いしちゃったみたいなの!」

朱莉はゆっくりと杏花の早口の説明の意味を考えていた様子だったが、次第に状況を理解し始めたらしく、驚愕の表情を浮かべた。

「えー!それは大事件じゃないですか!だ、だ、大丈夫なの杏花さん!?

・・・うわー私、何にも知らなくて・・・。杏花さんの家で遊んでたと思っちゃって・・・めちゃくちゃ自己中な態度で、彼の事追い詰めちゃいました。」

「私は全然大丈夫だよぉー!そ、それより、二人の間に溝を入れた事が・・・。」


 ブツブツと独り言を呟く女同士が、後悔の念に苛まれているリビングに、大欠伸をしながら錆色の猫が入ってくる。

「ふぁーーーあぁ・・・おはよう。・・・なんだ朝から辛気臭いなーこの部屋は。

・・・ん?どおした朱莉?珍しく落ち込んでる様だが?」

「み、み、ミカゲちゃーーん・・・私、私どーしよぉーーー!?」

朱莉は耐え切れなくなったのか、大粒の涙を零しながら御影に抱きついた。

「むぎゅぉ・・・あ、朱莉・・・分かったから離してくれ・・・。」

それから御影は、時折うんざりした様に耳を動かして音量の調節をし、薄緑色の目を細めながらも、

二人が矢継ぎ早に話す言葉を全て受け止めた。


「・・・ハッキリさせとく時が来たんじゃないか?朱莉。

お前がそんなにも杏花に嫉妬し、誠士の行動を把握したかったのは何故なのだ?」

御影がゆっくり諭す様に声を掛けたが、朱莉は真っ赤な顔のまま俯いて動かない。

杏花は戸惑った表情のままその様子を見ていたが、何かを決意して口を開く。

「は・・・初めて言いますけど、私・・・私は樫井さんが好きなんです!」

『・・・。』

杏花の決死の告白に、御影と朱莉の反応は薄かった。

「・・・はい、知ってましたけど。」

思わぬ展開だったのか、今度は杏花が茹蛸の様な顔色になり頭を抱えた。

色素の薄い首元まで真っ赤になり、フワフワの巻き髪の毛先を指に巻き付ける。

「そ、そうですか。・・・で、でもですね、色々あって自分の気持ちはしばらく心にしまっておく事にしました・・・。朱莉ちゃんも同じなのでは?」


「うーん・・・私、記憶と一緒に色々な感情が思い出せなくなってしまったみたいで・・・。

確かに誠士くんと居る時は心が落ち着くし、ドキドキする時もあれば、

昨日みたいに相手の気持ちが分からないと、悲しくもなるんです。

最近、色々なドラマを見たり本も読んでいたので、その気持ちが【好き】なんだって事も、頭では分かってるんですけど。そのことを伝えたとして気まずくなって、家を出る事になったら?

とか想像するとすごく怖くて・・・。

自分がどうしたいのかも・・・分からなくなってしまったんです。」

朱莉は指の先を触りながら、必死にそう訴えた。

御影と杏花の二名は顔をしばらく見合わせた後で、まるで生まれたてのヒヨコを

でるかの様な目で朱莉を見る。

「うぅ分かるよぉーーー朱莉ちゃん!じゃあーここは共同戦線を張りましょう!

お互い、うっかり樫井さんや松宮さんの気持ちを知っても・・・バラしたり、変に助け船を出したりせずに、成り行きにまかせるということで!」

「??・・・はい。分かりました。」

朱莉はどうして杏花が急にそんな事を言ったのかも、全く分からない様子だったが、じっとそのやり取りを見ていた御影は、それ以上口を開くことはなかった。


「仲直りのきっかけは、なんだって良いんだよ!今日、家でお茶して頭冷やしたよーごめんね!

って軽ーい感じで!」

とめどないおしゃべりや、アメとウカのおやつの奪い合いなどの騒動を経て、朱莉を玄関先で見送る時、杏花はそう言って明るい笑顔を見せた。


 夕暮れの街並みは、優しい匂いがする。

疲れて帰る誰かの為に沸かすお風呂の匂い。子供の為に母親が作るカレーの匂い。

朱莉はフワフワと街を舞いながら、幸せそうな人の顔を見る度に微笑んだ。

少し急いで帰宅して、冷蔵庫の残りもので作れるレシピをメモに書いていく。

部屋の掃除をして、(自分がクシャクシャにした)彼のベッドメイクを済ませる。

豚肉もなかった為、鶏肉入りになった肉じゃがの様子を見て火を止めた。

朱莉がユニットバスの鏡を磨いている時、玄関のカギを開ける音が部屋に響いた。

ハッと息を呑み、緊張した様子の朱莉の顔が曇る。


 誠士はいつもの様にただいまとは言わなかった。

朱莉はもう駄目だ・・・といった表情のまま、『お、お疲れ様・・・。』と呟きながら廊下へ出ていき、靴を揃えて振り向いた彼と目を合わせる。

「あ!・・・良かったー。物音しないから出て行っちゃったのかと思った・・・。

・・・今日も遅くなってごめんね。ちょっと電気屋さん寄って来たんだ。」

誠士はそう話すと、カラフルな黄色い紙袋を朱莉に見せた。

嫌味ではなく、心底朱莉が居てくれて良かったといった笑顔で『おー!なんか部屋が綺麗になってるー。』と感心しながらリビングへ向かう。


朱莉はしばらく状況が飲み込めずに廊下に立ち尽くしていたが、急に走り出すと、

テーブルの脇に荷物を置こうと屈んだ誠士の背中に抱き着いた。

「ごめんなさい。いっつも勝手なことばっかり言って。」

誠士は少し固まってから、胸の前に回された朱莉の細い腕を優しく外す。

「これ、安いデータ通信専用だから、フリーメールとかネット見る位しか出来ないけど・・・連絡手段にはなるかなって思って契約してきたんだ。」

そう言って彼は振り返ると、朱莉の掌の上に新しいスマートフォンを1台乗せた。

ポロポロと涙を零しながら喜ぶ朱莉に、困った顔をして誠士はハンカチを渡す。

「えっと、その・・・これで色々調べたり、暇つぶしにもなると思うし・・・。

あぁー!買ってきて欲しい食材とかメールして?便利そうでしょ?」


「・・・食材のお買い物は、誠士くんお休みの日に一緒に行きたい。

その時に選んだ物だけで、次の休みまでにやり繰りしてみるね!

だからメールは・・・その・・・一人で寂しい時にお話しても、良いかな?

も、もちろんお返事は休憩時間まで待つよ!・・・全然しつこくしないから!」


 誠士はジタバタしながら色々話して補足の説明を続けている朱莉を、しばらく

の間じっと見ていたが、『分かった。』とだけ呟くとそれ以上は話さなくなった。

黙々とルーターの設定を続ける彼を、朱莉は不安そうに見つめる。

ひと段落して顔を上げた誠士は、目が合った朱莉に『今日のご飯、良い匂いだね!

作ってくれてありがとう。』と言って微笑んだ。

朱莉は真っ赤な顔を隠すように、両手で頬を挟みながら小さなキッチンへ向かう。

ただ温め直すだけで良かったのに、かなりの時間をかけて二人の夕食は始まった。

初プレゼント?

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