現行犯
迷惑をかけるタイプの酔っ払い
飲み慣れていない、(未成年だと思われる)少女の介抱は意外と大変だった。
水を飲ませても立ち上がれず、いつも羽の様に軽い身体は、雨に濡れた洗濯物の様に重たく肩に伸し掛かってくる。
「どうせ風邪なんてひかないんだからーその辺に転がしとけばぁー?
ほーんとさぁー無防備にも程があるよねー!王子様の事も考えてやればぁ?」
おにぎり2個を完食した香苗は、呆れたように酔いつぶれた朱莉の頬を指でつんつん突いた。
「おーい!朱莉ー・・・寝ないでねー?」
俺が声をかけながら移動させようとしていた時、杏花さんも片側を支える為に手伝ってくれた。
「こっちだ。誠士!座布団を敷き詰めたぞ。」
御影が広い方の壁際に、座布団を口で引きずって並べている。
「よいしょー!・・・ごめんねー私が紛らわしい色のお酒頼んじゃってー!」
杏花さんはそう言って、朱莉を寝かせる為に床に膝をついて座ろうとしている。
俺もその上から肩に回した朱莉の手を外そうとした。
「うーん・・・いっちゃダメぇーー・・・」
「え?お・・・?うっ!うわぁーーーーー!」
―――ズルッ・・・ドサッ! ゴチッ!!
一瞬、何が起きたのか全く分からなかった。
朱莉を下ろそうとした時に、服を掴まれて一緒に倒れて・・・?
(・・・なんで・・・頭がこんなに痛いんだ?)
俺は片手で額を押さえながら、ぼやける視界の前を見る。
『・・・!?』
そこには、両手で同じように額を押さえながら涙目になっている杏花さんがいた。
顔が擦れるほどに距離が近い。
二人で打つかってしまったのだ・・・混乱の中でそう答えに辿り着いた時、
自分の太腿の裏に何か、温かくて柔らかいものを感じた。
額を押さえてない方の手のついた先にも、床とは少し違う違和感がある。
「えっ・・・?」
座布団の上に倒れた杏花さんに馬乗りになって、胸を掴んでしまっている事を理解するのに、
俺は何秒かかっていたのだろうか?
―――ガラガラ・・・ゴトッ!
「えっ?わっ?悪い!!・・・ま・・・松宮くん!?どどど・・・どーしたの?」
引戸を開けて戻ってきた樫井さんが、驚いて携帯を床に落とす。
(・・・・最悪だ。)
客観的に見れば、酔った男が女性の上に乗っかって襲っている様にしか見えない。
この事態を引き起こした張本人の生霊は、隣の壁際で寝息を立てているが、
樫井さんには見えていないのだから説明の仕様もない。
「・・・ごっ・・・ごめんなさい・・・。」
俺は慌てて退こうとしたが、頭がズキズキ傷み杏花さんの傍に座り込む。
「べ・・・別に全然、大丈夫ですー!」
杏花さんは何事も無かった様に起き上がったが、ずり落ちそうな薄いカーディガン、乱れた栗色の巻き髪、真っ赤に泣き腫らした目は、俺が極悪人だと証明しているかの様だった。
「やだぁーー!修羅場じゃーん?!どーしよぉーー!」
部屋の端で香苗が今も茶化して笑っているのだが、そんな光景も見えてない樫井さんは完全に勘違いしている。
杏花さんの肩を抱えて起こすと、俺から離す様に席を移動した。
「松宮くん・・・話聞こうか?」
『・・・。』
(やめてー・・・逮捕しないで・・・。)
「もー!樫井さんどこいってたんですかー!?朱莉ちゃん、間違えてお酒のんで酔っ払っちゃって・・・今、あの壁際で寝てるんですよ!
松宮さんと私で運んでたんです!・・・ちょっと、事故があって二人で転んでしまっただけですから!
変な勘違いしないでくださいよぉー!」
杏花さんは服を整えながら手短に説明した。
しかしその顔は真っ赤になっていて、樫井さんの方は見れなくなっている。
「そ・・・そりゃー大変だったな・・・。
いやーすまんなー!トイレ行ったら電話来ちまってよー!話が長引いたー。」
樫井さんは少し安心した様な顔で、俺と杏花さんを交互に見てそう言った。
「仕事の電話でも入ったんですか?」
俺は樫井さんに問いかけながら、壁のハンガーに掛けていたジャケットを取る。
それを朱莉の上にかけてから自分の席に戻った。
・・・内心、もっと色々と追加説明をして身の潔白を証明したかったが、
自分のコミュニケーション能力を信用できず、事態の悪化を避けることにした。
「んぁ?いやーそう言えばそうなんだけど。あ、松宮くんー!
またパソコンのメモ頼める?香苗さーん!居ますかー?」
そう言いながら樫井さんは俺の隣に戻ってきて座った。
いつもの優しく間延びした口調に戻ってはいるが、どことなく苛立ちも混じる。
女性に対する暴力への嫌悪感が伝わってくる様だ。
彼は根っからのヒーロー気質なんだろう・・・そう俺は思った。
「はいはいー・・・。全くさぁー・・・戻って来てすぐなんなのー?」
香苗がぼやきながら俺の隣にふわりと移動して座る。
「これは、ここだけの話にして欲しいんだが・・・。
本庁の知り合いに組犯5課の捜査員がいる。そいつの係が違法ドラッグ密売組織を追っていたら、
厚労省の麻取と合同捜査をすることになったらしいんだ。
組織名は・・・【 夜霧 】」
『!!?』
香苗が明らかに動揺し、全身を震わせた。
不穏な空気を察した御影はそっと朱莉の傍に近寄り、同じ座布団の上で丸くなる。
俺はキーボードの上から手は離さずに、樫井さんの表情を窺った。
いつもと変わらない人を安心させる態度だが、強い覚悟が滲み出ている様だ。
杏花は心配そうな視線を絶えず香苗に向けている。
店内の喧騒がやけに耳についてしまう様な静けさが、この個室内を包む。
何かが大きく変わろうとしている。
それだけは事情を知らない俺にも伝わってくる。
今、自分に出来る事を何でもしたい。神やヒーローにはなれなくても良い。
目を覚ました朱莉がバッドエンドに涙することが無い様に、俺は何でもする。
トイレに鍵をかけてしまった事があります。




