ずっとそのまま
美味しい居酒屋2
先週飲んだ店で、また一緒に飲む。サラリーマンなら良くある事かもしれないが、長年人付き合いを避けてきた身としては、初めての経験だった。
『今度は俺が予約しとくよ!また個室で!』そう樫井さんに言われた時は、
また店員の女性に『男二人で個室!』そうヒソヒソ話をされそうだ・・・と気が重くなったのだが、
バイトを終えて現地に着くと杏花さんも一緒に座っていた。
――― 4月2日 金曜日 桜吹雪の綺麗な夜
「おー!きたきた!色々先に頼んじまってるよー!あ、奥座ってー!」
そう言った樫井さんの隣で杏花さんも『松宮君、朱莉ちゃん、御影ちゃん!
みんなで来たんだねー!こんばんは♪』と手を振って上機嫌だ。
「こんばんはぁー!・・・うわっ!香苗さん!・・・もいたんですね・・・。」
朱莉は部屋の隅で腕を組んで突っ立っている香苗を確認し、小さく悲鳴を上げると
慌てて俺の後ろに隠れる。
「こ・・・こんばんは。今日は・・・大人数ですね。」
俺はざっと周りを見渡して、杏花さんに『大丈夫なんですかね?これ』と目で訴えかけてみる。
「大丈夫ですよー!香苗さんも話し合いの席に着くのをやっと了承してくれましたし!良かったですよねー樫井さん♪
今日は、私もバッチリとコミュニケーションのお手伝いをさせて頂きますっ!」
そう言って樫井さんと何やら目配せをした。
(・・・樫井さん、杏花さんと月曜の夜なんかあった・・・?
はっ!・・・まさか送り狼というやつか!?・・・さすがだ。)
(誠士・・・お前、本当に《《そういう事》》知らんのだな。アレが男女の仲に見えるのか・・・。)
御影姐さんに諭された俺は、ますます人間関係というものが複雑な事を知った。
「でも、これじゃあ樫井さんだけ蚊帳の外になっちゃいますよね・・・。」
そう言って俺は樫井さんの前に座り、朱莉たちは横に並んだ。
「それは大丈夫です!私のノートパソコン持ってきたので、Wordの画面で重要そうな会話は書き起こして樫井さんにも見せようと思います。ちなみに・・・
松宮さん、タイピング得意ですか?もし早いなら、樫井さんの隣に座って書記係頼めますー?」
杏花は人差し指を立てて自慢げに説明し、スペックの高そうな国産の高級パソコンをリュックから取り出す。
(・・・わざわざこんなパソコン選ぶのにタイピング苦手とは・・・?)
「いいですよ。仕事でも同じような事してるんで。」
俺はそう言いながら、樫井さんの隣に座った。
杏花さんは、「わーい!朱莉ちゃんの隣に座りたいですー♪」と言って、
小走りに移動する。
御影は(やれやれ・・・)といった顔で隣にずれ、香苗のそばに座った。
「松宮君ありがとねー!・・・よいしょ。ほい!醤油皿は下に置いたからここに置こうか!」
樫井さんは自分のスペースを片付け、ノートパソコンを設置して開く。
Wordのアイコンを探そうと覗き込んだ俺の思考回路は一瞬止まる。
【 +カンスト モンスター図鑑フルコンプ ハードモード達成記念 ・・・ 】
(デスクトップ画面・・・ゲームのファイルで埋め尽くされているんですけど。)
「ほぇー!すげぇなこりゃ!前に幼児誘拐予告をネットにバラまいたヤツの
パソコンの中身こんなだったな!」
樫井さんは遠慮のない意見を言って笑った。
「!!なんの偏見ですかーそれはぁー!?RPGは人生の指南書ですよ?!
・・・もう良いです!私が画面出しますからー!」
杏花さんは顔を真っ赤にしながら俺の背後に来た。
テーブルに左手をついて俺の横で前屈みになり、右手で自分でもどこに行ったのかわからないメモ機能のアイコンを探す。
ふと杏花さんを見ると、この日も当たり前の様に胸の開いたフォーマルドレスを着ていた為、
目のやり場に困る状況になっていた。
出来るだけ自然に視線を逸らしたが、じーっとこっちを見ている朱莉と目が合う。
(気まずい・・・なんで俺が悪いことになってるの・・・?)
「失礼しまーす!・・・えー・・・ごゆっくりー・・・・・。」
最悪のタイミングで、店員が瓶ビール3本(グラス3つ)、ひと口コロッケ5人前、
ウーロン茶2人前を持ってきた。
・・・そして、とても怪訝な顔をして急ぎ足で出ていく。
男女3人で1つのパソコンを覗いている状況に、グラスの数も合ってない注文。
きっと俺がバイトの立場でも同じ顔をするだろう。
「はい!メモ帳の準備できた。丁度飲み物来たし、始めましょー♪
さー香苗さんも座ってー!これウーロン茶ねー。」
杏花さんはパン!と手を叩き、グラスを並べながら自分の席に戻っていく。
「は?あんた見た目だけじゃなくて本当に凄い頭してんだねー?
毎日結婚式女さんー・・・私とそこのお姫様も飲み会に参加しろってーの?
話し合おうって言うから来ただけなんですけどぉーー。」
香苗がイライラと髪を弄りながら悪態をつく。
「そうですよー!生霊は、立派な人間ですし。一緒に乾杯くらい普通ですよー!
この為に個室を予約してもらったんですから!さあさあー朱莉ちゃんもー!
今日はいっぱい食べよーね♪」
杏花さんは朱莉の前にウーロン茶を置くと、自分のグラスに豪快にビールを注ぐ。
「樫井さんには・・・ポルターガイストに見えると思うんだけど。大丈夫かな?」
朱莉が不安そうに俺の顔を見つめているので、代わりに杏花に質問する。
「俺は全然何とも思わねーよ!冷めないうちにみんなで食おうー!」
樫井さんに遠慮や無駄な気配りは必要ないのかも知れない。
彼の言葉はイライラする香苗を大人しく着席させ、気後れする朱莉を笑顔にした。
(自分に出来る事・・・頑張ろう。)
俺も自分のビールのグラスを用意し、パソコンに向かう。
『見えますか?』とパソコンの位置を樫井さんにも確認した時、
彼の目の前にくし切りのレモンが乗った小皿を発見した。
俺はそれを朱莉の席の前に押して移動させる。
朱莉は向日葵の様な笑顔で『ありがとうー!』と受け取った。
「んじゃーまぁ!生霊との話し合い兼、飲み会を始めまーす!」
樫井さんと杏花さんは楽しそうに乾杯した。
香苗は席の端で頬杖をつき、ふてくされている様だ。御影が何やら話しかけて
少し笑っていた。
俺はパソコンの上から身を乗り出し、前の席の朱莉に近づく。
未だにグラスを持ってもいいのか、おどおどしている彼女の手を取ってグラスを握らせた。
自分のビールと朱莉のウーロン茶のグラスを軽くぶつけると、
微かにカランと音がする。朱莉が口をつけ、確かに少し減った中身を見た時、
俺は自然と笑顔を見せていたらしい。
(朱莉の前ではどんな時もそうやって笑っていてやれ。・・・お前、意外と良い顔してるぞ。)
頭の中で響く御影の声。
俺は急に照れ臭くなり、そそくさと自分の席に戻る。
個室の外では、もうかなり飲んだらしいグループが大声で演歌を唄っていた。
長い夜は、始まったばかりだ。
バイト万能説




