きょうか人生相談所
適応力って大事。
明るい流行りの音楽が流れる店内に長い沈黙は似合わなかった。
俺は衝撃の展開に必死について行くべく、縮んだ胃に無理矢理にチキンステーキを
1切れ詰め込んで、樫井さんに質問した。
「・・・樫井さんはその占い師の言う生霊を、今は信じましたか?」
「うーん・・・俺は霊感とかゼロなわけよ。そういうの敏感な奴はさー、
現場にご遺体の一つでもありゃーゲロゲロでさぁ。・・・あ、失礼。
でも、肩が痛いとか実感も出てきたんでなー・・・さすがに信じたよ。」
すでに食べることを諦めてしまった俺に、樫井さんはマナーの欠如を詫びた。
「俺もそういうの、全く感じた事無かったんですよね・・・。今までは。
あっ・・・あの、その占い師とグルとかじゃないですよ?
・・・実は俺も今は見えるんです。え?いや、冗談じゃなくて。
・・・さっきは、樫井さんがどこまで信じてるか分からなかったんで、
俺も知らない振りしようとしたんです。・・・すみません。・・・実は、
13日の夜、樫井さんがコンビニ来た時から、赤いコートの女性が見えてます。」
『・・・・・・・。』
今度は樫井さんが、口をパクパクさせてしまっている。
「そっかぁ・・・いやさ、いくら松宮君が真面目な男だって頭で分かってても、
急にこんな話を一方的にされてたら、たぶん信じられなかっただろうなー。
でもよ、俺も感じたんだよ。目に見えるものだけが全てじゃないんだろーな。」
「そうなんですよね・・・。今、隣にいるんですけど・・・。
俺も女の子の生霊の居候と暮らしてるんです。朱莉っていう高校生位の子です。」
「えーーーそれはぁ・・・。男の夢的な冗談・・・?えっ!・・・マジかよ?」
「マジです。会話も出来るんですけど、俺には元の身体への戻し方とかまでは分からないんです。
戻してあげたいので、その方法を俺も丁度探していた所です。
その詳しそうな占い師には俺も会う必要がありそうだな・・・。」
最後の方は独り言になってしまう程、考えこむ俺を見て樫井さんは笑った。
「ははは!あんまりすげー話になっちゃったから、今日誘った本来の目的を忘れちまってたわ!
その占い師なぁー俺に逮捕されるかも!ってビビっちまって・・・。
自分から名刺渡して来たくせに、最初にかけて俺だって分かった瞬間、
すぐ切られちゃって・・・。それ以来、音信不通ってわけ。
松宮君に代わりに電話してもらいたくてさー。」
そう言うと、ラミネート加工された綺麗な名刺をテーブルに出した。
文章はポップな字体で、女子高生のプリクラの落書きの様にカラフルだ。
――きょうか人生相談所—―
~不運、不幸、原因不明の体調不良のご相談承ります~
ライフアドバイザー 杏花
「・・・。樫井さん、よくこれで信じましたね・・・。」
「それな・・。」
それぞれ会計を済ませて、駐車場に戻る。
車のドアを開けていた樫井さんは、ふと俺の方を振り返る。
「女性陣、俺の声聞こえてる感じ?みんな、シートベルトするよーにね!」
「マジメかっ!?・・・おバカさんたちには付き合いきれないわぁー。」
香苗は吐き捨てるように呟くと、何処かへ飛んで行ってしまった。
俺は後部座席の右側に朱莉を座らせてシートベルトを腰に巻こうとする。
話しても樫井さんには何も聞こえないのに、朱莉は緊張した様子で黙っていた。
御影は『車は好かんなー・・・。』と言って朱莉の膝の上で丸くなった。
樫井さんはその様子(俺が一人で喋っている)をバックミラーで確認すると、
『仲良いーなぁ羨ましい!』と大笑いした。
(・・・適応すんの早すぎない?やっぱこの人すげーな。)
「今、占い師に何処で営業してんのか聞くんで、ちょっと待っててください。」
貸してもらった名刺の番号に自分の携帯から電話してみる。
ツ、ツ、・・プルルルー・・・。ピッ。
「はいもしもーし!きょうか人生相談所です!どんなご用件でしょうか?」
占い師というからには、もっと怪しい雰囲気の落ち着いた声を想像していたのだが、
電話口の相手は快活な声で営業トークを始める。
「事務所は設けてないので出張相談になるんですけど、都内の方ですか?
今日は下高井戸の駅前、大きな銀行の裏通りで営業してます!ここに来て頂ければ、
出張費用はかかりません。」
「あ・・・あの、最近肩が痛くて。人には幽霊でも憑いてるんじゃない?とか言わわれて・・・
はい。そうです・・・あっ・・分かりました。これから伺います。」
「松宮君、グッジョブ!自然だったわー!すぐ捜査員になれそうだよーー!」
(・・・生霊と住んでるの事実ですし。)
「・・・下高井戸の駅前まで運転お願いします。22時までは居るそうです。」
「あいよっ!ガッツリお話聞いてやるから待ってろよぉーーー!」
「樫井さん・・・そのテンションだとまた逃げちゃいますよ・・・。」
グレーのセダンは夜の街を走り出した。
人生相談・・・それを必要としてそうな人が沢山蠢いている街並みを横目に、
目的地を目指す。
渋滞はそこまで酷くないが、赤いランプが等間隔で並んでいる。
車は3人と1匹を乗せて、明るい都会の夜、真っ直ぐな道を駆けていく。
怪しい名刺、センスを疑う。




