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リコール ~ re:call ~  作者: 鈴花 夢路
第四章 生還者
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樫井(かしい)

樫井編です。

 夜中もずっと蛍光灯の下で働いた後で急に建物の外に出ると、

クラクラするような疲労感が押し寄せてくる。

このコンビニの入り口は東向きだった。朝日が目に沁みる。


――― 3月29日 月曜日 眩しい青空が広がる朝


(・・・土日どっちも樫井さん来なかったな。大丈夫か・・・?)


忙しい刑事がコンビニに毎日来ないのは当たり前なのだが、妙に心配になる。

香苗が何かしてなければいいのだが・・・。


 2駅離れたアパートまで自転車でも15分はかかるので、眠気覚ましに缶コーヒーをゴミ箱の横で飲む。

缶を捨て、朱莉あかりの朝食用のサンドイッチの袋を自転車の籠に入れた。


「おーい!松宮君ーーお疲れさーん!」

 見覚えのあるグレーのセダンから樫井さんが出てくる。

元気そうに挨拶しているが、少し顔色が悪い。

「樫井さん、良かった。飲み過ぎて体調崩したかと心配してました!」

背中の後ろに浮いてこっちを見ている、赤いコートの香苗には気付かない振りをして俺は尋ねた。

香苗はニタニタ笑いながらその様子を楽しんでいる様だった。


「あ・・・おう、あんなもんじゃ全然酔いつぶれやしないよ。

松宮君もう上がり?この後は帰って寝る感じ?」

「はい!寝るくらいしかやる事ないですしねー。」

「さすがに朝だけど夜勤は眠いよねー。俺も昨日から今まで捜査してたんだ。

これから署に戻って仮眠してまだやることあるんだけど、夕方から明け非番なんだよね。

松宮君起きてからで構わないんだけどさ、飯行かない?

明日も仕事だし酒は無しで、そんな遅くならない感じで。」


樫井さんが急に誘うなんて珍しい。余程、話したい事でもあるのだろうか?

「いいですよ!連絡待ってますね。」

「悪いなー!18時くらいに携帯かけるわー!」

そのままコンビニへ朝食を買いに行く樫井さんに手を振り、俺は自転車に乗った。



 少し開いたカーテンから西日が差し込んでいる。

(結構寝れたな・・・。何時だろう?)

寝ぼけながらベッドから降りると、台所にいた朱莉が戻ってきた。

「おはよ!余ってたレモンで、はちみつレモン作ってみたのー!」

「ふぁーあ・・・。ありがとう。朱莉は昼食べた?」

俺はあくびをしながら朱莉に尋ね、輪切りのレモンが浮いたマグカップを受け取る。

甘酸っぱい香りで、頭がスッキリ冴えていく。

「昨日の残ってたカレー食べたよ!2日目ってなんか美味しいよね?

あっ・・・誠士くんこれから樫井さんと会うんだよね?」

「そうだよ。なんか朝会った時も、やつれてたし心配だからさ・・・。

朱莉も一緒に来る?・・・香苗と話せるかは分からないけど。」

ホットのはちみつレモンをすすりながら、俺は朱莉を誘う。


「うん。・・・あのね、私、樫井さんに香苗さんの事言った方がいいと思う。

・・・最初はビックリするかも知れないけど、樫井さん良い人だし、

誠士くんがふざけて変な冗談言わないの、分かってくれると思う!」

「ごふっ・・・にがっ・・・えーっと・・・。」

動揺して皮を齧ったのか、口の中にレモンの苦みが広がる。


「引かれて避けられたら、もう助ける手段は無くなっちゃうと思うんだけど。」

俺が呆れてそう答えると、朱莉は自信満々に自らのプランを話し始める。

「大丈夫だと思う!私がポルターガイスト起こしまくって生霊を信じて貰うの!」

「・・・うん。とりあえずそれは止めよう。

・・・そーだなー。様子見て考えるけど、なるべく穏便にいかないとな。」

しばらく考え込んでいると、携帯がローテーブルの上で突然震えた。

朱莉は忠告が理解できていないのか、既にかなりワクワクしている。


「あ!ミカゲちゃんも呼ぼう!今から連れてくるね♪」


(・・・なる様にしかならねーな・・・もう。)


 樫井さんに住所を伝えると、30分もせずにアパートの下に着いたと連絡が来た。

「さすが地元の警察官って感じですね!」

驚いた俺に『警官クビになったらタクシーの運ちゃんもありだよな!』と冗談を言っている所を見ると、そんなに深刻な悩みではなさそうだった。

どうやって朱莉と御影を車に乗せようかと焦ったが、樫井さんの方から前のシートは書類だらけだと言ってきたので、自然に全員で後部座席へ乗り込めた。


「普通にファミレスだけど、ここ煩くなくて結構気に入ってるんだよー!」

店奥の静かな4人掛けのソファー席に案内された後、樫井さんはそう言ってメニューを開いた。

この前も個室を気に入っていたし、いつも明るく冗談を言っている樫井さんも、

意外と静かな環境を好むようだ。

朱莉と御影は俺の左隣に座ったが、香苗の事をじっと見たまま動かなかった。

「そんなに睨まなくてもー今日は王子様にはなにもしないよぉー!」

香苗は意地悪くニヤついていた。


 注文の品のハンバーグが来て、樫井さんは異常に熱がりながら少しづつ食べ始めている。

「今日、呼んだのだけどな、ちょっと頼みがあってさぁ・・・。」

「そんな気がしてました。・・・どうしたんですか?」

俺もチキンソテーにナイフを入れながら続きを促す。

「土曜日の夜、駅前のモールの路地裏に占い師が居たわけよ。そいつがな、

俺に生霊が憑いてる!って言うんだよね・・・。」

樫井さん以外の全員がビクッと身体を硬直させた。

氷の上に立っているような張り詰めた空気が流れる。

御影と朱莉はこっちを見て口をパクパクしているし、香苗は樫井さんの背中から飛び退いて

宙に浮いていた。

香苗は何か考えている様で、不気味な笑顔はもうない。


(・・・やっぱり樫井さん凄いわ。爆弾の投下の仕方半端ないって・・・。)


「へ・・・へぇー!今どき、霊感商法とかあるんですね・・・。」

(・・・とりあえず探るしかない・・・。)


「な!?そう思うだろ?・・・俺も最初はそう思ったんだよ。

俺の事全部知ってるみたいに話してるから、ストーカーかも?とかも思ったな。

でもな・・・あいつはマジだ。」

「俺の身内が10年以上前に死んだ事も、死んだ場所すら言い当てたんだからな。」


 今までに見たこともない暗い表情で、冷めたハンバーグを口に入れる。

そんな樫井さんに掛ける言葉が見つからない。

小さくなってるはずの肉を飲み込むのに、俺はどれだけ時間をかけたのだろうか。

チキンステーキは皮がパリパリが正義。

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