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リコール ~ re:call ~  作者: 鈴花 夢路
第三章 守るべきもの
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ピーチパイが好きです。

 何も見えない真っ暗闇の中を歩くとき、

人は無意識に手を前にかざして進むらしい。

目印になる壁にでも触れたら、とても安心出来るだろう。

誰かに手を繋いで導いてもらえたなら、どれほど安心するのだろうか?


 誰かに呼ばれている。

目を開けても大丈夫だろうか?目を開けても暗い海の底だったら?

・・・あぁ、大丈夫だ。この声は・・・。


――― 3月27日 土曜日 雨の音がする夕方



「あっ!誠士せいじくん起きた!?良かったぁ・・・。」

俺はいつも通りうつ伏せで寝ていたらしい。首まで布団が掛けられていた。

いつもと違うのは床に座っている朱莉あかりが枕の脇で俺の手を握っている所だ。

「え・・・?ごっ・・・ごめん。」

俺は手を引っ込めてベッドの上に起き上がる。


(・・・どういう状況だっけ?)


「ミカゲちゃんは、誠士くん寝てるだけなの確認した後、神社に帰ったよ。

・・・昨日の事、おぼえてる?」

「あぁ・・・香苗はどこにいったの?」

俺が思い出しながら答えると、朱莉は少し動揺して下を向いた。

「あの・・・誠士くんに、その・・・」


(あ、思い出してきた・・・。うわー・・・気まずい。)


「あ・・・うん、大体わかった。《《そのあと》》は?」

何でもない風を装って俺は聞いたが、心の中ではあの真っ赤な唇、

暗闇の中での囁き、彼女の絶望を思い出していた。

また闇底に引っ張られそうになる感覚で気分が悪く、吐きそうになる。


「香苗さん、誠士くんが意識なくなったと同時に消えちゃったよ。

私、本当に心配したよー・・・。もう目を覚まさないでどこか遠い所に行っちゃいそうで・・・。」

朱莉はベッドのシーツをギュッと握りながら、泣きそうな顔をする。

その様子を見ていると、俺までなぜか胸の奥が締め付けられた。


「俺、真っ暗な海に沈んだ夢を見てた。・・・夢っていうより、香苗の感情に引っ張られて

無理矢理、見せられたイメージっていうのかな・・・。

どんどん飲み込まれていく暗闇の中で、ずっと手を伸ばしてた。

何か掴めないかなーって探すみたいに。」


「・・・?うん。」

朱莉は不安そうに俺の顔をじっと見つめていた。


「朱莉の手の温かさ、夢で感じた。あと、名前をずっと呼ばれてた。

俺、朱莉に初めて会う前にも誰かに呼ばれてた気がする・・・。

いつも一人で目を覚ますの、怖かったから・・・なんていうか・・・。

目を開けた時に朱莉が居てくれて、嬉しいって思った。ありがとう・・・。」

混乱する頭を整理しながら話していたのに、結局意味の分からないセリフになる。


 不意に朱莉は立ち上がるとベッドに上ってきた。

そして座ったまま話してた俺の頭をギュッと抱きしめる。

――― 意識が飛びそうになった。

顔に押し付けられる白いワンピースの生地の下に、柔らかい胸を感じる。

幽体離脱する前につけてた香水のイメージが、朱莉に残っているのだろうか?

甘い、桃の香りに包まれる。


頬を伝う涙の温かさを感じて、初めて自分が泣いていることに気付く。

朱莉も少し驚いて、抱きしめていた手を離した。


「怖いよね・・・だから一人では生きられないんだよね。

今日も誰かと繋がってる。そう思えて、やっと目を開けるのが怖くなくなる。

私も、誠士くんが一緒にいてくれて、嬉しいよ!」

朱莉はちょこんとシーツの上に正座してニッコリと笑った。


 今ここで、彼女を思うままにする選択肢もあるのだろう。

その方が人間として、男としては正しいとも思う。

朱莉だって何もしらない子供ではない。

1ミリも好意がないなら、朝まで手を握ったりなんてきっとしない。

それでも・・・一緒に居られて嬉しいと初めて想い合えた少女を・・・

一時の感情で怖がらせるくらいならば、俺は正しく生きられない弱気な獣のままでいたい

・・・そう思った。


「もう夕方かー・・・何時間寝てたんだよって感じだな。

朱莉、お腹空いてない?」

俺はベッドから降りて朱莉に問いかけながらユニットバスへ向かう。

「そういえば!お腹空いてるの忘れてたーー!」

「冷凍コロッケ揚げる油がないから、買い物行かないと。

雨だし俺がパーっと行ってくるから、ちょっと待ってて?」

俺は軽く身支度をして財布を用意する。

少し、一人で冷静になりたかった。

初めて手にいれた信頼を失うのはどうしても怖い。


「・・・私も一緒に行く。傘、入れてくれる?」

『・・・。』


(あぁ・・・本当に、押し倒せば良かったのかな・・・。)



 一人で歩いている筈なのに、俺の右肩は傘の外へはみ出している。

だんだん冷たくなっていったが、そんなことはどうでも良かった。

寄り添った傘の下は仄かな桃の香りがする。それだけで充分幸せだったから。

ムズキュンを目指してます。

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