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魔導師デスベルに拾われたキグナスは、実の家族のようにして育てられ、デスベルは厳しくも優しく、少女キグナスの心にぬくもりを植え付けた。
──二人の出会いから、凡そ一年。
太陽がようやく円形で見え始める早朝。波打ち際の砂浜で、二つの影が交差する。
「あちょ~~っ!! アチャ、アチャッ、ほあっちゃぁぁっ!!」
「タイミングの取り易い掛け声は止めろ。相手にもすぐ対処されるぞ」
肘打ち、裏拳、正拳、胴回し後ろ蹴り。四行程が一つの流れとして放たれる連環套路。フェイントを織り混ぜ、本命の胴回し蹴りに狙いを絞らせない連続攻撃。
パワーは未だ子供のものでも、スピードは大人の格闘家顔負けのものになり、それこそたった一年で、キグナスは……強くなった。
「ジャブ、ジャブ、ストレート、十センチの爆弾、ジェットアッパーキャンセル、アッパーストレート、カミソリアッパー!! か、ら、の~~っ、ネリチャギ!!」
「繋げる攻撃は選べ。それとな、上体を反らせた後に踵落としなんぞ当たる訳がない」
目にも止まらぬ。息も吐かせぬ。そんな隙も無い連撃を、しかしデスベルは左手だけで捌き、払い、完全に避け切る。
ダメ出しをしながら、言われた事をすぐに修正して成長する弟子の姿に僅かな喜びを感じながら、筋肉などは付けさせず、あくまで少女としてキグナスを鍛えるのだった。
グラップラーにしたい訳でも、ウィザードにしたい訳でも無い。無限に広がる将来を勝ち取る為の『強さ』を教えているだけ。
いずれ誰かを好きになってオヨメさんにだってなれるよう、体型は少女のまま、女性のまま、壁にぶち当たっても折れない『強さ』を教えているだけだ。
「よし、今日はこれでおしまいにしよう」
デスベルは繋ぎ目となる蹴り技を弾いてキグナスの額を小突くと、バックステップで数歩も下がって終了を宣告する。
もし成長タイプを分類するなら、キグナスは晩成型。魔力の高さと潜在能力の高さは未熟ながらも素晴らしい。成長し切った早熟のデスベルに、育てる喜びを与えてくれていた。
だからと言って無理はさせない。修行は凝縮し集中して短時間だけ。後は一緒に遊び、一緒に食事し、一緒に寝る。子供から無理に成長させず、普通の子供と同じ速さで育てて行く。
「ふぅ、おなかペコペコだじぇ~っ。ししょー、お魚取って来るねぇ」
キグナスもそんなデスベルの想いに応え、元気に子供らしく育った。
修行が終わったと分かればワンピースに下着に靴まで脱ぎ捨て、手首に巻いていたヘアゴムで髪をポニーテールに束ね、「ヒャッホー」と声を上げて海へと走り去る。
「ししょー!! スゴい大物が取れたよぉ!!」
だったのだが、やはりキグナスは「ヒャッホー」と声を上げ、海に潜る事なくブンブン手を振りながら戻って来た。
そして岩場の近くで火を起こそうとしていたデスベルの服を掴むと、引っ張って海へと引き返す。
弟子は嬉しそうに、師匠は仕方なさそうに、脱ぎ捨てられた衣服の位置まで歩み……
「むっ!? 跳ぶぞ!!」
「ふみゃっ!?」
跳んだ。キグナスの腰に腕を回して抱え上げ、波打ち際までの数十メートルを一歩で縮める。
デスベルには見えたのだ、『大物』の正体が。恐らく半分ほど砂に埋まってはいるが、四角い……キューブ状の機械。
一面は二畳ほどの広さで、色はスモーキーブラック。砂に埋もれて無い上の面の中心には、『HAYABUSA』と赤く変色した文字が刻まれていた。
「これは……いや、まさか!? キグナス、お前の魔力を貸せ……早くだ!!」
デスベルはこれまでの旅の記憶を甦らせるとキューブの上でしゃがみ込み、『HAYABUSA』の文字に自らの右掌を重ねる。
そのまま魔力を流し、念押しの意味でも抱えていたキグナスを下ろして、強い語尾でヘルプを伝えた。
「は~~い、んじゃ、ちゅっちゅ♪」
「ん!? そうじゃない」
しかしイマイチ理解してないのかわざとなのかデスベルに顔を寄せて唇を重ね、すぐ離された後に手首を掴まれてこちらも文字の上へ置かれた。
二人分の魔力にキューブは即反応を示し、刻まれた全文が赤く輝き出した。
「サポートエネルギー充電完了。トランスフォーメーションヲ開始シマス」
それに続いて感情の無い声がどこからか聞こえ、足場が、キューブが、グラグラと揺れ動き上昇を始め、デスベルは慌ててキグナスを抱えて今度は砂浜に向けて跳ぶ。
知識としては有ったが、実際にトランスフォームの現場を目の当たりにしたデスベルは、やはり男なのか興味深げに「おお」と呟いた。
「こりは……カッコいいじぇ」
「カッコいいんじゃない。カッチョいいんだ」
砂から浮き上がった立方体は次々と重々しい音を響かせ、とある名称で呼ばれる『乗り物』へと外見を変える。
乗り物……なのか? スモーキーブラックのフルメタルで全体を覆い、潮風に煽られても鏡のような光沢を失わず、その存在感は見る者を気圧し寄せ付けない。
兵器だ、これは。真名を魔導式二輪装甲車『ハヤブサ』。
少なくとも、乗り物なんて俗称で呼べるほど軽いもんじゃない。重い。ハヤブサは……重いのだ。
重量は450kg。全長は340cm。ニトロターボ+を搭載し、マックススピードは実に400キロ。
モンスターマシンぶりはスペックの他、フォルムからも見て取れる。前輪の左右には前へ牙のように突き出たオリハルコン製の螺旋ドリル。ヘッドライトには搭乗者を凄まじい風圧から守るウイングガード発生機。後輪の左右には180度砲身が旋回するガトリング砲。後部タンクには大量のニトロと内臓ロケットランチャー。
エンジン音は巨大な怪物の咆哮を連想させ、泣く子も黙る危険度S級の走る爆薬庫……正式名を『HAYABUSA-OSC-ダーザイン』。
「トランスフォーメーション完了シマシタ。
アーアー アーアー アーアー
アーアー アーアー アーアー
アー アー アーアー
アー アー ああ ああ
ああ、あぁ、ああ……
助けて頂きありがとうございます。本当に危ないところでした」
まるで歌手がノド慣らしでもするかのように、音声を整えて徐々に感情の籠ったものに変えて行くと、ヘッドライトをチカチカ光らせながら、ハヤブサはどこから発してるのか分からない声で二人に礼を述べる。
外からはスピーカー類など見当たらず、しかし確実にこのマシンから発せられていて、バイクが喋ったと驚くよりも、デスベルは「ふむふむ」と、キグナスはそれを真似て「おーおー」と、ハヤブサをペタペタ触りながらスピーカーの在処を興味深そうに探していた。
「あの、すみません……そろそろ良いでしょうか?」
助けられた手前、されるがまま強く言えなかったハヤブサだったが、あまりに触られまくられ、放っておいたら分解されてしまうのではないか? と考えて恐る恐る声を掛け、ドリルをギュルギュル回転させて「危険ですよ」と勧告する。
だがその回転してるドリルにもキグナスは触ろうとしたので、ハヤブサはすぐさまギュルギュルを止めた。
「おっ? いや、こっちこそすまん。キグナス、お前は早く服を来て来い」
「あちーからイヤだじぇ」
デスベルも反射的にキグナスを肩へ担ぎ上げて離し、悪いクセが出ていたと顔を何度か左右に振って反省する。
そして謝罪ついでに、足をバタ付かせて暴れる聞き分けの無い弟子を……
「指導っ!!」
「ひぎぃ!? お尻たたかないでぇっ!!」
尻叩きで折檻するのだった。パァンと小気味良い音が一度響き、キグナスは更に暴れて肩の上から飛び降り、脱ぎ散らかした衣服の場所へと急ぎ走って行く。
砂浜をトコトコ駆け、何故か靴から履き始める姿を確認し、もう大丈夫だろうと視線をバイクへ移した。
「で、どうしてこんな所で埋まってたんだ?」
本題。デスベルは知っている、この機属の正体を。知っているからこそ、ここで生き埋めになっていた理由がわからない。
端的に言って、機属は『外出』をあまりしない。むろんそれは家から出ないとかの極論では無くて、機属は機属のテリトリーから人属や魔属の地へ赴かないと言う事。
それぞれの関係が険悪なのでも、ましてや一方的に嫌悪してるのとも違う。旅人が寄れば持て成しもしよう。しかし余程の何かが無い限り、自分達の陣地から他属の陣地へはまず行かない……そう言う生き方なのだ。
「それなんですが……忘れてしまいまして。私の街でお礼したいので取り敢えずお乗りください、走ってる間に思い出すと思います」
にも関わらず、ここは人属の地。しかも、人属の地に居る理由を『忘れる』なんて有り得るのか?
嘘を付いてるか、もし有り得るとするなら、それは相当な外傷を受けてのメモリブレイク。
エネルギーが切れ、海へ落とされ、人の地まで流され、砂浜に埋まっていた。ここまでの状況から一番信頼できる仮説を立るならこう。
「乗る……か。一度経験は有るが、自信は無いな」
だが、仮説は仮説。真実には遠く及ばない。そしてこのデスベル=ウィンロード、信じるのは己の眼で見た光景のみ。
僅かに緊張しながら、少ない経験の記憶を辿ってハヤブサに乗り込むと、軽くハンドルを握ってキックペダルに右足を掛ける。
「危ないと判断したら勝手に私が修正するので、気を抜いてスロットルを握っててください」
軽く。握ったつもりだったが、ハヤブサからは手首の固まった緊張を感じ取り敢えて言葉にしてリラックスを促した。
デスベルも手を一旦離し、意識して腕を脱力させると、手首をプラプラ振って再度ハンドルに乗せ直す。
「ふむ、では殆ど任せようか。出発だキグナス!! キグナス?」
「まってまってぇっ!! こんな事もあろうかと、ゴーグルを買っといたじぇ!!」
そして、靴、ワンピース、パンツの順に着終えた弟子を呼び、リュックを背負い笑顔で駆け寄って来るその姿を思わず二度見する。
弟子と言っても未だあどけない少女なのに、この視線を集める輝きは何だ? 輝きはキグナスが目に掛けている『ツーリング用』のゴーグル。フレームは左がシルバーで右がゴールド、成金臭がプンプンする悪趣味な品。
それをしかし「イカすだろ?」とドヤ顔で見返すと、デスベルの後ろに腰掛け、腕を前へ回してしがみついた。
最後に確認した所持金の残高とゴーグルの見た目値段を天秤に乗せると、どうも釣り合う気がして財布の中身が不安になる。
「そんなに野宿が良いのかお前は……ちっ、しっかり掴まってろ」
「んにゅ」
だがこの性格は治らないだろうと諦めて問い詰める事はせず、エンジンを掛けてゆっくりスロットルを回転させて行く。
まずはここ。バイクを催した機属に跨がる……こうなった原因の、更に元凶を突き止めたい。
「ダーザイン、アクセルスタート。ナビしますので、その通りに進んでください」