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削除  作者: もふもふ太郎
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第2章【Levitation Kingdom~流星の愛を君に~】その6





  




 魔導師家系、ウィンロード。



 祖父 ダイド

 祖母 ヲラク

 父  ギン

 母  キョウコ

 長女 マリーネ

 次女 リリィ

 長男 デスベル

 三女 ユニ



 以上八名が、存在を消されたウィンロードの家系で有る。


 以前はごく普通の一般家庭だったが、祖父と祖母の代から魔導師として覚醒し、それからは国へ尽くす直属の部下家系と……いや、この頃から、『捨て駒』としての宿命にあった。


 王からウィンロード家に与えられた使命は、魔力鉱石レビテーションストーンの解明。


 一家はそれを全うすべく日々勤しみ、しかし長男のデスベルと三女のユニだけは参加しなかった。姉達とも歳の離れた若い兄妹は、家族を愛してはいても『夢』が諦められないからだ。

 デスベルは、世界を見て回る旅がしたい。ユニは、自分の歌をみんなに聞かせたい。研究に就くのならそれから……そんな願いを家族も受け入れ、まだ若い二人を旅に出した。



 最初はユニが、その一月後にデスベルが、果てしなく広い世界を歩む。自らの足で、数年掛けて、一歩、一歩、見て回る。



 デスベルに至っては全ての種族と会い、全ての大陸を渡る事を目標とした旅。西へ、西へ、ひたすら西へ。

 余計な手荷物は持たず、Tシャツにジーンズに耐久性を重視した登山用のスパイスブーツ、それに安物のローブを纏い、西へ、西へ。


 ダークエルフ、ナーガ種、野生化した機械動物、見た。見た。見た。恐らく先に立ち寄ったであろう『歌姫』の噂を時おり耳にしながら、旅は四ヶ月目を迎える……





 その日に入ったのは人属の街。貧富の差が激しく、街の北と南、勝ち組と負け組に住まいを分けていた。

 北は工業都市で南は農業都市、収入や外観はガラリと違う。それだけなら良い。デスベルが歩いたのは南の中の南、負け組の中の負け組、最底辺。仕事も宿も金も、力も無い弱者の溜まり場。




「や、やだっ!! もうしないって言ったよっ!?」




 ただ、磨けば輝ける原石は居た。ボサボサに伸びた髪、破れた衣服、汚れた肌、それでも……瞳までは濁っていない。諦めていない。

 もう何度、何度、生きる為に男を受け入れて来たのだろうか? 路地裏で鎧を来た兵士に取り囲まれ、まだ第二次成長も迎えてないと思える未熟な少女は、しかし大人の男達を睨み上げる。



 

 そして、取り囲む大人達の向こう……そこでこちらを見つめている人物に気付いた。



 やった、これで助かる!! 助けて貰える!!



 と、10秒ほど夢を見る。あの人が助けてくれる。きっと助けてくれる。

 と、甘い夢を見る。現実は見つめているだけ。近付いて来ないし動きもしない。


 男達に衣服とも言えないようなボロを剥ぎ取られ、薄っぺらいボール紙の上に押し倒され、手首を後ろで縛られる。


 これで終わり。悪いのは自分だったのだ。よく意味も考えず、その日の食料欲しさに北の街で男に声を掛けたのだから。

 痛かった。後悔した。けれども男はそれに味をしめ、南の街まで少女を探しに来て、少しの食料を握らせて犯し続けた。その度、その度、男の人数が増え、少女の恐怖が増える。


 今日こそは断るつもりだったのに、今日も見知った男に裸を晒す。



 助けて、誰か、誰か、誰か!!


 誰か、私を、私を助けてっ!!





「たすけてっ!! おにいさん!!」





 瞬間、頭を過ったのは、動かず、助けず、見つめていただけの人物。






「あいよ」






 瞬間、聞こえたのは、短くも、確かな、希望を与えてくれる優しい声。


 


 少女の涙が頬を伝うより早く、少女の叫びが絶望に変わるより速く。



「言わせて貰おうか……このクサレ外道がっ、てな!!」



 少女に覆い被さっていた男の身体が、くの字に折れ曲がり空に浮いた。


 胸のプレートは大きくヒビが入って砕け散り、デスベルに蹴り上げられた……その衝撃の凄まじさを語る。

 まるでオモチャ。抵抗もできず、法則に従って数メートル先へ落ち、ゴロゴロと転がって瓦礫の海に沈む。



「しばらく、目を瞑ってろ」



 デスベルはローブを脱いで裸の少女に被せると、膝裏と背中の下へ腕を回して胸の前に抱え上げた。

 そして通路を塞ぎ剣を構える男達を見据え、しかし怯みもせず、怯えもせずに、ゆっくりと向かい歩んで行く。



「忠告するぞ? このデスベル、『攻撃は既に終えている』。俺がこの場から消えるまで、少しでも体を動かさない方がいい」



 真っ直ぐに、真っ直ぐに、腕に少女を抱き締めて。真っ直ぐに、真っ直ぐに、その間を通り抜ける。

 一人、また一人とすれ違い、全員とすれ違って……そこで動く気配。やはり絵も知れぬ恐怖を覚えつつも、男達は我慢ができなかった。


 遠ざかるデスベルへ向き返り、剣を振り上げて一斉に斬り掛かる。



「仏の心で見逃してやろうと言うのに」



 否、斬り掛かろうとした。最初の一歩目を踏み出そうとした。だが、言う事を聞いたのはそこまでで、前へ踏み出そうとしたのに身体は真逆へ吹き飛ぶ。

 少女に覆い被さっていた男と同様、胸のプレートは大きく穴が空いて砕け、地面に落下してもバウンドして転がり続ける。



 少女を助けるに当たり使用した能力は二つ。数秒だけ時を止められる『ビヨンドクロック』と、任意のタイミングでダメージを発動できる『ディレイアタック』。

 時を止めたられた段階で、男達はディレイアタックを使用したデスベルにより蹴り飛ばされていたのだ。そして最後の一人、少女に覆っていた男だけはビヨンドクロックが切れてから蹴り上げられた。


 どちらも妹の、魔導師ユニが得意とする時術で、デスベルは己の得意魔法を含む家族全員の特性を合わせ持つ、才能と正義感に溢れた希代の大魔導師。それに傲る事も無く、努力を重ね、体を鍛え、その姿は孤高に尽きる。



「宿まで走るぞ。しっかり丸まってろよ」



 背後に『残骸』の山を築き、心配そうにローブから顔を覗かせる少女へ優しく微笑んで声を掛けると、北の街へ向けて走り出すのだった。


 こうして旅を続け、多様の種族と出会い、触れ合い、精神的にも成長したデスベル。人として完成したと語っても過言では無い。

 ただ同時に、汚い裏側も多分に見て来た。先ほどの男達もそう。ここの街の警護をしてる兵士なのか、はたまた滞在してるだけで他国の兵士なのか。


 どちらにしても、誰で有ろうとも、クイモノにされる弱者を見ぬ振りなんて出来ない。この、相手が誰で有ろうと悪は許さない正義感……この強すぎる正義感が、片寄った思考に陥らせ始めているのだと、デスベルはまだ気付いていなかった。



  



 もし、そんなデスベルを修正できる者が居るとしたら、それは……





「あの……ありがと」





 宿の一室。備え付けのバスルーム。シャワーの湯気が立ち上るそこで、少女は椅子に座って俯きながら、長い髪をワシャワシャと洗われていた。

 大きな手で、こう言う行為に馴れていないのか少し不器用な手つきで、しかし不器用ながら丁寧にゆっくりと。人のぬくもりを知るには充分なスキンシップ。



「お前、名前はなんて言うんだ?」



 デスベルはシャワーヘッドを手に取ると少女にお湯を掛けて綺麗に流し、今度はボディシャンプーを染み込ませたスポンジで背中を擦り出した。

 汚れが落ち、白い肌が現れ、そして『アザ痕』を発見して、なるほどと悟る。



「んっ……ない。呼びやすいように、おにいさんが付けて良いよ」



 やはり。無意識に喉から出そうになったセリフを慌てて呑み込む。

 この少女は、翼有人(よくゆうじん)の血を引いている。鳥のような翼が背中に生えている種族で、基本的に美男美女しかいない。


 だが、少女には名残のアザだけ。翼は生えていないし、これからも生えないだろう。引き抜かれたか、もしくは他種族との交わりで産まれた為に生えて来なかったか。

 ともかく、あんな場所に居たのだから、結局は親に捨てられた不必要な子と言う訳には変わりない。


  


「キグナス……それなら、キグナスと呼ぼう」




 でも、翼のようなアザしかなくても、透明で見えなくても、今にも羽ばたきそうな白い翼が少女の背中に有るのを、デスベルは確かに感じ取った。

 故に白い鳥、白鳥と言う意味のキグナス。童話や御伽噺を参考にはしないが、それでも綺麗に汚れ落ちた白い肌の少女に、キグナス……名は体を表すと呼べるだろう。



「きぐなす? きぐなす、キグナス……うん。キグナスね? わかった」


「よし、それじゃあ風呂に入るぞ」



 腕や足、胸や腹など隅々まで洗い流してやると、キグナスは背中を預けて「えへへ」と笑い、デスベルはそんなキグナスの身体を持ち上げて、湯張りされたお風呂の中へと並んで入るのだった。

 そうして深く安堵の溜め息を吐き、じっくりと今後に付いて考える。どの修道院に預けるのが良いか……翼有人の国に連れて行くのが良いか。



「何をしてるキグナス?」



 そこまで考えて、デスベルは異変に気付く。異変に気付いて、馬鹿か俺はと自分を罵った。

 こうなる可能性はあったはずなのに、むしろこうなる可能性の方が高かったはずなのに、どうしてこうなる可能性から目を背けたのか?



「これしか、お礼が思い付かないから。それに、おにいさんと一緒に居たい。あそこには戻りたくない!!」



 少女は湯船の中で向き合う形に体勢を変えると、デスベルを見上げて凹凸の無い身体を押しあて、ぎゅぅぅっと抱き着いた。

 これが何を示すのかは、ある程度の成長をした者なら察し余る。そして対するリアクションは主に二パターン。


 劣情を抑え切れずに抱き締め返すか、それとも……



「強くなれキグナス。そうすれば誰にも虐げられない。だからそれまで……師匠としてお前を育ててやる」



 このように、頭を撫でながら優しく諭すか。


 修道院も良いだろう。翼有人の国も良いだろう。だが少女に必要なのは、今すぐの人としてのぬくもり。

 悪い事をしたら叱る。良い事をしたら褒める。子供の時期に親から得るべきその当然の権利が、全く受けられていなかったのだ。



「まずは、今後軽々しくこんな真似はするな。どうしてもとなったら、俺を誘惑できるぐらい、もっと女を磨け、色気をつけろ」



 それを旅人でしかない自分が与えて良いのか? いや、この少女には今。今が大切なのだ。ここで見放したり先送りしたりしては、きっとダメになる。すぐにさっきの状況へ逆戻りする。

 だとしたら、責任の持てる自らの側に。呼び方は家族でも妹でも愛人でも弟子でも、どれだって構わない。近くに置いて育てる関係だけが確立されていれば。



「わかったよ、ししょー……ちゅっ。おやすみなさい」


「あっ……おい、タオルで身体を拭け!! ったく。弟子か……ふっ、ガラにも、無いな」



 果たして言った事を理解したのかどうなのか、キグナスはニッコリと笑ってデスベルの頬にキスをすると、少し間を空けて照れ臭そうに浴槽から飛び出して行く。

 それから更に間を空け、突然の出来事にやっと何をされたか理解したデスベルは、こちらも照れ臭そうに湯船の中へ顔を沈めて反省するのだった。



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