表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
削除  作者: もふもふ太郎
3/8

第2章【Levitation Kingdom~流星の愛を君に~】その2

  





 歩く、歩く、歩く。


 普通に、歩幅を変えず、呼吸のテンポを変えず、気付かないフリをして、歩く、歩く、歩く。

 細い道へ、裏路地へ、廃墟へ。すれ違う人々に分からせず、ディーナ=サイレンスは至って冷静に歩き、(おび)きだす。


 誘きだすのは殺気。隠そうともしない殺意。その殺意の持ち主を、数日前からこちらを伺っている殺意を、自ら一人になって挑発する。

 しかし中々用心深く、明らかに狙っているのに、暗闇でも、一人でも、こうやって焼け付く鉄の臭いが漂う工場跡地へやって来ても、決して姿を表さない。



「妙だな……もしかすると、私は何か思い違いをしているのか?」



 ここまでの見解では、以前に壊滅させた犯罪組織が復活し、ディーナへ復讐をたくらんでいる……と、結論に達した。の、だが。『それにしては』と思う事が多過ぎる。

 まずは相当な殺気、これだけで強者(つわもの)だと知れ、それにしては何もして来ない。これだけ警戒しているのだから不意討ちは無理だと分かるだろう。


 では、こちらが痺れを切らせる、または警戒心が薄れるのを待っているのか? それにしては暗闇になっても、一人になっても、ましてや睡眠時や入浴中にもアクションを起こさないし、誘いにも乗って来ない。殺気を放つだけで……何がしたいのか?



 理由は掴めない。掴めないが、自分を狙ってるのだけは確定している。

 復活した組織の仕業とカモフラージュする事件も増え、ディーナがこの国に居続ける限り、事件もまた続くだろう。



「私を、このグランパレスから追い出したい? のだろうな」



 はぁぁっ……と、大きな溜め息は自然と漏れる。やれやれ、やれやれ。面倒な事になったと。

 しかしそれと同時に、胸の高鳴りも抑え切れない。「私が居ると事件が起こる」、「迷惑を掛けれないので国から出ます」。外の世界を旅する大義名分が出来たのだから。



「生きた霧……見てみたいものだ。なぁヨイチ? お前も……んっ!?」






 ───────。






 誰も居ない。ディーナ以外に誰も居ないはずの工場跡地。天井には穴が空き、壁は崩れて鉄骨を覗かせ、作業機械は稼働する事無く錆び付き壊れている。廃墟。

 その廃墟で、殺気が突然消え、代わりとして耳に届く。微かな、微かな、呼吸音。狙っていた者ではない。元々、ディーナより先にこの廃墟へ居た者。隠れていた者。


 善か悪か、この国に仇なすかそうでないか、見逃すか見逃さないか……見逃せない。



「私はグランパレス第三騎士団の大佐、ディーナ=サイレンス!! 廃墟の隠者よ、観念して姿を表すが良い!!」



 で有れば高らかに名乗る。この者こそ誘きだす。廃工場全体に響かせて。


 まだ武器は構えない。ヨイチは背の腰位置で身に付けたまま、二本のフォールディングナイフも右腰の位置でベルトから下げたまま。手ぶらで、空手で、まずは相手の出方を見る。


 今日は久し振りに実家へ帰る途中だった為、ショートジーンズにTシャツ、それに左側だけの胸当てと言う軽装。

 相手によってはすぐさま逃走できるよう、神経は周囲全体へ、足の爪先は出口へ、常に注意を向ける。


 すると、シュルリ……布の擦れる音が、右前方クレーンマシーンの影から。つまり、動いた。

 腹を括ったのかどうなのか、攻撃して来るのかはたまた逃亡を試みるのか。





「ディーナ? 弓姫ディーナですか!?」





 答えは、どちらでもない。銀色の長髪をアップに結い上げ、シルクのドレスを身に纏う人物が、さも嬉しそうに姿を表し声を掛けて来たのだから。

 これに関しては勘違いではない。忘れもしない。だとしたら勿論、その人物はディーナの知っている人物で。



「ヴァルキュリアお嬢様!?」



 ディーナどころか国民全員が知っている。知らない訳が無い。グランパレス国王の一人娘の顔を、知らない……そんな事はあってならないのだ。


 だが、疑問も残る。この人物は知っているが、何故ここに居るのか?

 疑問と記憶の糸を手繰れば、交わる点に有るのは『二人のヴァルキュリア』の情報。



「はい、久しいですねディーナ」



 疑念、疑惑、疑心。果たして、目の前で笑みを浮かべるこの女性は本物なのか?


 もしピンクダイヤから産まれた偽物なら、ここで討つ事も視野に入れる。その為にもまずはこのヴァルキュリアが本物かどうか調べる必要があるだろう。

 先立った外見の情報としては、違いは髪の色のみ。本物が銀髪で偽物が灼髪。これだけで決めれば本物と言えるが、これだけでは証拠が弱い。


 で、あるなら……





 笑う。





「ふふっ、ヤンチャも過ぎるといけませんよお嬢様? まだ騒ぎにはなってませんからすぐにお戻り下さい。でないと……教育係だったマルコイ殿も悲しみます」



 笑う。を、装う。口も目も、全力で笑うを装う。この嘘の笑みを、嘘の言葉を、どう捉えるのか、どう返すのか。

 ノドの動き、表情筋の動き、目線の動き、どんな小さな変化も鷹の目で見極める。



「いいえ、どんな時もマルコイは私の味方をしてくれますよ。それに、私が原因で皆さんに迷惑を掛けているのですから、私の手で解決したいのです。ですからまずは国を抜け出し、マルコイと合流して……」


 

 逃亡中だと言うのに何とも楽しそうに語り、そして楽しそうに語る事で本物と断定し、そして断定した事で……



「無理です……それは」



 これよりの『浮かれ』は酷だと考え、ヴァルキュリアのプランを否定した。

 酷。あまりにも残酷で、けれど真実を伝える為に作り笑顔を消し、本物の笑顔も消す。目を瞑り、損な役ばかりを心の中で嘆き、目を開く。



「お願いですディーナ!! ここは見逃してください!!」



 ヴァルキュリアに対し無償の愛を注ぎ育てたマルコイ。手助けする事で国を敵に回すとしても構いはしないだろう。

 なのだから、まずはマルコイと合流……そう考えるのは正しいし、合流できればかなり事態は好転する。



「そうでは有りません。マルコイとは会えぬと申したのです」



 ヴァルキュリアとマルコイが、合流できれば……


 出来る筈がない。



 ディーナは歩み寄り、頭を下げるヴァルキュリアの肩に手を乗せると、そのままお辞儀を止めるまで待ち、視線を合わせ、目線を合わせ、ジッと見つめる。

 どう言う意味? と問いたげな姫に向け、聞き逃さないように、聞き溢さないように、ド間近で結末を話す。



「貴女の恩師だった元グランパレス総騎士団長、剣聖のマルコイは……死にました。いえ、斬り殺されたと表現する方が正解ですね」



 だが残酷な結末を、真実を語っても、ヴァルキュリアは涙を流さない。取り乱さない。





 は、ははっ。





 冗談はヤメてと手を払い、クルリと背中を向け、むしろ笑う。乾いた声で。



「あのマルコイが、誰に殺されたと言うのです? ディーナだって強さを知っているでしょう?」



 それは無敗。数多の戦場を駆け抜け、幾多の猛者を退け、騎士から隠居するその日まで無敗。

 マルコイは強く、弱き者には優しく、己の正義を貫いて王にでさえ意見した。



「はい、私が本気を出したとて、一対一では勝てません。しかし、マルコイに勝てる者は知っています」


「ふっ、誰が勝てると……巨大な怪物とでも言う気ですか?」



 剣聖の実力、弓姫と歌われるディーナを以てしても勝てるとは言えない。それこそ人属で、純粋な騎士で、と枷は付くが、最強ではないだろうか?

 勝てるのは、魔属か機属。魔属か機属? だけではない。人属でも一人思い当たる。マルコイに教養、知識、技術、全てを教え込まれ育てられた人物……



「貴女ですよヴァルキュリアお嬢様。マルコイに勝てるのは貴女です」



 娘で有り、弟子で有り、生徒で有り、仲間で有り、家族で有り、甘やかし、贔屓し、託した女と、誰よりも近くに居て、それなのに気持ちを打ち明けず、『それ以上の関係』には成ろうともしなかった男。


 退団せずに今も残っていたのなら、恐らく王はマルコイを時期王に据え、ヴァルキュリアを妃とさせたのではないか? 騎士の誰もがそんな予想をしていた。

 二人の気持ちも、仮定の未来も、予想する事すら何も意味を持たなくなってしまったが……



「マルコイに勝つには、詰まる所『二刃抜刀』を破らねばなりません。どんな技かは皆目つきませんが、お嬢様……もしかして貴女なら、二刃抜刀の秘密を伝授されていたのではありませんか? 破れるのではありませんか?」



 予想するなら、想像するなら、未来では無く過去。それだけ繋がりの深かったマルコイから、『無敗のカラクリ』を教えられていたか否か。

 人で在って人を超え、目にも止まらぬ速さの体動、目にも映らない速さの抜刀術。ディーナとヴァルキュリア、共に切り札を所持してはいるが、共に相当な溜めを必要とする。使う事さえ許されない。



「と……思います。では、もしかして……マルコイを殺したのはピンクダイヤ、私の偽物、でしょうか?」



 だが、その目にも映らない速さの抜刀術……何かカラクリが有って、以前に見せて貰えていたとしたなら、溜めの時間を稼ぐのも可能。

 そして切り札を使えた場合、ヴァルキュリアは不敗となる。それほどに『クライマックス=オーバードライブ』は、切り札の中でも群を抜くのだ。



「確定はできませんが、その線が濃厚でしょう」



 マルコイの死亡場所は隠し部屋で、そこで争った形跡があり、周囲の者は、隠し部屋の存在も知らなかった。

 知っていたのはマルコイとヴァルキュリアだけで、ピンクダイヤを本人だと間違えてそこへ案内し、もしそいつが容姿や記憶に加え武装までコピーしていたら……マルコイの敗北も充分にあり得る。



 ここで空白。10、20、30秒。



 そこまで議論し、それなりの答えを出し、それでもヴァルキュリアは涙を流さない。取り乱さない。





 は、ははっ。





 むしろ笑う。乾いた声で。泣けない、悲しめない、それより先に、魂の救済を。魂の解放を。未だこの世で燻る老兵の無念に、戦乙女の鎮魂歌(レクイエム)を。

 自身のイヤリングを外して左右の手でそれぞれ一つずつ握り、眼前で両腕をクロスさせて十字を切る。



 そして、姫から戦乙女へ……





「転身ッ!!」





 変わる。



 白い光に包まれてアップにしていた髪はほどけ、ドレスが、ヒールが、シルクグローブが、粒子から分解されるように剥がされて行く。

 その瞬間、ほぼ同時に、足具にはシルバーグリーヴを、腰当てにはスカートタイプのシルバーフォールドを、鎧にはシルバーメイルを、兜には額だけを覆う軽量のシルバーサークレットを。全身を白銀で輝かせ、戦乙女ヴァルキュリアが再誕(フォームチェンジ)を完了させた。

  


「来なさい、ニーベルンリング!!」



 そこから更に左手の五指を広げて頭上に掲げ、叫ぶのは銀髪の少女。『来い』と呼ぶのはヴァルキュリアの為に製造された最新科学。


 少女の声に反応して掲げた腕の指先から肘までが白く発光し、次の光景では掲げた腕の指先から肘まで……その部分を白銀の籠手(ガントレット)が覆っていた。

 手の甲の部分に巨大なオパールが埋め込まれ、表面には様々なルーン文字が浮かび上がる。



「ディーナ……今から私の偽者を、ピンクダイヤを討ちます。半刻ほど待ちますから、貴女も準備を済ませなさい」



 そして、ようやくヴァルキュリアは振り返り、ディーナへ一方的な命令を言い放つ。

 ここで、選ばせているのだ。今すぐマルコイの仇を討ちに行くか。或いは拒否し、この現場を見なかった事にするか。或いは……ヴァルキュリアの前に立ちはだかり、逃亡を防ぐか。



「お、お待ちくださいお嬢様。まずは皆に……」


「ディーナ!! ここで決断なさい、後で他の兵と私を捜索に出るか……それとも、私と一緒にピンクダイヤを討つ旅に出るか」



 選べない。他の二つは選べない。武装した状態を止めるとなれば無傷では難しい……とか、何とかかんとか、理由は後付けで好きなだけ増やせるが、選べない。

 既にヴァルキュリアの異常体質(カリスマ)がディーナを蝕んでいて、尽くしたい(YES)としか首を振れない。




「私は、私、は……どこまでも、貴女のお供を致します」



 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ