第2章【Levitation Kingdom~流星の愛を君に~】
第2章 1話『フォーリンフォーリン』
旅に欠かせない特殊な簡易コテージキットや、戦闘用の魔力書と魔力回復薬、管理委員から支給された超高級アイテムの数々。
体力と魔力を回復するだけならコテージキットを取り出して組み立てれば充分なのだが、旅が数日に股がればフカフカのベッドで寝たいし温かい湯船に浸かりたい。
それならもう、贅沢をしたいなら、自分で資金を稼ぐ。文字通り身体を使って。『想い』と『愛』に飢えているリオに取って、夜の蝶は一石二鳥なのだ。
と、少なくともリオ本人は感じていて……
「お願いだから、勝手に居なくなるのはヤメてくれ」
と、少なくともエービィヒカイトはこんなお金の稼ぎ方を止めたい。
息を整えるとマスターを正面からギュッと抱き締め、どれだけ心配したかを態度で説明する。
仕事の内容に偏見がある訳じゃない。淫魔なのだからある筈がない。むしろ推奨する、これが最も必要とされる仕事なのだと。
しかし、これは違う。
例えばAと言う女性が居て、そのAがリオへ一方的に好意を持ちレイプしてしまった……これはOK。
逆に、リオがAへ一方的に好意を持ちレイプしてしまった……これもOK。
リオとAがお互いに好意を持ち、その上で身体を重ねた……ここまではOK。
Aがリオにお金を払い、その代償としてリオがAを抱く……これがNG。
これでは、メインになるのは飽くまでも代金で、質の悪いスカスカの愛しか手に入らない。心がスカスカの愛で満足してしまうと、これから先もスカスカの愛で満足してしまう。
エービィヒカイトは、そんな愛で埋まって行くリオを見るのがイヤだった。
愛する、で良い。愛される、で良い。友情で良い。同情で良い。感謝の気持ちや、保護愛でも、何なら嫌悪感で抱くのも構わない。
どんなのでさえ、そこに『心』が存在するのなら、余程で無い限り口出しはしないし応援もしよう。誰だろうと、何人だろうと、どんな計画だって立ち上げよう。
「だって……教えたら止めたでしょ? それに僕がお金を稼がなきゃエービィも『あの子』も」
「ボクやアイツは気にしない!! その為のカードで、その為のサーヴァントで、ボク達はマスターの為なら何でも……いや、してあげるんじゃない。してあげたいんだよリオ!?」
だがリオは納得できないと小声ながらもしっかりと自分の意思を発し、エービィヒカイトはその意思を遮ってカード総員の意志で上塗りする。
肩を押さえて身体を僅かに離し、真剣な瞳で見つめ合い、どちらも引かない、逸らさない。資金集めなんて、売春なんて、それこそエービィヒカイトの得意であるのに。
エービィヒカイトで無くとも、他のカードで良いから、「お金を稼いで来て」。一言述べれば皆従うのに、その一言は決して述べない。
「ふぅっ……折れないねリオは? んじゃ、ちょっち地獄に行って羽を生やして来るよ」
それならば、考え方を改めるのはカードの方。
マスターが売春を止めないのなら、現行犯で取り引きの瞬間を絶対阻止。
その為にはやはり……
「やっぱりさ、無いと何かと不自由でね……リオの側をしばらく離れなきゃイケないから諦めてたけど、このままだと守ったりするのにも支障ありそうだし」
地上と魔界を繋ぐヘルズゲートを通り、第四地獄まで戻る必要が有る。
正確にはジュデッカの地表から涌き出る岩風呂の再生温泉。悪魔種族限定だが、その温泉に浸かり続ければどんな負傷でも回復すると言う温泉。
無論それなりの時間を要するのだが、飛行能力を失ったままではリオの阻止はできない。また今のように走り回って終わりだ。なら、行動に移すのは早い方が良い。
「で、何だけど、アイツを護衛として地獄に連れてって良いかな?」
「うん……いいよ」
そしてリオにすれば、断れる筈も無かった。痛々しく泣き叫んでいた姿を見ているのだから、困っている仲間を前にノーと答えを出すほど非情にもなれないのだから、この問答の結末はどうしたって一つだけ。
エービィヒカイトと僅かに距離を取り、深く、深く、息を吐き、頭上に左手を翳して五芒星を描く。
そこに腕を突っ込み、カードを手繰り寄せ、人差し指と中指で挟み持ち、選んだサーヴァントを引き抜く。
「ドロー!!」
骨の随まで喰い荒らすのは
光を知らぬ盲目龍
「邪眼震級、ルーシィ=エガンドラ召喚!!」
呼び出す配下を名称し、引き抜いたカードは大気と混じるように消え、代わりに異変を巻き起こす。
リオとエービィヒカイトが居る場所が最高震度で揺れ動き、橋が崩落して瓦礫は川に沈み、亀裂の入った地面から這い出て来た龍のように巨大な蛇が、二人の身体へ絡み付いて締め上げる……そんな『幻覚』。
蛇は獲物を食す感覚で口を上下に拡げ、口の中で佇む少女の姿を覗かせる。
「ようやく、その腹黒悪魔をリストラする気になったのかしらマスター?」
少女……ルーシィ=エガンドラはニコリと微笑んで言葉を発し、それをスイッチに全ての幻覚は消え、何事も無くリオの前へ、橋の上へと舞い降りた。
第一印象は『黒い』、だろう。肌は透き通るほどに白いのに、それ以外が黒で覆われている。
黒い髪は腰のラインまで長く、旅には向かない黒いロングスカートに、黒いタイツに、下着まで黒で統一され、その黒までも呑み込む更なる黒い瞳が闇夜で輝く。
それも、二つでは足りない。ルーシィ=エガンドラの瞳を数えた時に、二つでは足りないのだ。
いち、にい、さん。三。みっつ。両の目と、額にもう一つ。合わせて三つの黒い瞳。
「ちっ、毒蛇が……まぁ今は頼み事が有るから、反論はしないけどさ」
普段はフュージョンの契約で、『夢の中』を主に守っている。マスターがナイトメアやバクに睡眠下で精神から襲われても即対処する為に。
悪夢を殺す。それがルーシィの役割で、必ず快適な目覚めを約束する。そしてそれよりも頻繁に行われるのは、トロけるほどに甘い全身を使っての奉仕。
リオが起きている時はエービィヒカイトが、寝ている時はルーシィが、お互いの忠誠心の高さを競うように『頑張る』のだ。
「あのねルーシィ? しばらくエービィに着いてやって欲しいんだ」
そんなルーシィを、リオは手を合わせて見上げ、「お願い」とセリフを繋げて頭を下げる。
そんなリオを、ルーシィは三つの瞳で見下ろし、「マジで頼むよ」と後ろから届くセリフに細長い舌をチロリと垂らす。
「ふぅん……それは良いのだけれどねマスター? この悪魔の手助けも良いのだけれど、その代わりに私のお願いも聞いてくれないかしら?」
気に入らない。気に入らないものは気に入らない。ルーシィはエービィヒカイトが、エービィヒカイトはルーシィが。
ルーシィが気に入らないのは、エービィヒカイトがディスタンスで常にリオと一緒に居る事。
ルーシィは太陽光が極端に苦手で、視力をほぼ『ゼロ』まで低下させてしまう。月明かりや人工の光ならどれだけでも平気だが、太陽光だけが弱点……つまり昼間の外出はできず、したがってリオの護衛には向かない。エービィヒカイトに嫉妬している。
エービィヒカイトが気に入らないのは、ルーシィが二人きりの空間でリオと一緒に居れる事。
エービィヒカイトはどれだけ強力なスキルを保持していようと、夢の中には入れない。誰にも邪魔されぬ夢の中で、濃密な時間を過ごすリオの寝言に耳を塞いで、ルーシィに嫉妬している。
「お願い?」
なのだから、お互いが自分に嫉妬していると分かっているのだから、手伝って欲しい……そんな弱味を見せた相手を、貶めずにはいられない。
体力も魔力も最底辺のマスター。しかしあらゆる加護を授かり、バッドステータスは殆どレジストする。
アビスタラントの加護により毒物を完全にレジスト。
機雷式百足の加護により麻痺を完全にレジスト。
エービィヒカイトの加護により魅了を完全にレジスト。
ルーシィ=エガンドラの完全により強制睡眠を完全にレジスト。
だがどんなに強くなっても、仲間が増えても、傷だらけの身体で、傷だらけの心で、恐怖と同じ目線で接してくれるマスター。
超の付く毒蜘蛛を抱き締め、刃物を纏う百足を抱き締め、地獄の底に住まう悪魔を抱き締め、地龍蛇の生まれ変わりを抱き締める。
そのマスターの、リオの、No.1の存在になれたなら……No.1の存在になりたい。No.1の存在に、自分がなる!!
「ええ、マスターリオ。いつも夢の中で言ってる事を、ここで言って欲しいのよ」
ルーシィはリオの後ろに回ると身を密着させ、右手をリオの顎に添え、戸惑う顔をエービィヒカイトの方へと向けさせる。
舌で頬っぺを軽く舐め上げ、言って欲しい事をゴニョゴニョと耳元で囁き、次は顔中を真っ赤にさせて羞恥へ導く。
「ふぇっ!? やっ、恥ずかしいってば」
「言ってくれなきゃ、アイツに着いてってあげないわ。ほら、いつものように……言ってマスター?」
良くない、予感がする。ルーシィはポーカーフェイスで、けれど額の瞳だけが細まり笑っている。
その蛇が指示した言葉は、例え本意で無くても、無理やりだとしても、交換条件で言わなくてはいけない言葉。ルーシィが笑い、リオが言いたくない何か。
「やめろ……ヤメロっ!!」
もはや予感を通り越して直感。確実な直感。エービィヒカイトは目を閉じて他の言葉を掻き消すように叫び、両手を自身の耳に押し当てて塞ぐ。
見たくない、言わせたくない、聞きたくない。嘘でも、冗談でも、無理やりでも……
「うぅっ……ぼ、僕がいちばん、好き、なのはぁ」
「言うなリオ!!」
──ボクの忠誠(愛)が二番目だなんて、言わないでっ。
「愛してるのはっ、ルーシィ……です」
プツン、と糸が途切れ、ガクン、と膝が崩れ、ブルブルと身体が震える。
そのまま瞳が金色に変わり、角が伸び、牙が伸び、爪が伸び、あ、あ、ああ、ああ……
「あ゛あ゛ああああああああああああアアッッ!!!」
「ああああ~はははははぁっ♪ ざまぁ、エービィヒカイト」
悲壮と愉悦が上空で交差し、マズイ事を言ったと悟ったリオはエービィヒカイトの元へと駆け出し、止まった。
ちょうどルーシィとエービィヒカイトの中間地点、そこで異様な雰囲気を感じ取り、進もうとする足が、掛けようとする声が、躊躇う。
「コロス……殺してやる!!」
自らの顔を両手で覆い、指の隙間から輝く金色の瞳と、黒く輝く、三つの瞳に挟まれて。