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削除  作者: もふもふ太郎
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愛の形

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2




1




 


「ねぇ、どうしたのオジサン?」



 小さな田舎町。高層ビル群も無ければ夜空を照らし返すネオンライトも無い。故に汚れの無い月の光が町を優しく包み込む。

 麦畑が広がり、水田が広がり、自然が広がり、虫の鳴き声が響く。旅人が立ち寄って疲れを癒すには最適の場所。

 町は東と西に別れ、別っているのは中央に流れる細くとも長い小川。ゆったりとしたさざ波に魚が泳ぎ、夏には子供も泳ぐ。


 そんな小川へ架ける橋の上で、手すりに肘を着いて夜空を見つめ、一人の男性が黄昏ていた。



「んっ? ああ……二年ほど出稼ぎに行ってたんだがね。久し振りに家へ戻ったら妻が知らん男と抱き合ってて……それで飛び出して来たんだ」



 男は夜空を見つめたまま、考えもせずに溜め息を吐き、後ろから聞こえた問い掛けに直前の出来事を正直に話す。

 愕然としか言えないだろう。妻を驚かそうと裏口から自宅へと近付いたら、中から知らぬ男の声。窓から覗けば抱き合ってる妻と男。


 ただ抱き合ってるだけで行為には至って無かったが、そんなものは時間の問題としか答えが出ない。怒りは存在しても、それ以上の絶望が乗り込む気力さえ削り取ってここまでフラフラと歩かせた。

 幼馴染みの二人は大恋愛の末に結ばれて、愛を散々育んで、自分達は世界で最も愛し合ってる夫婦だとも自負していたのに、今はもう空っぽだ。一杯なのは隣に置かれている朝袋の中の紙幣だけ。


 こんな物じゃ、心は少しも満たされない。



「そう……なら、オジサンも浮気しちゃえばいいよ」



 しかし金で心は満たされなくとも、身体だけなら満たす事はできる。


 こうやって声を掛けた者も、男性を心配したと言うよりは、売春目的で声を掛けたのだ。

 中性的な、どちらか決めるなら少女のような高い声。フード付きのローブで全身を覆い、顔は口元以外覗けない。



「私みたいな冴えない男と、寝てくれる者などおらんさ」



 そんな声の主へと……男は自笑しながら振り返り、しばらく視線を左右に泳がせ、予想を超える身長の低さに息を呑む。

 売春婦、だとの予想は出来ていたのだ。だから女性、だとの予想も出来ていた。だが女性だとしても、小さい、幼い。これでは子供ではないのか?



「ならなら、僕を……買って? たぶん、奥さんより上手だよ」



 子供なのに、妖艶に。紡ぐ言葉はやはり娼婦そのもの。フードを脱いで男を見上げ、目を細めてニコリと微笑む。

 よくよくその顔を確認すれば少女にも少年にも思えて、もし少年だとするならば、なぜこんな事をするのか?


 けれども、少年だとしても、子供だとしても、この売春婦を表す時は頭に『可愛らしい』、または『愛らしい』と付くだろう。それぐらいに違和感が無かった。

 同性で……など理解不可能だし、嫌悪の対象だが、この少年とならば行為の最中を想像でき、嫌悪と真逆の感情さえ芽生える。



 それでも普段なら、ほんの一時間も前の心情ならば、何を馬鹿なと鼻で笑い飛ばしもしたが、あの現場を見て未来に嫌気が差した今は、この子供の顔から目が離せない。

 自然と上体は下がり、紙幣が大量に詰まった麻袋へと手は伸びて、中から『料金』を掴もうとした瞬間、動きは止まる……止められた。



「だけどその前に、もう一度考えて……本当に奥さんは、好きでその人と抱き合ってたのかな?」



 娼婦の少年は男の首に腕を回して抱き締め、けれど迫っていた行為とは逆に、冷静な言葉を耳元で投げ掛ける。

 百聞は一見に如かずもクリアし、白か黒かで答えを出すなら100人居て99人が黒と答えを出すだろう。



「僕がオジサンに話し掛けたように、お金が目的だったって事も有るんじゃない? 出稼ぎに行ってる間、生活が苦しくて、悩んで、悩んで、仕方なくそうしてたとしても、それでも奥さんを許せない? ぼくと……スる?」



 しかし聞いているのは、そんな浅い事では無い。百聞は一見に如かずもクリアし、白か黒かで答えを出すなら100人居て99人が黒と答えを出す。

 それでも、他の99人を敵に回しても、愛した女性を、生涯の伴侶を、どんな時でも信じてやれるたった1人になれるのか? その答えを聞いているのだ。


 無論、身も心も疲れ果て、早く楽になりたいのなら、妻の代わりに身も心も癒すつもりでいるが、たった1人になれるなら、奪うつもりはない。



 そして、男は目を瞑る。記憶から掘り起こすのは、これまでの二人の歩み、二人の思い出、二人の歴史、二人の愛。

 そして、男は目を開く。袋の中から紙幣を鷲掴みにし、これからの二人を、二人の未来を、二人の幸せを、二人の愛を、信じる!!



「いや……すまない。飛び出して来たからな。帰って、話し合ってみるよ。ありがとう!! これ、少ないけど受け取ってくれ」



 男は少年の身体をゆっくりと引き剥がし、何かを吹っ切ったように微笑むと、フードへ掴んでいた紙幣を押し入れた。

 少年も優しく微笑み返し、男の頬に触れたか触れないかのキスをすると、三歩も後ろに下がって「バイバイ」と小さく手を振る。



「家族は、大切にしてねっ」



 誘惑に失敗しても、客引きに失敗しても、橋の上から走り去る姿を見送りながら、何度も、何度も、手を振り続けた。


 いつまでも、振ったまま。今は男に対して振っているのでは無い。今は、変わりに橋の上へとやって来たエービィヒカイトに向けて手を振っている。

 飛行能力を失って、少年を、リオを探す為に町中を駆け回り、すっかり息を切らせた悪魔に向けて、嬉しそうに「ここだよ」と手を振っている。



「これでしばらくは、野宿しないで済むよエービィ♪」




 


 



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