記念すべき一食目〜ハンバーグ〜
ふと我にかえると目の前の男は生き絶えていた。
特に恨みがあった訳ではない。さらに言うと知り合いですらない。
悪いことをしたな、という気持ちがない訳ではない。だが、それ以上に、長年満たされることのなかった自分の中の欲を満たすことができるという喜びがまさっていた。
幼い頃、俺は親戚の家で焼肉を食べた。牛でも豚でも鳥でもないその肉の味は、今でも鮮明に記憶に残っている。
「おばさん、これなんのお肉?」
叔母は人当たりのいい笑みを浮かべながら、とんでもないことを言った。
「人のお肉よ」
それから一年もしないうちに捕まってしまった叔母だが、その衝撃的な過去は人間としての自分を大きく変えてしまったのだ。
ここまで言えば聡い君達は気づいているかもしれない。
そう、俺の満たされることのなかった欲求は、『人肉を食べること』。
自分を曲げてしまった叔母には、恨むどころか感謝すらしている。あの出来事がなかったら、あの素晴らしい味には出会えなかったのだから。
さて、前置きが長くなってしまったが、調理に取り掛かろうと思う。
ああ、安心してほしい。目の前の男はホームレスで、いなくなっても全く影響のない人物だ。三ヶ月の入念な調査で、それははっきりしている。
大きな刃物で手足をばらばらに分解し、冷蔵庫に収める。凍らせておけば腐ることはないだろう。
胴体は、肉を出来るだけ多く削ぎ落とす。頭や内臓は、非正規のルートで闇医者へ。
殺人を犯すのだ、罪が一つ二つ増えたって構わない。そんなことよりも俺は警察なんぞに邪魔されることなく肉を食いたいのだ。
一回の料理に使う量だけの肉を取り出す。記念すべき一発目の人肉料理はハンバーグだ。
丁寧に丁寧にミンチにしたら、あとは普通にハンバーグを焼くだけ。シンプルではあるが、肉の味が引き立つ料理だ。
鼻腔をくすぐる匂いは、今までのどんな高級料理よりも香ばしい。
この日のために用意した二十年もののワインを開け、ハンバーグを皿に盛り付ける。
口にした瞬間溢れ出す肉汁に、ホロリと崩れる柔らかさ。我ながら完璧だ。
それは、想像を遥かに上回る旨さだった。あっという間に食べ終わり、もう一つ作っても良かったなと少し後悔するが、これから毎日この味を噛みしめる事が出来るのだと思えば気にもならなかった。
たとえ世界最高峰の肉だって、この旨さには叶うまい。
明日は何を作ろうか、遠足前の小学生のような晴れやかな気分で眠りについた。