エピローグ
私は一人、貴族の当主が死んだ家の、一人の少女の部屋を訪れていた。
私が手に掛けた人物ではなく、私が手に掛けた人物と結婚する予定だった、その人物の元へ。
「こんばんは」
窓を開け、するりと身軽に入り込むと、寝室のベッドに座って本を読んでいた少女へと、声を掛けた。
「……こんばんは」
人を呼ぶことなく、すごい胆力だと関心した。
そして、そうできる素質は、簡単に身に着くものではなかった。
どことなく、私は少女が気に入った。
「ねえ、あの日、なんで賊の男に感謝したの?」
少女は目を見開いた。
私は月の光を背後に、逆行のようになっていて、顔は見えないであろう位置を取っている。
「あの人を、知っているんですか?」
「ええ」
微妙な沈黙、私はそこそこ小さな声で話しているが、少女までの距離は五メートルほどあり、声が届いているか少し不安になった。
「あの人だけではないけれど、私の人生は変わりました。望んでいなかった結婚は解消されて、家は没落して、クーデターの嫌疑で、貴族の位は剥奪されました。まだ家禄はありますが、平民に落ちた私は、いずれ市井に身を埋めることでしょう」
ゆっくり、語るように話す少女は、遠い目をして斜め右下を見つめている。
どこか、達観したように語るが、そこに憎しみの色はない。
「でも、良かったのかもって、そう思っています。誰か、私の日常を破壊して欲しいって、そう願った。人生に失望して、こんなの間違っているって、叫びたくなった。そんな時に現れたのが、貴女達のような人でした」
区切るように、自身に語って聞かせるように。
「選べない人生の中で、不自由だけど選べる人生に身を落とせた私は、幸せ者だと思えました」
「そう……」
「後悔する日が来るかも分かりません。こんな考え、甘かったと自身を叱咤する日が来るかもしれません。でも……今は少なくとも、それでよかったと思ってます」
「復讐したい?」
「いいえ」
それだけ聞いたら、私は満足だった。
「さようなら。聞きたい事は全て聞けた」
「あの、貴女の名前をお聞きしても?」
エミリーとは答えられない。
それは、私の廃業を意味するからである。
だから、今は語る事のなくなった名を語る。
「咲良、私の名前。誰もしらない、本当の名前よ」
そして、窓から落下し、姿を消した。
後に、一枚のメモ用紙を残し、その場から消え去った。
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「室長、相変わらず弱いですね」
今は、久々にチェスをしている。
室長は、本当に暇な時は、こうして対戦ゲームに付き合ってくれる。
「君が、ゲームを誘って来るって事は、何か話があるんだろう?」
そう呟きながら、次の一手を指す。
「粛清対象だったゴーゴン家の末娘、名前はテルミナについて。なかなか見込みがありそうです」
チェックを掛ける。
どう回避するかによって、数手で詰みになる状況だった。
だが、相手は気付いてはいなかったようで、素直に危険地帯へコマを進めた。
「彼女にだったら、私の魔法を教えてもいいですよ。……はい、チェックメイト」
「ほお……。……あ、ちょっと待って!」
1029勝52敗。
チェスを教えてくれたのは室長なのに、いつの間にか強さが逆転していた。
それでも、室長とゲームをするのは嫌いではないし、室長もなんだかんだで付き合ってくれる。
「戦力としては、増強されるのは嬉しいけどね。境遇が厳しいな……」
「復讐の線を考えています?彼女に直接聞きましたが、少なくとも口頭では、恨んでないと言ってましたよ」
「ふむ……。考えておくが、期待しないでくれ」
「ありがとうございます」
ゲームは二戦目、お互いに遠慮なしで、駒をつつき合う。
そんな調子で、時間は過ぎていった。
教導というのは、なかなかに難しかった。
技術とメンタルと、実戦を経験しなければ伸びない部分もあれば、訓練で伸ばせる所に限界もある。
今回は初めて、教える立場に立ったが、有意義な時間でもあったと思う。
その間、暇な雑用をしなくて良いというのも、ポイントが高かった。
結局、日が暮れるまでボードゲームに興じていた。
時々、エミリーの知らない戦術を室長が繰り出すことがあり、黒星を一個だけ着けてしまった。
「なんとか、今日は一回勝てた……」
良い歳の男性が、疲れ果てたように机に突っ伏すと、もうゲームは終わり。
女子寮に帰り、そして今日の業務は終了したのだった。
これにて完結です。
お読み頂き、ありがとうございました。
作者あとがき
(興味なければ、読み飛ばし推奨)
普段は、三人称か、一人での一人称で書いているのですが、魔法使いの暗殺者だけは、
多人数の心理描写を含め、内面に焦点を当てる為に、
多人数の一人称視点で描いてみています。
読みづらかったら、ごめんなさい。
以上、ありがとうございました。
短編3を執筆予定です。
感想等、頂けたら、嬉しさのあまり、書き途中でも、投稿を早めるかもしれません。