表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

エピローグ

 私は一人、貴族の当主が死んだ家の、一人の少女の部屋を訪れていた。

私が手に掛けた人物ではなく、私が手に掛けた人物と結婚する予定だった、その人物の元へ。


「こんばんは」


 窓を開け、するりと身軽に入り込むと、寝室のベッドに座って本を読んでいた少女へと、声を掛けた。


「……こんばんは」


 人を呼ぶことなく、すごい胆力だと関心した。

そして、そうできる素質は、簡単に身に着くものではなかった。

どことなく、私は少女が気に入った。


「ねえ、あの日、なんで賊の男に感謝したの?」


 少女は目を見開いた。

私は月の光を背後に、逆行のようになっていて、顔は見えないであろう位置を取っている。


「あの人を、知っているんですか?」


「ええ」


 微妙な沈黙、私はそこそこ小さな声で話しているが、少女までの距離は五メートルほどあり、声が届いているか少し不安になった。


「あの人だけではないけれど、私の人生は変わりました。望んでいなかった結婚は解消されて、家は没落して、クーデターの嫌疑で、貴族の位は剥奪されました。まだ家禄はありますが、平民に落ちた私は、いずれ市井に身を埋めることでしょう」


 ゆっくり、語るように話す少女は、遠い目をして斜め右下を見つめている。

どこか、達観したように語るが、そこに憎しみの色はない。


「でも、良かったのかもって、そう思っています。誰か、私の日常を破壊して欲しいって、そう願った。人生に失望して、こんなの間違っているって、叫びたくなった。そんな時に現れたのが、貴女達のような人でした」


 区切るように、自身に語って聞かせるように。


「選べない人生の中で、不自由だけど選べる人生に身を落とせた私は、幸せ者だと思えました」


「そう……」


「後悔する日が来るかも分かりません。こんな考え、甘かったと自身を叱咤する日が来るかもしれません。でも……今は少なくとも、それでよかったと思ってます」


「復讐したい?」


「いいえ」


 それだけ聞いたら、私は満足だった。


「さようなら。聞きたい事は全て聞けた」


「あの、貴女の名前をお聞きしても?」


 エミリーとは答えられない。

それは、私の廃業を意味するからである。

だから、今は語る事のなくなった名を語る。


咲良(さくら)、私の名前。誰もしらない、本当の名前よ」


 そして、窓から落下し、姿を消した。

 後に、一枚のメモ用紙を残し、その場から消え去った。





----


「室長、相変わらず弱いですね」


 今は、久々にチェスをしている。

室長は、本当に暇な時は、こうして対戦ゲームに付き合ってくれる。


「君が、ゲームを誘って来るって事は、何か話があるんだろう?」


 そう呟きながら、次の一手を指す。


「粛清対象だったゴーゴン家の末娘、名前はテルミナについて。なかなか見込みがありそうです」


 チェックを掛ける。

どう回避するかによって、数手で詰みになる状況だった。

だが、相手は気付いてはいなかったようで、素直に危険地帯へコマを進めた。


「彼女にだったら、私の魔法を教えてもいいですよ。……はい、チェックメイト」


「ほお……。……あ、ちょっと待って!」


 1029勝52敗。

チェスを教えてくれたのは室長なのに、いつの間にか強さが逆転していた。

それでも、室長とゲームをするのは嫌いではないし、室長もなんだかんだで付き合ってくれる。


「戦力としては、増強されるのは嬉しいけどね。境遇が厳しいな……」


「復讐の線を考えています?彼女に直接聞きましたが、少なくとも口頭では、恨んでないと言ってましたよ」


「ふむ……。考えておくが、期待しないでくれ」


「ありがとうございます」


 ゲームは二戦目、お互いに遠慮なしで、駒をつつき合う。

そんな調子で、時間は過ぎていった。


 教導というのは、なかなかに難しかった。

技術とメンタルと、実戦を経験しなければ伸びない部分もあれば、訓練で伸ばせる所に限界もある。

今回は初めて、教える立場に立ったが、有意義な時間でもあったと思う。

その間、暇な雑用をしなくて良いというのも、ポイントが高かった。


 結局、日が暮れるまでボードゲームに興じていた。

時々、エミリーの知らない戦術を室長が繰り出すことがあり、黒星を一個だけ着けてしまった。


「なんとか、今日は一回勝てた……」


 良い歳の男性が、疲れ果てたように机に突っ伏すと、もうゲームは終わり。

女子寮に帰り、そして今日の業務は終了したのだった。



 







これにて完結です。

お読み頂き、ありがとうございました。








作者あとがき

(興味なければ、読み飛ばし推奨)




普段は、三人称か、一人での一人称で書いているのですが、魔法使いの暗殺者だけは、

多人数の心理描写を含め、内面に焦点を当てる為に、

多人数の一人称視点で描いてみています。


読みづらかったら、ごめんなさい。


以上、ありがとうございました。

短編3を執筆予定です。


感想等、頂けたら、嬉しさのあまり、書き途中でも、投稿を早めるかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ