仕事と少女
私は仮面をつけて、一人の人間の首を切り裂いた。
ナイフは使い捨てで用意したもので、それを切り裂いた後に脳天に突き刺した。
「きゃああああ」
周囲で声がする。
それは、この家に雇われているであろう、侍女の悲鳴だった。
(潮時かな)
赤く湿ったマントを翻しながら、私は血の後を撒き散らして家の外に出る。
そして、マントを脱ぎ捨て、その場に置き去りにすると、空へ勢いよく飛び去り、見えないように透明化する。
「こっちは終わった。後は、皆の任務が成功するか、見てようかな」
私は呟いていた。
誰が聞いている訳でも、ないというのに。
----
俺は、またあの屋敷に来ていた。
口元を布で覆って、今度は正門の前に立っている。
「おい!止まれ!」
門番が静止するが、そんなの関係なかった。
エミリーに教えてもらった剣は、素晴らしく切れ味が良かった。
血が舞い、悲鳴が木霊する。
それ自体に感慨は無いが、訓練しているはずの門番や兵士ですら、簡単に殺せてしまった。
誰も、斬撃を避けられず、打ち合うことすらできなかった。
「誰だ?」
当主は、家族全員で食事を取っているらしかった。
しかし、俺の姿を見ても臆する事なく、俺を見つめてきた。
横で、夫人は悲鳴をあげ、当主に歩み寄って及び腰になっていた。
それも当たり前だろう、服は血まみれで、剣も血まみれで、既に何人かを殺している俺の姿を見れば、並の人間からすれば恐怖でしかない。
「……」
だが、さすがに貴族の当主というのは、肝が据わっているらしい。
背後に飾ってあった剣を手に取り、手に構えてくる。
その構えは、自然としたもので、素晴らしいものだった。
「賊よ、来ないのか?」
俺は、体勢を低くし、体に魔法を掛ける。
瞬間、弾丸のように飛び出すと、真横を通り過ぎる軌道で、トップスピードに乗った。
そして、体を回転させるように、捻るように振りぬくと、うなじの辺りに斬撃が入り、相手の首が飛んでいった。
「……」
ふと、真横に座る、少女と目が合った。
それは先日、俺の顔を見た少女だった。
その視線は、射抜くように俺を見ている。
なんだ?
「……」
人の死を目の当たりにして、呆然としている風ではなかった。
少なくとも、強い意志をその瞳に宿していた。
一方、夫人は意識を失って、床に倒れていた。
侍女も執事も、当主の死を目の当たりにした瞬間に、逃げ出した。
もちろん、全員が臆して逃げた風ではなく、誰か人を、私兵を呼びに行ったと思しき人物も居た。
「何だ?父親を殺した俺が、憎いのか?」
思わず、口を出た言葉。
「あの……」
首を左右に振って、可憐な少女はそれを否定した。
そして、言い難そうにすると、ぽつりと口にした。
「ありがとう」
「っ……!」
何故、感謝された?
その思いで、目を見開いた。
少女が何故、そんな事を口にしたのか、それが理解できなかった。
そして、俺は逃げ出した。
だが、以前失敗した場所での成功で、自信は着いた気がした。
失敗ではなく、仕事の成功。
今は、それだけの結果で、満足できる気がしていた。
そして……。
――この時、俺を見つめる漆黒の瞳に、気付いてはいなかった。