表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

潜入捜査

潜入捜査


 例えば私が死んだとしても、誰も悲しむことは無いでしょう。

父親は、とても強欲で罪深く、権力に対して異常な執着を見せる。

政略結婚自体は、特に珍しくは無いが、娘である私は、父親と似たような歳の貴族男性に嫁ぐ事が決まってしまった。

脂ぎっていて、太っていて、父と同じように権力に対する異様な執着があった。

そして、一目見たとき、背筋に氷を当てられたように、汗がどっと出てきた。


 いくら私が末の娘だからと言って、あれだけは無いと一瞬だけ思ってしまった。

聞けば、既に何人かの妻が居て、だが子供は娘ばかりで、息子が一人も居ないらしい。

だから、最初は一人だけを妻としていたが、ここ数年で更に嫁を取ったらしい。

別に何人も妻が居るのは、珍しい話ではないが、逆に一人に拘っていた人物は、珍しいとも言えよう。


「そう言う意味じゃ……、良い夫……なのかしら」


 幸いにして、初の顔合わせは正妻が隣に居て、その女性はとても良い顔をしていた。

曰く「こんな姿だけど、昔は格好良かったんですよ」と、悲しげな表情で言っていた。

よく物語にあるような、側室の女性に嫌味を言うような性格かとも思ったが、慈悲深く、優しさに溢れる人物だった。


 二人で話した時は「こんな見た目だけど……、根は良い人なんですよ」と、同情的な表情で言われてしまった。

そして「ごめんなさいね、私達に跡取りが居れば、結婚はその子とだったかもしれないのに」と、申し訳なさそうに伝えてきた。

あるいは、跡取りであれば、私なんかよりもっと良い家柄の貴族から、嫁を貰ったかもしれないとは言わなかった。


 結婚って、案外そういうものなのかもしれない。

悲観するのは早そうだと、私は割り切った。

見た目なんて、ただの一要素にしか過ぎない。

平民であれば、恋愛結婚なんてあるそうだけど、貴族の大半や商人の一部は、政略結婚で相手が決まる。


「うん……、きっと、良い将来が待ってるよね」





----


「レイ、卒業試験のようなものだけど……初任務よ。それも、とびきりの重大任務。本来は私一人でいいのだけど、良い経験になりそうだから来て」


 私は、向かいに座る少年に向けて声を掛ける。


「目標1は、クーデターの実態を暴くこと。秘密裏に貴族の屋敷に潜入し、重要書類を確保する。目標2は、その書類の内容によって、可能であれば全容を特定すること」


 政変を望む政治陣営が居て、情報部門が上手くその実態を掴めていないらしい。

政治中枢には皇帝が居て、歳を取った末に、近頃はまともな政治が行われずに居た。

それに業を煮やした貴族や、政治家の中で暗殺計画があるらしい。

家臣の中には、暗に世代交代を促す事はあれど、それを面と向かって言うことはできない。


 そして、暗殺を企てる連中の中には、皇位継承権を持つ皇族が複数、指揮を執っているらしい。

お互い、途中までは協力するが、実権を握り即位するまでは、お互いにライバル関係となる。

もちろん、全員ではないが、皇族の中でも派閥を作るか、野心のある者は皇位を狙っている。


 私達の仕事は、その皇族を始末する事ではない。

皇帝崩御後、暴力的な手段によるクーデターが、複数の陣営で画策されていて、内乱に発展する可能性が高いという事だ。


 軍も政治とは無関係ではなく、貴族や皇族の息が掛かった部門が存在していて、それらは具体的な「武力」として、内乱に関係を及ぼす。

内乱に発展すれば、国力は疲弊し、他国に付け入る隙を与える口実となる事も多い。


 私が所属する部隊は、基本的には、正当な皇位継承者である『皇太子』に付き従う。

ただし『第二特殊作戦室』の室長が、皇族暗殺を頼まれそうになった際、軍人が皇族を殺害する事は出来ないと釘を刺した上で固辞を示してくれた。

内乱終結後、皇族殺害の嫌疑が向き、部下や部隊が処刑される事を嫌がったことにある。

その為、クーデターの要となる、武力や権力を挫く任務に従事する事になった。


 また、政変となれば、政治の中枢で様々な工作が行われている可能性がある。

私兵や異なる軍属部隊が、情報の入手を妨害するか、隠蔽工作が行われている事も考えられる。

強引に証拠を掴み、事前にその芽を摘むことで内乱が発生させないようにすること。

それが今回の任務であった。


「場合によっては、貴族連中を暗殺する可能性はある。その覚悟はしておくように。ただし、情報を得られるまでは、誰にも見られてはいけないし、見られても殺してもいけない」


 死者の有無で、警戒度は飛躍的に上がる。

忍び込んだ事がばれれば、警戒が強くなるが、死者の有無で警戒度は大幅に変わってくる。

本来であれば、そんな任務にレイを連れて行くべきではない。


「返事は?」


「はっ!」


 レイは敬礼を返す。


「明日の夜、十分に変装して、ここに集合」


 結局、色々な技術は教え込んだが、透明化する魔法だけは教えることは出来なかった。

あれは、私でもかなりの時間を要したし、説明する自身が無かった。

故に、いつか時間が合えば、教えよう程度に思っていた。





----


 時は過ぎ、俺はエミリーの指示に従って、潜入用の衣装に着替えた。

そして、今は壁を走っていた。


(人間辞めてきたな……)


 壁を走るのは、そこまで苦にはならなかった。

重力を制御できるようになって、指向性のある力を加えられるのであれば、方向だって関係なくなる。


 目の前には、同じように走るエミリーが居て、その後を着いていく。

外壁の中でも、近くに樹木があるあたりを選んで、超えた瞬間に重力制御を元に戻した。

すると、壁を簡単に超え、梯子やロープすら必要なく、屋敷の敷地内に潜入を果たす事ができた。


 一応、俺だってロープを使って壁をよじ登る方法は訓練している。

普通の方法で潜入する事だって出来るが、今回は特殊な方法を使える俺とエミリーだけが、この屋敷への潜入を果たすだけであり、であれば、不要なリスクを負うべきではない。


(壁伝いに、屋根裏の窓まで行く。作戦開始)


 あらかじめ決められた、手話によるコミュニケーションで意思疎通を図る。

手話と言っても、例えば拳を作って、手を3回振れば行動開始。

親指だけを立てて、肩辺りを叩くようにすれば、事前に打ち合わせた作戦通りに行動せよ。

そう言う、合図でしかない。


 そして、俺はそれに頷きを返した。


 誰も居ない事を確認すると、屋敷内に潜入が完了した。

今は深夜であり、皆が寝静まった頃であった。

もちろん、屋敷内を定期的に巡回する者も居るらしいが、時間は調べが着いていた。


(私が一階を、レイは二階を頼む)


(了解)


 事務的な書類は、一階の執務室や宝物室にあると予測をつけていた。

巡回も一階部分が多く、隠密性と実務的な理由から、俺はリスクの少なそうな二階を割り当てられている。

本来、俺はこの任務には必要なかったが、実務経験の為と連れて来られていた。


 先輩であるエミリーが一階部分を担当し、家人や客人の寝室として用いられる二階部分を俺が担当する。


 万一、二階の書斎には証拠が在る可能性があり、まず書斎を調査し、その後に複数ある屋根裏部屋を調査する予定である。

 

 一つだけ、本当に役立つことがあった。

移動の際、天井を移動する事だった。

夜間、天井は本当に暗く、外から薄明かりが漏れてくる窓際や廊下と比べて、漆黒そのものだった。


 誰ともすれ違わなかったが、通りかかっても気配を消すように動きを止めれば、見つからないと思われた。

事前に調査した、屋敷の見取り図を頭の中に思い浮かべ、俺は書斎の前に、重力を取り戻して舞い降りる。


 かちゃん、部屋のノブを出来る限り静かに開けると、素早く中に入って閉じた。





書き溜めが出来たので、数時間おきに、予約投稿して行きます。

投稿済み含めて、全7話での完結です。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ