戦闘訓練
罠の見分け方、仕掛け方、追跡者の見分け方、追跡の仕方。
毒の種類、即効性か遅効性か、致死性の毒か、麻痺などの毒か。
戦闘訓練で言えば、打ち合いになった際に必要な剣術か。
「動き難い……」
俺は教官役となった先輩、エミリーと対峙し、身動きのし辛さに戸惑っていた。
今は剣術の訓練で、もう半日は魔法を使いながら、戦闘をし続けている。
一撃さえ、この教官に入れられずに居た。
「踏み込みが甘い!」
容赦なく、体勢を崩した隙に切り込んでくる。
軍には学校があり、基本的な剣術は教えてくれるし、本来ならこれほど差を着けられることは、無いと思っていた。
今は、重力を7割カットし、本来より体重が軽い状態で模擬戦を行っている。
対するエミリーは、魔法も何も使わずに剣で攻撃してくる。
それは、遠慮も情けも無く、切り込んでくる。
「く……」
一撃が脇に入ったが、もちろん、致命傷ではなく少し裂かれた程度。
それでも血は滴るし、痛みだって消えた訳じゃない。
足を止めるも、地面をしっかりと踏みしめる。
「重さを減らした分、速度は出易くなった。けど、切り結ぶには重量が足りない」
切り結んだ際、エミリーは思いきり押し返すように剣を払って来た。
俺の体は、吹き飛ぶように後方へ投げ出される。
「宙に浮く時間が、ほんの少しだけ長くなる。肉薄されれば、抵抗の手段は限られる」
エミリーは、顔が近づくほどの距離まで接近してきた。
なまじ、エミリーは顔は良く、胸こそ小さいが、美少女であった。
魔法を使って髪は漆黒、本来は深い青色の瞳を、仕事中は黒いコンタクトで覆っている。
少しだけドキドキしてしまい、反撃するのを躊躇してしまった。
「躊躇すれば、死ぬ」
腹部に強烈な一撃を浴びせられ、背中から地面に叩きつけられた。
「女だろうと、容赦はするな。訓練された子供さえ、暗殺者であったという例もある」
「ぐはぁ……」
情けない声が口から出た。
唾液が飛び、衝撃で何も考えられなくなった。
「休憩後、私が手本を見せるから」
目の端に涙を浮かべながら、俺は恨めしそうにエミリーを見る。
乱れた呼吸を整えながら口元を拭い、立ち上がる。
容赦なく鳩尾に入った痛みは、しばらく消えそうにない。
そして5分が経過し、ダメージの消えぬ体に鞭を打つ。
今度はエミリーが7割の重力を断ち、同じ条件にして対峙する。
彼女は、低い体勢で短剣を構えていた。
軍の予備学校を卒業し、剣術と魔法の授業は、両方とも超の着く優秀さで修了した。
剣は、一人前に扱える自負があった。
そのプライドが、ここまで一方的に負ける事を、認められなかった。
「っ……」
だが、気付いたらエミリーが目の前に居た。
予備動作は見えなかった上に、目がその挙動に追いつけなかった。
ぼやけた視界が、彼女の顔を認識するまで、一瞬を要した。
「一回死んだ。私は脚力の全てを、距離を詰める為に使用しただけ」
首筋に短剣を当てられ、その冷たさに呆けてしまった。
淡々と、事実だけを語るエミリーの声が、酷く耳に残った。
「仮に一撃に失敗したら、全速力で離脱すること」
すると、エミリーは横を抜けるように、素早く10メートルは移動し静止する。
手本とばかりに、一歩では追いつけない距離まで、距離を開けられてしまった。
「この状態なら、体重の重さは乗らない。だけど、スピードは出る。次の一撃、タイミングは教えるから、防いで見せて」
息を整える時間を貰い、エミリーに相対する。
『タイミングが分かれば防げるだろう』と、暗に語ってくるエミリーを、今度は俺が睨み付ける。
「今!」
タイミングは教えてもらった。
だが、先ほどのように一直線には突っ込んでこなかった。
ステップを踏むように、右、左、斜め右。
そこで、目が合った。
殺される……、視線を感じて、最初に思ったことは、それだけだった。
一流の暗殺者の目、感情の読み取れない目、無機物を見る目。
だが、悔しい気持ちが、手を動かした。
「はぁ!」
掛け声と共に、自分から見て右斜めの存在に対し、横から凪ぐように切りつける。
それでも、まずは一撃を防がなければ、死ぬ。
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私は、剣を一本しか持ってない。
右手で、それを逆手で持っている。
対峙するレイの必死の抵抗は、刃が私に向ききる前に、力強く振り抜いていた。
だが右手の剣で、私はきっちり防いでいた。
地面をしっかりと踏みしめて、角度を着ける事で、吹き飛ばされないように踏ん張った。
一瞬の膠着と、鍔迫り合いが戦闘を止めた。
「良い。だが足りない」
私の左手はもう一本の短剣の、柄を握っている。
いつでも抜刀して、斬りつけられる状態だった。
しかし、さすがに止めを刺す訳には行かないから、柄から手を離した。
懐に入った体勢であり、右手の短剣を上の方向へ突き上げるようにして、押し返す。
左足を、レイの足の間に一歩、割るように踏み込むと、左手で軽く鳩尾を殴打する。
「ぐはぁ……」
さっきのダメージが残っていて、それだけでレイは口の中にあった唾液を吐き出した。
私はそれを頭から被ってしまうが、そんなのは些細な事だった。
剣を手放し、四つんばいになったレイは、辛そうに嘔吐く(えずく)と胃の中のモノを吐き出していた。
「今のが短剣なら、死んでいた。私の左手は、もう一本の剣を握っていた」
さすがに、これ以上は厳しいかもしれない。
訓練で使い潰しても仕方が無いので、明日からはもう少し穏便に訓練しようと考えた。
「大丈夫?……今日はもう終わりにしよう」
レイは気分が収まったのか、口元を拭って一息をついていた。
私は手を差し出すと、その手をレイは取って顔を向けてきた。
「すみません……、でも、追いついて見せます」
「普通はここまでの戦闘訓練はしないんだけどね。レイが特別だからね?」
悪戯っぽく、妖艶に笑顔を作ると、私は人差し指を自分の頬に添えて言った。
あざと過ぎるかな?とも思ったが、この可愛い後輩相手になら、これくらいの悪戯は許されるだろうと思った。
レイも私の性格が分かって来たのか、苦笑しながら立ち上がった。
「お手柔らかに、お願いします」