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教導役の魔法使い

 私はこの世界に降り立ってから、一人の弟子に取った。

一人の少年で、私の所属する『第二特殊作戦室』の後輩である。

名前はレイ、商家の出身で、礼儀やマナーは貴族並みに正しい。

跡取りではなく、次男であるらしい。

当たり前だ、長男であれば、多くは跡取りとして、軍隊などへ仕官する事を認められない。


 それにしても、変な奴だとは思う。

だって、商家なら例え後を継げなくとも、実入りが良い職業はいくらでもある。

軍隊のように、体力的、精神的にもきつく、戦争になれば殺しあうような仕事より、ずっと良い。

例えば、実家を手伝うなり、商人として独立するか、伝手で得られた仕事でも良い。


 しかし、そうではない。

命の危険があり、給与だって決して高くはない。

死ねば、遺族に一時金が支給されるが、自分の手元に入るお金ではない。


 だから、聞いてみたことがあった。

何故、軍隊なんだって。

そしたら、レイは言った。


「合法的に人を殺せるのであれば、それが楽しそうだから」


 私の所属する『第二特殊作戦室』は、正常な人物など居はしない。

何かしら、異常性を持った奴しか入ってこない。

異常な技術を持っているか、協調性のある異常者か。


 だから私は教えるのだった。

最初は上司の命令で、基本だけ教えるつもりだったが、職場で運よく私の後輩になった少年を、本物の鬼にする為に。



----


「レイ、聞いている?」


「はい、聞いていますよ」


 私は、あまり好きではない例え話をしている。

地球では有名な、アイザック・ニュートンの話を。


「りんごはなんで、地面へ落ちると思う?」


 諸説では、その話は彼がした訳ではなく、後世の者がでっち上げた話とも、理論を分かり易く説明する作り話とも。


 この説明をする前には、レイには赤いりんごと、果物ナイフ、そして紐を買いに行かせていた。

もちろん、食べる為ではない。


 数ヶ月、それがレイを技術的に育てる為の期間。

私の時も職場の先輩が、暗殺や工作を行う為の知識を教えてくれた。


 最初から仕事をさせながら、覚えさせるという選択肢は無い。

死刑囚の殺害で殺人への抵抗を減らしたり、付き添って、技術を教え込む必要がある。

なぜなら、最初から仕事を請け負って、失敗しても困るから。

もちろん、ベテランでも100%の成功なんて無理だが、ある程度の技術を教え込んでから、やっと土俵に立てる世界でもある。


 専用の教官が居れば楽だが、機密保持と、室長と呼ばれる人物の意向から、隊員から教導担当が選抜される。

どうせ、普段からそれ程の頻度で仕事がある訳じゃない。


 長期間、工作で入り込むような仕事は、それこそ専門の役職が存在するし、そもそも、暗殺技術を極めた者を、湯水のように使うのはコストにも見合わない。

魔法の一撃、剣での一刺し、ナイフの一振り、それで死ぬのが人間だが、ガードが固い人間を殺すには、一流の技術が居る。


「エミリーさん、そんな"当たり前"の事を、言いたいが為だけに?」


「私の事はエミリーで良い。職場では、基本は時間が勿体無いから、呼び捨てが原則だ」


 今日は教導の初日で、レイがこの場に来てから、初めての仕事は、買い物を頼んだのだ。

うんざりした顔で、今も目の前で棒立ちしている。


「じゃあ、この当たり前の現象を、どう説明する?」


 会議室に居て、私はりんごを手に持っている。

それに簡単な魔法を使い、『物理現象』を捻じ曲げる。


 手を離すと、りんごは"天井に向けて飛んでいく"。

鈍い音を立てて、そのまま天井に張り付いてしまった。


「魔法を使っただけですよね……」


「そう、魔法を使っただけ。では、どういう魔法を使ったか分かる?」


「りんごを浮かせただけ……、浮遊の魔法を使ったのでは?」


「じゃあ、やってみて」


 魔法の効果を止めて、天井からりんごが落ちてくる。

それは良い音を立てて、手の中に入った。

それをレイへ放り投げて、手渡した。


「はい」


 レイは、魔法をりんごに使う。

そして、りんごは浮いていた。

ただ、同じようにはならなかった。


「あれ……?」


 再度、今度は浮遊に指向性を持たせて、天井へ勢いよく飛んでいく。

そして、鈍い音を立てながら、りんごは天井へめり込み、少し潰れていた。


 浮遊は、重さに応じて、魔力の量が変わる。

それでも、りんご程度を「浮かせた」だけなのに、まして指向性を持たせて行うと、些細な疲れが見て取れた。

指向性も、使い慣れていないせいで、速度とともにかなりの衝撃を天井に与えてしまった。


「同じ魔法、見ていて」


 私は、ソファーに座っていたが、立ち上がる。

そして、自身に魔法をかけると、飛ぶように"天井に着地"してみせる。


「私がどうやって、この魔法を使っているか、考えてみて」


 レイは、見上げるように私を見てくる。

私も、見上げる感覚で、レイを見る。


「髪も、服も、上に向いている?」


 呟くように、レイは疑問を投げかける。

私は、天井にめり込んだりんごを取ると、魔法を解いて、さっきと同じ場所に着地する。


「魔法は想像力よ。想像力次第で、何でもできる。レイの考えを口にしてみて」


「……」


 難しい顔をして、黙考している様子のレイ。

そして、私はもう一度、天井に降り立った。


「天井を歩ければ、罠なんて関係なくなる。歩けば音が鳴るような床もある。もちろん後日、罠の見分け方も教えてあげるけど」


 前世で見たことがあるが、この世界でも、似たような床がある。


「天井に罠を仕掛ける人は皆無だし、天井から接近されるなど夢にも思わない。暗殺をする際、難易度を下げるのは敵が最も警戒してない、そういう状況や場所を選ぶこと」


 腕を組みながら、私はレイの真横まで移動すると、そこで舞い降りる。


「さて、りんごは何で、落ちると思う?」


 机の上には、まだりんごがある、それを手にとって、レイの手のひらの上に置いた。


---


「りんごは木から落ちる。これは、当たり前の現象かもしれない」


 一人、考えているレイの横で、呟く。

この世界では、物理現象がさして考慮されない。


「答えは、地面が引っ張るからよ」


「……地面が?」


「ジャンプしたとき、足に重みが掛かるでしょう?」


「……そう……ですね」


「秤で重さを測る時、もう片方に同じだけの力を与えれば、釣り合うように。地面が引っ張っている」


「……」


「これを、引力って呼称しておく。モノの"重さ"に応じて、この引力って言うのが掛かってくる」


「ん……」


 理解が追いついていないのか、少しだけ難しげな顔をする。


「魔法で、この引力だけを自分に掛からないようにするだけで、比較的魔力が少なく、浮遊する事ができる。対象の面積に応じて、魔力は多くなるけど」


 手にしたりんごを、引力だけ切るように魔法をかけ、今度は浮遊させる。

りんごを手に取り、ゆったりと押すようにして手に持つと、放り投げる。

すると、速度はそのまま壁にぶつかり、軽く跳ねるように角度を変えて別方向へまっすぐに進んでいく。


「普通の浮遊、これを『奇跡』として処理する。たぶん、重力に逆らって力を加え、そして指向性を持たせれば、それ以上の力を物体にかける」


 でも、この世界は『干渉を断つ』よりも『干渉を加える』ことに、多く力を使う。

そして、『何を』『どのようにするか』を具体化すればするほど、一回の魔法でより少なく現象を起こす事が出来る。


 魔法の不思議な所は、物理法則を超えた現象を起こすよりも、物理現象そのものに干渉する方が、遥かに簡単に現象を起こせる点にある。

この世界では、人や万物が持つ『魔力』によって、魔法が簡単に発動できる。

それが、この世界に在る『法則』で、物理法則以外の第二の法則なのだろうと、漠然と考えている。


 どちらも、根本的な『何故このような事が起こるか』まで、エミリーは理解している訳ではない。

魔法とは、物理法則に対して作用する、不思議な力ではある事は分かっている。

それが分かるだけで、魔法とは、気付けば多くの事が出来ていた。


「地面が引っ張る力が消えれば、その場に浮遊するしかなくなる。上にも、下にも、何も押さえつける力が無くなるのだから」


 正確には、地面ではなく、惑星ではあるのだが、この世界の天文学はあまり進んでいない。

だから、あえて地面や大地という言葉を使った方が、理解が早いと結論付ける。


 宇宙空間で、人が浮いている映像をテレビで見たことがあるが、あれと同様の事が、局所的に起きているだけであるし、魔力の供給がストップすれば、現象は止まる。

そして、この世界では、魔法によって、些細な魔力だけで実現してしまう。

……最初は、気圧が掛かった地上でやるのは怖かった。

何故なら、映像で見る限り、私は宇宙船の中の気圧をどれほど操作しているのか、分からなかったから。

外殻の重量を下げる為、1気圧1013hPaよりは低くしていると聞いた事があるが、本当に同じ物理法則であるかは、分からない。


「そして、今度は、ほんの少しだけ上に対し、力を加えてあげればいい。その力は、ほんの僅か、魔力を使う程度だけでいい。それだけで、私達の上下は逆転する」


 さっきのりんごには、そこそこの力を加えたが、私自身に対してはそこまで大した力を使っていない。


「いきなり、自分の体でやると、さっきのりんごより酷いことになる。力の加減を間違えれば……」


 私は、この説明の為に買ってあった、トマトを取り出す。


「こうなる」


 机に叩きつけるように、トマトを投げる。

ぐしゃ……、瑞々しい、リンゴに比べれば格段にさわやかな音が鳴り響く。


「さて、それじゃあ、説明はここまで。出来れば、外でやってみようか」


 そして、私のレイへの教導生活は、始まった。






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