迷子のお姉様
「ティナ、起きて。朝よ」
「んー、あと5ふん~」
「まったく、しょうがない子ね」
朝の微睡。至福の時間。
惰眠を貪る私の唇に、何かが押し当てられる。
はて、この感触、どこかで……
思い出す前に、歯を押し開いて何かが……って!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あら、残念。起きた?」
目の前に満面の笑顔のお姉様。
「なっ! 何をするだァーーーッ」
混乱して変な言い方になる。
「あら、寝た娘を起こす為にはキス。と決まっているでしょう?」
「決まっていません。勝手に決めないで下さい」
まったく……あれ?
「お姉様、もうお着替えになったのですか?」
いつもは寝衣のまま起こしてくださるのに、今日は既に制服だ。
「昨日の件でお城から召喚状が届いています。はい、貴女の分」
昨日の件……リベリー侯爵の屋敷の騒ぎの話だ。
たしか、騎士団の人たちがお姉様に事情聴取していた。
私は震えていてほとんど覚えていないけど、城に出頭するように云われた気がする。
たしか、裁判をするとか何とか……
「指定は10時よ。今から支度したらギリギリになります」
「えーーーー!」
大慌てで支度をする。
……ああ、髪がぼさぼさぁーーーーーー!
「私は先に行っているわ。貴女も遅れないでね」
「あああああぁぁぁぁ見捨てないでお姉様ぁ!」
「遅れるかもとは伝えておきますから、できるだけ早くなさい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……なんとか、刻限までに間に合った。
お姉様は先に登城しているはず。
私も門番の人に召喚状を見せて、中に案内してもらう。
案内された部屋はやたらと大きい部屋。
奥にやたら豪華な椅子があり、私が入ってきた入り口とは反対側にも扉がある。
お姉様は……居ない。
え?何で?
先に来ているのでは?
「お姉様……バーナル・ルーシーはまだ来ていませんか?」
案内してくれた兵士に聞いてみる。
「はい。今日案内したのは貴女だけです」
えー!? お姉様、お城に来るまでに迷った?
それとも、何かの事故!?
探しに行きたいけれど……
「時間です」
無情にも裁判の開始が告げられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最初に動きがあったのは、私が居る場所とは反対側の扉。
その扉が開いて、リベリー侯爵が入ってきた。
私の姿を見つけると、睨みつけてくる。
うう、怖い。
手錠ついてるし、見張りの兵士もいるけど、やっぱり怖い。
その後、奥の椅子の後ろから昨日の騎士団の人が出てきた。たしか騎士団長とか言ってた筈。
椅子の後ろに扉があるのかな?
「プリンセスのお成りである。一同、控えよ」
ええ!? いきなりプリンセス登場!?
侯爵の裁判ともなると、当然なのかな?
私は全力で習った礼儀作法を思い出した。
たぶん、これで合ってる筈……!
「一同、面を上げよ」
騎士団長の声。
ああ、プリンセスが言うんじゃないんだ。
云われた通りに顔を上げる。
例の椅子に、銀の仮面を付けた女性が座っていた。
あれがプリンセス。
ホントに仮面付けているんだ……
名前は……何だっけ?
自国の王族の名前くらいは覚えていなきゃいけないんだろうけど、「プリンセス」としか呼ばれないから、なかなか覚える機会が無い。
「さて、リベリー侯爵よ。
そこの学生の訴えによると、その方はノワプテなる吸血鬼と結託し、王都への進攻、王位簒奪を企てた。
とあるが、相違ないか?」
「全くの事実無根にございます」
いけしゃあしゃあと言い放つ。
「ふむ、娘よ。侯爵はこのように言っておるが?」
「訴えの通りでございます。
昨日、この男は吸血鬼の力を使い、父の軍勢を王都に向けるように要求してきました。
もちろん、私はそのような計画に加担するつもりはありませんでしたが、彼の者は卑劣にも吸血鬼の手を借り、私たちを操り事を成そうと画策しました。
幸い、ルーシー様のお力により、吸血鬼は退治され、事なきをえました」
騎士団長の眉がピクリと上がる。
お姉様の名前が出たのに、この場に居ない事を怒っているのかも知れない。
「出鱈目ですな」
侯爵が鼻で笑う。
「そもそも、侯爵たる私は貴族保護法で守られております。このような小娘の戯言では私を罪に問う事はできません。もちろん、無実ではありますが」
貴族保護法?
「貴族は同じ貴族か、王族の証言でなければ罪に問う事はできない」
理解していない私に配慮してか、騎士団長が言葉を紡ぐ。
「エルティナ嬢はベステス伯爵の子女なれど、未だ無冠の身。彼女の証言だけでは、罪に問う事はできませんな」
騎士団長が無情に言い放つ。
侯爵は勝利の笑みを浮かべた。
でも今、「だけでは」に妙なアクセントを置いていたような?
「では、プリンセス。裁定を」
騎士団長が礼をすると、プリンセスが立ち上がる。
「では、我が聖剣桜花に裁定を委ねよう」
どこからか、お姉様の声が響いた。
けれど、どこにも姿が見えない。
私がお姉様の姿を探している間にも、プリンセスは侯爵へと歩を進め、剣を抜いた。
薄紅色の、細い、片刃の剣。
それを侯爵に付きつける。
剣を突きつけられても、侯爵はまだ余裕の笑みを浮かべている。
いや、待って。
あの剣は……
「どうした、この桜花を見忘れたか?」
プリンセスが仮面に手をかける。
「では、この顔はどうだ?」
プリンセスが問う。
お姉様の声で。顔で。
「そなたの企みは、このノブル・ルシフェーラがしかと聞いた」
侯爵は観念したのか、膝から崩れ落ちた。
「また、リヨン領よりそなたの悪政を訴える領民の書状も届いておる。アレー卿による査察をいたす故、追って沙汰を待つがよい」
それだけ伝えると、お姉様は兵士に命じて伯爵を別の部屋に連行させた。
そして、私にはいつもの笑顔を向けてくれた。