ノアプテの誘い
コン、コン、コン、コン
ドアがノックされる。
「どなた?」
「メイドのシャーリィです。ルーシー様にお荷物が届いています」
土曜日の夜。課題を片付けて「明日の休日は一緒に買い物にでも行きましょうか」とお姉様とお話していると、寮付きのメイドが小包を届けに来た。
受け取ってみると、手のひらサイズより少し大きいくらいの包みに「割物注意」の注意書き。
「コレ、何ですか?」
「……お守り……かしら」
小包の中身は何か赤い液体の入った小瓶だった。
とてもお守りには見えないけれど……
「そうね、明日は服を見に行きましょう。良いお店があるの」
中身は何かを聞く前に、お姉様は元の話題に戻した。
私も、それっきり小瓶の事は忘れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「わぁー……」
翌日、お姉様行きつけのお店に連れて行ってもらった。
いつもは行かない下町の区画にあるそのお店は、華美な装飾の無い平民の為の服を売っている店だった。
でも、変に飾り立てていない分可愛い服が沢山あるし、値段も多分お手頃。
そういえば、王都の人たちは平民でもお洒落な人が多い。こういったお店が他にもあるのかは分からないけど、やっぱり都会って凄い。
「ティナ、このワンピースなんてどうかしら?」
「はい、とってもお似合いだと思います」
「何言ってるの。貴女のよ」
「え?」
「え?」
お姉様が持っているのは、シンプルながらもリボンのワンポイントが可愛いワンピース。
スレンダーなお姉様が着たらさぞや似合うだろう。でも、私は……
視線を落とす。
お姉様も同じモノを見る。
「胸が入らないです」
お姉様のようなスレンダーな体型が羨ましいです。胸なんて飾りです。男の人はそれが分からんのです。重いし、揺れるし、肩凝るし、ジロジロ見られるし、良い事なんて無い!
以前クラスメイトに愚痴ったら、グーで殴られたので口には出さないけど。
「なら、リフォームしてもらいましょう。このお店、色々融通が利くのよ。決まり。サイズを計るからこちらに来て」
「え!? ちょま、ええ!?」
結局、店の奥に連れ込まれ、お姉様に色々サイズを計られた。こういうのって、お店の人にやってもらうんじゃないの!?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リフォームは数日かかるらしい。
完成したら寮に届けてくれるらしいので、私たちは手ぶらで街を散策していた。
手ブラって何か響きがえっちいよね。
……いかん、まださっきの事を引き摺ってる。お姉様との会話にはおくびにも出さないけど。
日も傾いてきて、そろそろ帰ろうかというとき、背中に悪寒が走った。
「あら、エルティナさん。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう。ノアプテ先生」
うーわぁー。何で休日にまで会うかなー。
いや、王都に住んでるなら、会う事もあるだろうけどさ。
声をかけてきたのは、神学の教師、ノアプテ先生。
儚げな印象を与える美人で、男子生徒からも女子生徒からも人気がある。
でも、私は何故かこの先生が苦手。
何故かは分からないけど、とにかく苦手。おかげで神学の成績があまりよろしくない。
「ちょうどよかったわ。私、貴女と仲良くしたいと思っていましたの。屋敷が近くにありますし、お茶でもいかがかしら?」
あー、態度にでてましたか? 嫌ってるのバレてましたか?
だったらほっといて欲しいんデスケドー。お姉様と一緒だし、全力で断ろうそうしよう。
「あら、素敵。私もご一緒してよろしいかしら?」
お姉様!?
「貴女がルーシーさんね。ええ、どうぞ。学園の有名人ですもの。一度お話したいと思っていましたの」
ここで断ったらお姉様にも悪いよね。
はぁ……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
案内されたのは、リベリー侯爵の屋敷。
ノアプテ先生は食客って話だけど、勝手に自分の客を連れて来て良いんだろうか?
なんて、案内された部屋で考えてみる。
そういった礼儀作法はまだ習っていない。
たぶん。きっと。
暫く待っていると、ノアプテ先生ともう一人男の人が入ってくる。
笑顔だけど、わざとらしい。社交界の、政治的な笑みとも違うわざとらしい笑顔。
あー、この人も苦手だ。こっちは、まだ理由がなんとなくわかる分マシだけど。
「よろしく、お嬢さん方。私がリベリーだ」
「本日はお招きいただき有難うございます」
お姉様の挨拶にならって、私も挨拶をする。
あー、みてる。すっごい見てる。何をかは言わないけど。
ついでに、お姉様のを見て鼻で笑った!
後で禿げる呪いかける。決定。
というか、何しに来たんだ? この人。
主人として挨拶?
だったらさっさと出て行って欲しい。
「ノアプテ嬢の話の前に、実は私からちょっとお願いがあってね」
出て行くどころか、正面に座って話し始める。
先生は立ったまま。何か視線が怖い。
「今度の誕生祭に合わせて、君たちの親に王都を攻撃してもらいたい」
はぁそうですか。
は?
「無論、そんな事は承知しない事は分かっている。そこで、ノアプテの出番だ」
先生がこちらに歩いてくる。
目線で追おうとしても、目が動かない。体も。声も出ない。
「彼女は吸血鬼でね。魔眼でヒトの動きを封じる事ができる」
吸血鬼が視界から消える。私の後ろに立っているのが気配で分かる。
「吸血鬼に血を吸われると、その者の眷属になる。そして、主の命令に完全服従する。死ねと言われれば、喜んで死ぬ。子供の命と、事後の地位を約束したら、何人かの貴族は私の計画に賛同してくれたよ」
目の前の男が芝居がかった口調で喋り続ける。
「しかも、忠誠を誓うべき王は無く、代理が顔も知れない小娘だ。事を起こせば、さらなる賛同を得られるだろう。そう、私こそがこの国の王に相応わしいと!」
清々しいほどの馬鹿だけど、今の自分の状況はかなり不味い。
「ま、賛同が得られなくても、君たち自身に親を暗殺してもらうよ。と、いうわけでヤっちゃって」
馬鹿が私の背後に命令する。
首筋に、手がかけられた。