エルティナの日常
「ただいま戻りました」
「あらティナ。お帰りなさい」
寮の自室に帰ると、ルーシー様がティータイムを楽しんでいた。
ルーシー様。私のルームメイト。
否。お姉様。
黄金の絹に喩えられる御髪。
少し憂いを秘めた瞳。
女の自分でも見惚れてしまう。
お茶を飲む仕草すら、一枚の絵画のようだ。
そんなルーシー様が自分のお姉様だなんて、未だに信じられない。
何せ、学園内にファンクラブまであるような方なのだ。
男子生徒はもちろん、女子生徒も会員らしい。
私も会員になろうとしたのだけれど、お姉様に止められた。
貴女は私の「妹」なのだから、そんなものには入らなくて良いのよ。
ですって!
ああでも、会員の方が持ってるお姉様グッズはちょっと欲しい……
おっと、見惚れている場合ではない。
「お姉様、クッキーを買ってきました。お茶請けにどうぞ」
「ありがとう。これを買いにわざわざ街に行ってきたの?」
「いえ、父に手紙を出すので、そのついでに」
「それでこんな素敵なお土産がいただけるなんて、伯爵には感謝しないといけませんね。さ、一緒に食べましょう」
「はい!」
お姉様とのティータイム。
何て至福のひととき!
「王都には慣れたかしら?」
「はい! でも、人が多いのは慣れませんね。油断したら呑まれてしまいます」
主要なお店の場所は覚えたけれど、慣れないのは人の多さ!
故郷ではお祭りの日でもあんなに人はいない。
お姉様にそう伝えると、
「王都も普段はもう少し静かなのよ。でも、今年の誕生祭は特別だから」
「王女様の戴冠式もあるんですよね」
この国には現在王様が居ない。
王女様が国王代理で、側近がその補佐をしている。
何でそんな事になっているかというと、10年前の火災で王様とお妃様が亡くなっているから。
王女様もその火災に巻き込まれたけど、生き延びた。
その時に顔に火傷を負い、人前に出る時は常に仮面をつけている。
その王女様も今年で18歳。成人して国王の座に就く事になっている。
来月の誕生祭は女王戴冠祭も兼ねている。
お父様も、臣下として戴冠式には出席するはずだ。
「そういえば、来週には神学のテストがあるのでしょう? 調子はいかが?」
う゛……
「だーめーですぅ~」
私はガックリ項垂れる。
「あらあら、私が教えている時はちゃんと理解できていると思うのだけれど、何がそんなに苦手なのかしら?」
「いやー、私ちょっとノアプテ先生が苦手で……なーんか、ゾワゾワ! ってして授業に集中できないんですよ」
何ていうか、こう、精神的に受け付けない。
「今年から学園の先生になった方よね? 何が合わないのかしら?」
「それが分かったら苦労はしないですよー」
頭を抱える私。
「なんか、リベリー侯爵の愛人だとかそういう噂のせいなのかなぁ?」
「リベリー侯爵の愛人?」
お姉様が眉をひそめて問い返してきた。
「あ、いえ、侯爵家の食客として王都に滞在しているらしいのです。その関係で、そんな噂があるのではないかと……」
マズイ。こういった話題はお姉様はお嫌いなのだろうか?
「そんな噂があったのね……ところで、ベステス伯爵はそういった方はいらっしゃるの?」
「お父様に? 居ませんよ。愛人なんて。モテ要素ありませんし」
最近はお腹周りを気にしているようなヒトだ。
「そう? お若い頃は獅子のベステスなどと呼ばれていたのでしょう?」
おお、その呼び名、お父様本人以外から初めて聞いた。てっきり自称「獅子(笑)」かと思っていた。
「買いかぶりですよ」
こんな風に、お姉様とおしゃべりするのが、私の日常。
でも今思えば、お姉様はこの日から準備していたのかも知れない。
あの悪魔への対策を。