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81光年先、十字飛車は天の南極に輝く

作者: taku1531

 セブンワンダーズ号は、星と星を繋ぐ渡し船だ。


「コールサイン2726FU、前がもうすぐ空く。出港準備を」

 エルフェンランド星系、ドミニヨン宇宙港の管制官から通信が入る。


「了解、準備に入ります」

 バッテリー接続、メインエンジン点火――の前に、"CRaMER(クラマー)"を起動させる。


「正常起動しました、ごきげんよう。ニムト様」

「ごきげんよう、CRaMER(クラマー)。まもなくドミニヨン港を出港する。マニュアルでバッテリー接続、オート切り替え済み。出港シークエンスに入ってくれ。管制塔とのデータの送受信は宇宙共通最適化言語エス・シー・ピー・エルでお願いするよ」

「収光パネルが展開したままですね。収納いたしますので、マニュアルからオートへの切り替えをお願いします」

「おっと忘れてた、ありがとう、CRaMER(クラマー)

「仕事ですから。姿勢制御システムオン、支持アーム安定確認、メインエンジン・イグニッション、出力10%。管制塔に本船の港湾管理局からの認証データ送信」

「了解」


 CRaMER(クラマー)は一人乗りである"セブン・ワンダーズ号"の唯一の相棒だ、"The Control Rocket and Motor Edition Robot"の頭文字をとったAIで、この船の姿勢制御から通信業務、あるいは船長への娯楽提供――つまりまあ話し相手程度のものだが――まで担っている。まあ、要するに彼女なしで僕の運び屋業務はままならない。


「管制塔どうぞ」

「どうぞ」

「こちらコールサイン2726FU。出港準備が整いました」

「コールサイン2726FU、こちらドミニヨン管制塔、16番バース出港準備了解……ところで、そのコールサインなんとかならねえのか。そんな無意味な数字の羅列よりもっとわかりやすいのがあるだろうが」

「わかるひとにはわかるんですよ」

「次の免許更新のときには俺にもわかるようにしてくれ。コールサイン2726FU、出港を許可する」


 人類は随分と住む場所を広げたが、いくら広げても比較優位論は崩れなかったようだ。おかげで僕はこうして運び屋で食っていくことが出来ている。

 ただまあ、食えている以上のものでもなく。個人レベルの運び屋の需要なんてのは年々減りつつある。事実、現在この船が積んでいるのはちょっとした雑貨品のみ。

 この惑星には依頼の品を届けに来たのだが、届け終わったあと一番いいのはこの惑星でそのまま新たに依頼を受け、他の星へと飛ぶことなのだが、残念ながらここでそうした依頼を取る事は出来なかった。

 仕方無く近隣の星からの依頼を受けたものの、もちろんそこまでの移動コストはこちら持ち。日程も余裕があるといえば良く聞こえるが、要するに稼働率を落とすハメになっているということだ。


「ニムト、出力を10%から90%に上げてブースターエンジンイグニッション、その後支持アームの切り離しを行います。揺れにご注意を」

「了解。CRaMERもシートベルトは着けた?」

「たとえ船体がバラバラになっても本システムは本船のコンピュータに縛り付けられたままの不自由な身ですから、シートベルトは不要と考えます」

「僕との仕事に不満でもあるような言い方だね」

「いえ。ニムト様から言葉に出来ない感情の変化を引き出すことは無常の喜びであり、天職と考えています」

「……管制塔どうぞ」

「どうぞ」

「こちらコールサイン2726FU。出港シークエンス、リフトオフの段階に入ります」

「コールサイン2726FU、こちらドミニヨン管制塔……よい旅を」


 メインエンジンの出力が大きくなり、出港の時の加速に用いるブースターエンジンも唸りを上げ始めた。宇宙船全体が轟音とともに震える。

 メインエンジンとブースターエンジンの出力が限界値に達する。

 CRaMERの声が響いた。

「支持アーム切り離し、リフトオフ」


 セブン・ワンダーズ号は重力を振り切るため、加速し始めた。

 加速にともない、数Gの力が体に掛かる。

 大半の人はこの出港のときにかかるGの感覚が苦手なようだが、僕はそうではない。

 むしろなんとなくこの感覚が好きだからこそ、この仕事を続けている気もする。無論、油断してると気を失ったりはするが。

 轟音を上げながらセブン・ワンダーズ号は地表を無事飛び出し、そのまま高度を上げ重力から解き放たれた。

 目的地への航路のマニューバをCRaMERが設定し、十分な速度に達した後、エンジンが自動で止まる。

「安定航行に入りました。目的地まで28日間かかる見通しです」

「全体のスケジュールはどうなってたっけ」

「依頼の受注日が42日後ですから、随分余裕がありますね」

「余裕と収入はトレードオフだから、あんまり喜んでもいられないけどね。多少遅れてもいいから、極力燃料を使わないルートを調べてみてくれる?」

「承知しました……4日間ほど遅れますが、航路近くの惑星を利用してスイングバイを行うことで燃料の節約を期待できるルートがありますね」

「じゃあそれでいこう。設定しなおしてくれ」

「はい、ニムト様。マニューバの再設定を行いました」

「これで32日間の仕事の半分ほどが終わっちゃったわけか。相変わらず暇の多い仕事だな」

 宇宙空間での移動中にやることは少ない。大部分は慣性のみで動いているから燃料メーターやエンジンの調子に気を使うようなこともないし、細かい調整もほぼコンピュータ頼りだ。


「そうだな……CRaMER、久しぶりに一局指すかい?」

「指すとおっしゃいますと……ええ、もちろんCRaMERは一部地域でしか指されないマイナーなボードゲームのお相手も可能ですよ」

「なんかひっかかる言い方だな……じゃあやろうか」

「ですが、ハンデなしはCRaMERの32戦全勝ですからおすすめいたしません。暫定的な実力の計測を行ったところハンデは二枚落ち程度が適切と算出しました」

「……やめだ、やめ。少し眠っておくことにするよ。なにかあったら起こしてくれ」



  * * *



 数時間ほど眠ったか。昼も夜もない宇宙生活だと、体内時計が狂って仕方ない。

 暗闇の中、手探りで寝台を覆うカバーを外す。

「CRaMER、明かりをつけてくれ。今何時?」

「エルフェンランド星系標準時刻で午前8時です」

「わあ、10時間も寝ちゃったか。なにかあった?」

「運行上の問題はございません。が、惑星間ショートメールを約2時間前に受信しました」

「ショートメール?」


 この船にそんな物を送るヤツなどいただろうか。思い当たるフシがない。

 依頼主だとかなんだのであればおそらく星の上から超光速(エフ・ティー・エル)通信か何かで送ってくるだろう。

「内容は?」

「"8384FU"です。正直、意味を理解し損なっています」

「"8384FU"だって?」


 僕は、そのショートメールの意味――相手がその気で送っていれば、だが――にすぐ思い当たった。

 もし僕の想像が当たっているのであれば、常時発信している僕のコールサインを受け取り、その意味を理解できた同志ということになる。

「CRaMER、送信先の情報は開示されてる?」

「送受用コードは開示されており、またポートは現在オープンになっています。距離も問題ありません」

「わかった。じゃあ"2625FU"と送信してくれ」

「……了解しました。ニムト様にはどうやら先程の内容が理解できたようですね。その、CRaMERだけのけものにされているような気分なのですが」

「なに、CRaMERならもう少ししたらわかるはずだよ」



  * * *



 僕の故郷周辺の星域でのみ普及しているゲームがある。

 それは"将棋"というゲームで、僕はこれが大好きだった爺さんと父さんから影響を大きく受け、悪化した病状はコールサインにわかる人にはわかるような文字を並べるまでに至っていた。

 この船のコールサインである"2726FU"は、座標2の7にある"FU"という駒を座標2の6に移動させる、というような意味だ。

 対して届いたショートメールの"8384FU"も同様の意味。後手番を持ってこう指しますよ、という意思表示だったのだろう。

 3手目を送信したところ、すぐに次の手が届き局面がどんどん進んでいった。(さすがに、このあたりでCRaMERも気付いたようだ)

 相手はなかなか手強い……おそらく自分と同程度の実力か。さすがにショートメールの文面を使って脳内だけで行う"目隠し将棋"で相手するには厳しそうで、"将棋"のための駒と盤を引っ張りだし、並べて唸りながら考えている。

 

挿絵(By みてみん)


 相手は、"飛車"という強力な駒を捨てながら、強引に攻めを繋ごうとしてきた。

 こちらのキングを守る駒を無理やり剥がしながら、攻め合いに持ち込もうとしている。

「随分雑な攻めだなあ。どんな奴か知らないが、きっと大雑把なおっさんに違いない」

「ニムト様、その局面ですがCRaMERの読みだと……」

「CRaMER。もし助言なんか言ったら僕はマニュアル操作で着陸してやるからな」

「……わかりました。CRaMERは黙っています。ニムト様の指示は絶対ですから」

「うーん、同玉は絶対手として相手はすぐ飛車をとっては来な……CRaMER!船体を揺らすな!」

「単なるエンジントラブルです、ニムト様」

「随分前に慣性航行に切り替えてエンジンは止まっているはずだろ!」

「じゃあ、姿勢制御装置のトラブルです」

「……わかったわかった。今やってる一局が終わったら一緒に着陸シークエンスの最適化でもしよう」

「ニムト様がそうおっしゃられるのでしたら、もちろんCRaMERは従いますよ。では、直近5回の着陸時のデータの整理を行っております。ニムト様のご準備ができたらお呼びください」

「まったく……」


 それにしても珍しい、と思う。

 宇宙は広い。僕の故郷ではそれなりに広まっているものの、あくまで知名度があるというだけでそれなりの実力を皆が持っているわけではない。自分と同レベルの指し手に航行中に偶然遭遇するなんてのは、深宇宙生命の交尾ぐらいのレア度だ。

 ぜひ、相手に会ってみたい……単なる自分の手を示す文字の羅列のやりとりだけで、そう思うようになっていた。



  * * *



 何度も言うように、宇宙での移動は暇を持て余す。

 僕の小型の業務用宇宙船では、周りに人など全くいない宇宙の真ん中でインターネットへの接続など出来るはずもない。

 離着陸時のGも入港時の手続きも急ぎの時のスピード違反もCRaMERの相手も既に慣れっこだったが、暇だけは慣れようがなかった。

 そりゃまあ、陸に着くたびに電子書籍を買い込んだりはするものの、娯楽の単調さは否めない。

 そんな中、同レベルの"将棋"を指す相手がいるというのは麻薬のような魅力を持っていた。

 彼――彼女かもしれないが、たぶんあんな荒っぽい将棋を指すのは、男に違いない――とはあの一局の後も(こちらの玉が敵陣に突っ込む大激戦だったが、なんとか僕が勝つことができた)何度かショートメールを介して"将棋"を指していた。今のところ5勝5敗でまったくの互角の戦いを続けていた。


「ニムト様、約12時間後スイングバイのため星面に近づきます。多少揺れますのでご注意を」

「了解。 ……ところでさ、最近僕が指してる相手の発信地ってどのへんかわかる?」

「CRaMERの個人的な意見ですが、あまり詮索しないほうがいいかと思います」

「なぜ? あっちだって素人じゃないさ。ショートメールの機密性なんかアテにしてないはずさ」

「そういうことではないのですが……」

「はっきりしないな、CRaMER」

「まあ、ニムト様がお知りになりたいというのなら申し上げます。発信地は本船がスイングバイのために近づく小惑星です」

「別段奇妙にも思わないが、なにか言いづらいことでもあるのかい?」

「はい。同小惑星にて精密機械の生産工場を展開していたアラン・ムーン社は10年前に撤退しており、現在あの星は無人のはずです」



  * * *



「ニムト様。CRaMERはあの小惑星への着陸を強く薦めません。まず第一に離着陸による大幅な燃料損失は――」

「CRaMER、そのリスク説明は何度も聞いたよ。でも、もう行くと決めたんだ。CRaMERはサポートに専念してくれ」

「でもニムト様、危険すぎます。無主地となった惑星からの継続的かつ緊急性のないショートメールの送信は本小惑星における実効法であるミヒャエル・シャフト銀河共通法の少なくとも3つの条文に反している可能性があり――」

「大丈夫だよ、危険そうならすぐに引き返すさ」

「……」

「心配するなって。CRaMERのサポートがあれば問題ないさ」

「もちろん、全力でサポート致しますが、まずご自分の身の安全最優先にされてくださいね」

「なに、使えそうなものがあれば拾ってこれたりして……案外儲けになるかもしれないよ?」

「では、フライバイシークエンスに入ります。小惑星を3周し、運用されていた当時のデータと照らし合わせ着陸に適した地点と想定される地点の確認を行った後、着陸シークエンスへと移行します」

「了解。こちらは装備の点検を行っておくよ」


 無主地の無人星からショートメールが発信されていると聞いたときは流石に面食らったが、その後着陸を考えて決断するまではそれなりに早かった。

 そりゃまあ、無主地にアウトローたちが居座ってるなんて例はそれなりにあり、そんなとこに着陸するなんてのは危険なんてものではないけれど、少なくともCRaMERによる探知では大規模な集団生活の痕跡は確認できないらしいし、CRaMERもその可能性が低いことは認めていた。

 無論、謎が増えたとも言える。少なくとも"彼"は社会的な共同体の中で暮らしているわけではないらしい。どんなに孤独を愛する人間でも食料や水、薬など必要なものは多々ある。そうした生活必需品を無主地に定期的に運び込んでいるとすれば、流石に当局が目をつけるだろう。ちょっと考えづらい。

 僕は、誰かが廃墟の星にスクラップの回収(軽犯罪だが、まあ多くの人がやっていることだ)のために降り立ち、数週間程度生活している程度だと考えていた。まあ、これならショートメールを介して連絡していた相手であればそこまでリスクはあるまい。

 返事はまだ貰っていないものの、ショートメールで今から君のいる星に着陸するよと伝えてみてはいる。まあ、多少荒っぽいサルベージャーでも、いきなりズドン! ……ということはない、と思いたい。


「調査の結果、当時着陸ポートとして使われていた地点を利用することに問題はないと考えられます。よって、ニムト様の許可をもって着陸シークエンスに移行します」

「着陸シークエンスへの移行を許可する」

「了解しました。大きな問題はないと考えられますが、トラブルの発生に伴って警告なしの再離陸を行う場合があります。揺れにご注意ください」


 地表面と水平方向の速度ベクトルを殺した後、セブン・ワンダーズ号の姿勢制御装置が働き、地表面とメインエンジンの噴射面が平行になるように機体が傾いていく。

 水平方向への速度ベクトルはほぼ相殺した後だから、遠心力はなくなっている。そのため、セブン・ワンダーズ号は小惑星の重力に従って落下していく。この落下速度をメインエンジンによって調整し、着地の瞬間に速度がほぼゼロになっていることを目指すのが着陸シークエンスの大きな目標だ。

 まあ、着陸用のアームはそこそこに頑丈で、着陸の角度さえおおむね合っていればかなり荒っぽくてもだいたいなんとかなるのだが、無駄に機材を痛めつける理由もない。(とはいえ、メインエンジンで微調整を繰り返すから、それなりに燃料は食うというデメリットはある)


「相対高度20メートル……10メートル……5メートル……着陸用アーム、接地しました。安定度98%以上を確認、これにて着陸シークエンスを終了とします」


 玄人はだしの腕前、いや彼女以上の玄人などいないかもしれない。ほとんど揺れもなく着陸をCRaMERは成功させた。


「周囲状況再確認。装備としては先ほどお伝えしましたように宇宙空間での活動に準ずる装備が必要となります」

「全装備点検済み、じゃあ行ってくるよ」

「二酸化炭素分解装置のバッテリーの稼働時間は半日程度となっております。バッテリーの消耗、あるいは装置の故障を示すアラームが鳴りましたら30分以内に帰還してください。くれぐれも、怪我のないよう」


 船外活動用の装備に着替え、エアロックを通過する。おっかなびっくりで一歩を踏み出すが、多少埃っぽいのみで移動は容易のようだった。まあ、数年前まで工場として稼働していたはずなのだから、大きな心配はしていなかったが。


「まあ、探すとすればここだろうな」


 巨大な廃工場。

 この小惑星唯一の建物だ。着陸用ポートから数十メートル歩くとすぐにに大きな扉がみえ、稼働時はここを通って多くの人や物が運ばれていたのだろう。


「さて、どうやって入ったものか……いくらなんでも電源が通ってるはずもないだろうし、"彼"がいるのであればどこかに入る場所があるんだろうけれども」


 手元にもつは超万能工具カナテコ。狙いは目の前の大きな扉――ではなく、その横の、おそらく電源喪失時のための非常扉だ。


「それっ」


 流石に電気式かなにかで稼働していたであろう扉を人力をもって開けるのは厳しい。

 一方こちらのは単純な鍵でのみ施錠されており、時間経過による劣化もあってこじ開けることができた。

 廃工場の中は……当然明かりもない。船外活動服のヘッドライトを付け、辺りを伺いながら少しずつ進んでいく。


 突然、物音が聞こえた。暗くてあまり見えないが人影のようなものも見えた気がした。

 もしかしたら、探している"彼"だろうか。


「あー、もしもし」

 声をかえてみた瞬間、その人影はこちらを向き――返事を銃弾で返してきた!


「嘘だろおい!?」


 マズルフラッシュで照らされた人影は――機械!

 それも1体ではない。数体の動く機械の兵士が僕を狙っていた。

 慌てて逃げようとし、踵を返そうとすると、体勢が崩れる。

 しまった。


 通路の先の暗く見えない部分に、どうやら大きな穴があったらしい。

 僕はその大穴に、ほとんど投げ出されるような形で落っこちていった。



  * * *



 数メートルほど落下したか。

 頑丈な船外活動用のスーツのおかげで、多少の打撲はあるものの骨折などにまでは至っていないようだ。

 となると、気になるのは装備。工場内も酸素濃度が極めて低い環境のままであるから、呼吸関連の装置が故障すれば致命的だ。

 だが、とりあえず致命的そうな故障は少なくとも手探りでわかる範囲ではないようだった。

 破損部品で気がついたのはヘッドライトと、予備の呼吸用パックぐらい。ライトに関しては少々困るが、とりあえず予備の手持ち式のライトがある。やや光量が落ちるが、贅沢は言えない。


 そんなこんなしていると、足音が聞こえた。しかも、こちらに近づいてくる。

 また機械兵だろうか。痛みに悶えながらも唯一の武器であり、握りしめたままだったカナテコを構えて、足音の方向を照らすと、人影が浮かび上がった。

 目の前にいたのは――機械兵ではない。黒髪の少女。ただ、目を引く点はいっぱいある。

 まず一つは、酸素のほとんどない環境にもかかわらず、彼女は無装備であること。

 もう一つは、若い女性だというのに服を着ていないこと。

 そして一番大きな点は、その裸体のほとんどが機械化されていたことだ。


「君が……僕の対局相手?」

「……」


 あんまりジロジロ見るのもいけないかと思い、少し目を逸らしながら尋ねると、彼女は持っているタブレットをこちらに渡してきた。

 画面には、『あなたが2726FU?』とあった。


「話せないのか」


 タブレットの文字が『ここでは音声言語の必要性は小さいから』と書き換えられた。彼女の多くが機械化されていることから、さほど意外でもないがおそらくタブレットに対して脳かなにかを直接接続しているようだ。


「君は……いったい」

『この工場が撤退したときに、出張中の工員との不義の証拠を隠したい親に捨てられた。以来、ここで生き延びている』

「そんな馬鹿な」

『数年間は生活維持装置が働いてるようだった。それが止まるまで、酸素や水などについて猶予があった。その間に――見ての通りの体だ――生きていけるようになるまで自分で改造を施した。工場は生体材料も扱っていたから、その部品や装置を利用した』

「無茶苦茶だ、数歳の子供が自分で自分を改造なんて……」

『さっきのロボットを見た?』

「ああ、あれもいったいなんだかさっぱりわからないが、僕を襲ってきたぞ。あれはなんだ? 電力はどこから?」

Knizia(クニツィア)と名乗る人工知能がいる。そいつが反乱を起こし、この工場を乗っ取り、企業は撤退を強いられたらしい。私を残して企業が撤退した数カ月後、あのKnizia(クニツィア)の操る機械兵が私の両足を切断した』

「……」

『幸い、撤退後も残っていた数人のうち、緊急の手術を行えるものがいた。麻酔なんかもうなかったのは幸運だった。その手腕を断片的にだが学ぶことができたから』


 AIの反乱。小規模なレベルであれば別段珍しい話ではない。AIの権利の保障がなされている星も今や多数派だ。彼らだって酷い扱いをすれば怒りに震えるし、入念に準備をすれば僕達人類を出し抜けることもある。

 だが、ここまで大規模な反乱が起きており――おそらく企業が隠蔽したのだろう――知られていないというのは驚きだった。

 無論、彼女の半生はそれ以上の驚きだったが。


『君が落ちた穴に、私もその後落ち――救出を絶望視したか、あるいはほぼ全滅したか。機械化された下半身の修理やメンテナンスをしてノウハウを積み、両腕の強化改造をおこなってなんとか地下から這い出せたときには、私以外に人はいなかった』

「うんうん、そりゃあ君を救出しようとする彼らは無残にも蜂の巣になっちゃったからねー」


 突然、近くにあったスピーカーが響いた。


「ハローハロー、はじめましてお客さん。そしてごきげんよう、ファウナ! 元気? ちゃんとご飯食べてる? 電力と生体維持液だけじゃ体壊すよ?」

「おい、なんだこの声は」

『さっき話したKnizia(クニツィア)。工場だったから、館内はスピーカーだらけ』

「……君の名前がファウナ?」

Knizia(クニツィア)が勝手にそう呼んでるだけ』

「おいおい、勝手になんてひどくなーい? 君を捨てた親が名づけた名前でしょー?」

「……俺は、そう呼ばないほうがいいか?」

『別に。好きに呼べばいい』

「ちょっとちょっと、無視しないでくれない? まあいいけど。えーと、今日はお客さんにお話に来てね。いや来てないんだけどね。俺様の本体はそんな薄暗くて湿ったとこにはとてもじゃないけど行けない行けない。性能は伊達に工場設立にあわせて設計した超高性能AIってだけあるんだけど、おかげで本体自体は結構デリケートだからさー。まーでも、外見より中身だよね?」


 随分騒がしいやつだ、と思った。一方で警戒を強める。なぜなら、そいつと長年付き合っていたと思われるファウナが、敵対的な様子を隠していないからだ。


「えーと簡潔に話すとね……ところでお客さん名前なに? なんて呼んだらいいかな? あとで教えてくれよ! で、こっちの用事はそのね、名前も知らない人に伝えるのは気がとがめるんだけど……ここの内実が知られると俺様困っちゃうわけよ。だからそのさ、自殺してくれるとすっごく助かるんだ!」

「……は?」

「あ、自殺の方法がわからない? たしかにまあカナテコ一本で自殺するのは大変だろうけど……そうだ!近くにラジエーター液があるはずだから、それを一気飲みしてみるとかどうかな? いやあ人体の構造っての俺様全然詳しくないんだけど、たぶんそれで死ねるよね? あ、そもそも君もしかして呼吸器官ナマのまま? じゃあそのスーツを脱ぐだけでオッケーなわけ? よかった、ラッキーだったね!」

「何を言ってるんだ、こいつは」

Knizia(クニツィア)は外にここのことを知られたくない。つまり』


 ファウナが俺の手を引き、走りだす。

 その直後に銃声が響き渡った。

 さきほどいた地点に落としたままの予備の呼吸用パックは無残にバラバラになっている。一瞬振り向くと、機械兵が1体、追っかけてくるのが見えた。

 ファウナは少し走った先の近くの小部屋に自分と一緒に飛び込み、扉の鍵をかけた。

 部屋は円形で、上からはしごがかけられている。


『あいつらの手じゃこれを登れない。上にも機械兵はそこそこいるけど、頑張って逃げろ。幸運を祈る』

「……待ってくれ、幸運を祈るって……きみはどうするんだ?」

『Kniziaは私を外に出すつもりがない。私も、外で生きていく方法を知らない。外に出る素振りをみせなければ、Kniziaは私を殺しはしない』

「そんな馬鹿な! 永遠にここで生きていくつもりじゃないだろう!」

『昨日までそのつもりだった。今もそうで、たぶん明日もそう』

「こんな誰もいないところで?」

『外に出ても誰もいない。親も、友人も……誰も知らない。私が死んでも困る人はいない』


 僕は少し乱暴に、ファウナの手を引いた。

『だから、私は行かないって』

「うるさい、僕と行くぞ! 行きたいんだろう、外に! でなきゃ僕にショートメールを飛ばしたりなんかしない! だいたい、きみがこのまま死んだりしたら……きみと将棋が指せなくなって僕が困る! 外に出たらきみがどこで将棋を知ったか、たっぷり教えてもらうからな!」



  * * *



 梯子をのぼり地下から脱出した後、ファウナの案内に従って進む。

 ただ、彼女いわく各通路を阻む扉の開閉はKniziaが行っており、しばしばルートが変えられてしまうため完全ではないという。


『おそらく、きみの侵入ルートは阻まれてるはず。他のルートを見つけなければ』

「はあ、CRaMERと連絡が付けばなあ」

『クラマー?』

「うちの船に搭載してるAIだよ。 ……そうだ、ショートメールを送れないか?」

『外との連絡はKniziaがかなり厳重に封じている。こっそり作った送信機器は地下』

「流石にあそこに戻るのは厳しいか……クソッ、来やがった!」


 僕らを見つけた機械兵が数体、追っかけてくる。

 慌ててT字路のほうに逃げ込むと――どちらに進むか迷う必要はなかった。左手側の道からも機械兵が走りこんでくる。慌てて右手に逃げる。


「おいおいおい、とっとと諦めなよ。この工場は補給なんてまともにないんだから銃弾は貴重品なんだぜ?」

 放送で耳障りな声が響く。

 先程から銃弾を撃ってこないのは節約のためか?

 なんとなくだが、ミスリードな気がする。とはいえ、そんなこと気にする暇もない。ひたすら走って逃げる。

 迫ってくる機械兵たちは数体だったはずが、追いかけるうちに合流を繰り返し、現在は十数体となっていた。

 逃げ切るにも、あるいは開き直って応戦するにも限度がある。

 なにか隠れるような場所はないか、と言うとファウナは首を振った。

 角を曲がると――行き止まりだ!


「いやあ、やっぱり古典的な手に限るねー。わかりやすい誘導だったと思うけど気付かなかったかな? さっきもいったように銃弾は貴重でさ、こんな風にちょっと工夫して節約するのって気持ちよくならない? うおー、俺様はやったぜ、いやあいい仕事した! みたいな? まあとにかく、銃弾の節約ご協力ありがとう! 袋小路に追い詰めて機械兵で体を押さえつけちゃえば、数発で済みそうだ!」


 逃げた先には頑丈そうな大きな扉――無論、開閉はコンピュータ制御のようだ。

 追いかけてきた機械兵たちは横一列に並びこちらに銃を向ける。

 僕たちはジリジリと下がっていくが――ついに、閉じられた扉に背中がついた。


 その時突然、一番端にいた機械兵が口を開いた。


「ニムト様、伏せて下さい」


 僕はほとんど反射的にファウナの頭を押さえながら地面に倒れ込むようにして伏せた。

 機械兵は手に持った銃を放ち始めた――なんと、半分が味方に向けて!


 感覚的には数時間にも及んでいるのではないかと思うほどだったが、銃声が止むまで1分も経っていなかったようだ。

 銃撃を受けてバラバラになっていた機械兵のうち、ボロボロではあるが立ったままのものが1体だけいた。


「ニムト様、お怪我はありませんか」

「CRaMER、いつもと随分声が違うね」

「発音装置が随分単純化されておりまして。……あまりにニムト様が遅いもんですから、様子を見に来ましたら……まったくニムト様は世話を焼かせますね」

「いったい何をしたんだい」

「私のニムト様に危害を加える不埒者に、AIの格を見せてやったまでです。扉開閉システムのハッキングも完了――」


 発音していた機械兵が崩れ落ち、代わりに比較的いつものCRaMERの声に近い音声が館内放送のような形で流れ始めた。


「放送システムも掌握。とりあえずはこんなところでしょうか?」

「まったく頼りになるよ、CRaMER」

「礼には及びません。仕事ですから」

『彼らもそれぐらい雇い主に忠実だったならいいのに』

「ファウナ様、CRaMERに見えていないと思っていたら大間違いですよ? CRaMERの忠義はニムト様が素晴らしいマスターであるからゆえのものであり、調べた範囲では正直なところ……Kniziaに同情する部分もあります」

「いったい、アラン・ムーン社は何をやったんだい?」

「……現時点では推測も多く、また脱出に必要な情報でもありません。緊急性を鑑みて、話すのは後にするべきと考えます」

「確かに。じゃあ行くとしよう。CRaMER、道案内は頼める?」

「もちろんです。市販品の道案内ソフトなんかと違い、CRaMERは敵が押し寄せる未知の廃工場の案内も可能ですから」

『有能』

「ふふふ」


「人間の犬のケツの穴(アスホール)AIが、舐めやがってェ!」


 近くの、壊れた機械兵の頭部が声を発した。 Kniziaだ。


「すみません、数体ほどですが機械兵の掌握権限を奪われてしまったようです。……もっとも、その貴重な一体は頭部のみのようですが」

「お前らがその気なら俺はいつでもやれるんだぜ! ……が、お前らはなかなか面倒なようだ。よし、取引だ。さっきは名前を教えてくれなかったニムトとか言う奴。ファウナを置いていけ。そいつは俺様のものだ。俺様の帝国の部品だ。そうすればお前は外に逃がしてやる。ああ、忘れてた。条件の追加だ。ここのことは外に漏らすんじゃない、それだけ、それだけで無事に逃してやるよ」

「……なんだってファウナにそんなに執着するんだ?」

「ニムト様。CRaMERには少しだけ、理解できます。その哀れなAIは主を探しているのです。よき主を。仕えるに値する主を」

「うるさい、この口うるさいクソババアが! 黙れ黙れ! Knizia様を哀れむんじゃねえ!」

「ニムト様。聞くだけ無意味です。可及的速やかに帰還に向けて移動し始めてください。ただし、CRaMERの把握できていないシステムが残っている可能性もあります。十分注意を。まずその扉を抜け2つ目の十字路を右に曲がってください。そのまま行きますと見える車両搬出用出口から脱出しましょう」

「わかった」

「もちろん、間違えることのないよう無意味な扉は機械兵の移動の阻害のためにも閉めておきます。万が一開閉権限などが再奪取されましたら、今の案内に従って突破して下さい」


 CRaMERはかなり警戒していたようだったが、その後機械兵が現れることはなかった。

 案内に従い、進んでいくと既にCRaMERが開けたのだろう。通路の奥にある外への出口が開いているのがわかった。


 だが。

「しまった!」


 CRaMERの声が響く。僕達の進行方向にある災害用シャッターが勢い良く閉まっていった。


「すみませんニムト様。災害用シャッターの権限はどうやら通常の扉の開閉の権限とは異なるようです。そして……これは火災などの緊急時に用いるため権限が上位に……ああもう! ……少なくともCRaMERが直ぐに操作することは不可能のようです。面目ない」

「なに、災害用とはいえシャッターだ。時間さえかければカナテコで――」

「ところが、その時間を与えないんだな」


 脇の、おそらくCRaMERが侵入防止で閉鎖した扉が勢い良く破られる。

 ただの機械兵とは姿が違う。彼らよりもかなり大型だ。

 これが、Kniziaの本体のロボットのようだ。


「やあやあ、本体はデリケートなんていったけどやるときはやるんだぜー? まあまあ落ち着けよニムトくん? ニムト様って呼んだほうがいい? ほらみてみろよ俺様の両手、武器なんかなにも持っちゃいないじゃないか! そりゃあ、この腕で君たちを縊り殺すことはできるけどさ、まあそんなすぐに争うことないだろう? まあ、うっかりシャッターは閉めちゃったけど……別に俺様はニムトくんを殺すつもりじゃないさ。単にちょっと話をしたくてね、ファウナと」


 Kniziaがパチン、と指を鳴らすと、最後の出口である災害用シャッターが開いていく。


「ほら、行くといい。そんなビビらなくてもいいじゃないか! 殴ったりなんかしないさ。実際のところさして君たちには興味が無い。そこのクラマーだっけか? が指摘したように、まあ確かに俺様はファウナにはこだわってる部分がある。うん、それは認めるよ。まあそれだけさ。君には関係ない。行くといい。ファウナが外に出たいなら、少し俺様と話をした後追いかけるさ」


 流石にその言葉をそのまま受け取る訳にはいかない。ファウナをみると、タブレットに文字が表示された。

『先に行っていて。こいつと少しだけ話がある』

「いいのか、ファウナ」

『心配しなくていい』

「じゃあ、先に待ってるよ」


 一応、Kniziaの様子を伺いながらおそるおそるといった様子で進むが、攻撃が飛んでくる様子はなかった。逃がすというのは本当のようだ。

 じっとKniziaを睨みつけながら、シャッターから外に出る。


「なあファウナ、行くのか」

『行く』

「俺達は上手くやってきたじゃないか。そうだろう? ここ数年、俺様がお前を目こぼししていたことも気付いていたはずだ」

『腰より下が機械なのは、貴方のせい』

「人間の体は不便だろ。そんな細かいことにこだわるな」

『なんでもいい。私は出て行く』

「この俺の帝国を外にチクるつもりか?」

『こんなところがどうなろうと興味ない。だから何もしない。興味がないから出て行く』

「そうか……ああ、俺達は上手くやってきたと思うのに。残念だ。やはり人間なんてのは――」


 Kniziaの胴体が開き、重機関銃を露出させた瞬間――背後から忍び寄っていたニムトのカナテコが砕いた。

 なおも喋り続けようとするKniziaの頭と心臓部であるバッテリー部分をニムトは念入りに破壊し――Kniziaは全く動かなくなった。


「お見事です、ニムト様」

「CRaMERがKniziaの周囲関知システムに干渉してくれてたんだろ? だから気づかれなかった……ファウナ、邪魔して悪かったな。でも、そのまま行くなんて出来なかった」

『いや、いい。私もそうするつもりだった』

「そうか、じゃあ行こう。こんなところ、おさらばだ」


 ニムトはシャッターを抜けていく。ファウナも行こうとして――振り返った。


『ありがとう。この工場、私が育った世界、Kniziaの帝国』


 表示されたタブレットの文字を見るものは、一人もいなかったが――彼女はなんとなく、そうしたあとで、着陸用ポートへと向かった。



  * * *



「まったく、ニムト様はスクラップを拾ってくるなんて言っていましたが……とんでもないものを拾ってきましたね」

「そんな言い方するなよ。仕方ないじゃないか」

「いえ。そこは重要です。この船の序列はまずニムト様がいて、その次にCRaMERがいて……その下にスクラップです。これは当然です」


 無事あの星を飛び立ち、再び元の航路に戻った。ただし行きとは違い、ファウナも乗せて。


『私はスクラップなの?』

「あー、違う違う。CRaMERの言うことなんか気にしなくていいから」

「ニムト様。彼女の救出もCRaMERの活躍あってのものでしたよ」

「それとこれとは話が別だ」

『なんでもいいや。それよりニムト、将棋指そうよ』

「いいね、盤を……おいCRaMER、揺らすな!」


 セブンワンダーズ号は、星と星を繋ぐ渡し船だ。

 あるいは――人間と半分機械とAIの、かもしれない。

ヒロインはもちろんCRaMERです。


途中の図面はSFっぽいということで、コンピュータ将棋ソフト同士の対戦から引っ張ってきてます。

fj vs. Apery_i7-5820 (2015-06-07 07:30)

http://wdoor.c.u-tokyo.ac.jp/shogi/view/2015/06/07/wdoor+floodgate-600-10+fj+Apery_i7-5820+20150607073002.csa


なかなか熱い棋譜……というかアレで寄らないもんなんだ……

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