アジ婆さん。
アジ婆さんの家は、村の中心にある石造りの一番大きなお家だった。
「アジばぁちゃん。旅の者を連れてきました」
「お入り」
低い声が出迎えてくれる。
中で待っていたのは、玉ねぎ頭の優しそうな女の人だった。
おばぁさんと呼ばれるには若すぎる風貌で、私は一瞬躊躇してしまった。
慌てて頭を下げる。
「始めまして。鈴木桃と申します。隣にいるのが犬のシロです。旅の途中でミーナちゃんに出会って村に連れてきて頂きました」
「ミーナが助けてもらったそうだ。よくわからんが魔力持ちのようだ」
髭もじゃタダノさんが説明をしてくれる。 タダノさん、ついて来てたんだね。
「ほぅ。魔力持ちねぇ」
アジ婆さんの目が、キラリと光った気がする。
「魔力って言う程のものでは……」
「モモさんは、凄いんだよ!なめくじ男を一撃でやっつける魔法の塩を持ってるし。スゴイ力持ちだし。妖犬のシロを連れてるんだよ!」
またまた、ミーナちゃんの大絶賛が始まってしまった。
おねーさん、トホホだよ。
アジ婆さんに会って、全部お話しした方が良い気がしてきた。
丸ごと理解してくれそうな気がした。
何より私の置かれた状況を、誰かに聞いて欲しかった。
「モモさん……」
ミーナちゃんが、少し緊張している私の手をぎゅっと掴む。
大丈夫。大丈夫。
よし。私は覚悟を決めた。
「私は、この世界の人間ではありません。だから皆さんが言う魔力についても、よく解ってないんです。女の人の声に導かれて気がついたら山の上にいました。森を抜けてシロに会ってミーナちゃんに会って、今ここにいます」
静かな部屋が更に静まりかえる。
信じて貰えないかも知れないが、嘘のような本当のお話だ。
アジ婆さんが、クックと喉の奥で笑った。
笑うと目尻にシワが寄って、さらに優しい顔になる。
「さて、モモさんと言ったな。私はアジと言う村のおばぁじゃ。私は水魔力が使える魔力者だ。この世界には生まれた時から、そういう力を持っている者がいる。最初はほんの僅かな力で、みんな修行と鍛練をし、力をつけていく。私も初めは指先から出た一滴の水からだった。大体の者が生活を便利にする為に使える位の魔力持ちだ。だが、中には、変わった魔力や大きな力を蓄える者がいる。特別大きな魔力を持った者が、異世界から召喚されるのだ。それが勇者様だ。モモさんも異世界から来たと言うのなら、そういう力が備わっているのかも知れない」
「……」
「モモさん。やっぱり……」
「本当か?モモは勇者様なのか?」
「特別な力があるのか?」
それは違うだろう。
誓って言える。
だって勇者って世界を救うスーパーヒーローでしょ?
ムキムキ怪力娘とスーパー体力バカーの力を持つ勇者が何処にいるのよ!
同じスーパーでもえらい違いだよ。
「勇者じゃないから。世界を救う力はないから」
きっぱりと断言する。
やめて。ミーナちゃん。
その期待に満ちた目はやめて。
「モモさんは、森を抜けてきたと云われたな」
「はい。果てぬ森だと、私を連れてきた声の人は言ってました」
「やはり、モモさんは、魔力者じゃ。それも強い力の。果てぬ森は、不思議の森じゃ。足を踏入れた者は戻って来れない」
アジ婆さんが静かに首を振る。
「さぁて、柿の茶でもいれて来ようかね。一息入れよう。どうやら、果てない森の話をしないといけないようだからね」
ため息をひとつ吐いて、アジ婆さんが席を立った。
私も喉が、カラカラに渇いていた事に気がつく。
シロがアジ婆さんの足元にまとわりついて、自分の分もと催促をしている。
そうだ。喉が渇いていたんだよね。
遅くなって、ごめんねシロ。
優しい声さんは私に、頼みたい事があると言っていた。
どうしても、お願いだと。
勇者?私が?
そんな馬鹿な。
ないない……。
アジ婆さんから受け取った柿の茶が入った湯飲みを、妙に重たく感じていた。




