初雪
又左衛門がいつしか辿り着いたのは、菩提寺の墓場であった。
獣の如くに恐ろしく立ち回って、囲みを破ったところまでは記憶にある。その最中で幾度か刃は振るったが、いずれも抑えている。左内の郎党に、一人の死者もないはずだった。
剣士としての己の手並みに満足を感じながら、又左衛門は足を引きずって行く。平素ならば苦にもならぬ距離が、今は峻険を歩むが如くだった。
ごうごうと耳が鳴り、荒く激しく呼吸が乱れた。右に揺れ、左に揺れ、それでも彼は歩き続ける。
その苦行の果て。
ついに彼が足を止めたのは、父と妻が眠るその場所であった。
張り詰めていたものが途切れたのだろう。たどり着けた事に安堵を覚えたその途端、手足に力が入らなくなった。
又左衛門は墓石にもたれ、そのままずるずると座り込む。全身に及ぶ傷は、随分と深いようである。もう、立てる気はしなかった。
──終わったよ、お雪。
ただ妻の顔を浮かべ、胸中に呟く。血を流し果てた五体は凍え、唇を動かすのも至難だった。
だが同時に、あれは喜ぶまいな、とも思っている。
これは馬鹿で身勝手な男の、馬鹿で身勝手な振る舞いでしかない。結局は誰の為にもなりはしない。そんな仕業に巻き込まれた丘崎左内こそ、いい面の皮であろう。
尻と背に伝わる、土と石との冷ややかさがひどく心地よかった。
やがて全てが曖昧になり、意識が昏黒へ落ちていこうとした、その時。
ふと、頬に何かが触れた。
残る力を振り絞って目を見開き、天を仰ぐ。曇天の夜からひらひらと、白く舞い降りてくるものがあった。
──来てくれたのか。
つうと涙が一筋溢れて、又左衛門の顎先までを伝った。
胸の奥底から満足げな息が吐き出され。
そうして閉じた瞼は、二度と開く事がなかった。
翌朝、寺の小僧が又左衛門の屍を見つけた。
切り刻まれた無残な体でありながら。
雪布団に包まったその死に顔は、悔いひとつなく笑んでいたという。