プロローグⅡ
ロナンとレンは、街の広場のベンチに腰掛けていた。もう日は沈みかけていて、広場には二人以外に誰もいない。赤い夕日でシルエットとなった二人からは、どこか悲しげな雰囲気が伝わってきた。
「…なぁ、俺やっぱ吹きたいよ。」
ロナンは言った。
レンは泣きそうになった。
「あ、あたしだって吹きたいわよ。決まってるじゃない。でも、アルスが居ないもの。あたしたちだけじゃだめよ…。」
「アイツは勝手に出て行ったんだ。帰ってくるかわからないやつを俺達はいつまで待っていればいいんだ?」
レンはカッっとなって立ち上がった。
「なによ!そんな言い方ないじゃない!勝手にって、何か理由があったはずよ!」
「じゃあ、その理由とやらを教えてくれ。」
「あの日の演奏会でアルスはものすごい失敗をしてしまったわ。きっとそれが原因よ!」
「お前…アルスが一度の失敗で全て放り出すようなやつだと思ってたのか…?」
ロナンもイライラし始めた。
「確かにアイツはかなり繊細だが、音楽やめるなんてのは頼まれでもしないかぎり考えもしないやつだ。」
レンは首を横に振った。
「違うわ。失敗は直接の原因じゃない。その失敗のせいであたしたちの吹奏楽団、NIKOに関する悪口が出回ってしまったのよ。」
「悪口?」
「ええ、『アルスの時代はもう終わりだ。NIKOも、あいつのせいで評判ガタ落ちだな。』って。」
ロナンは眉をひそめた。
「でも、評判は落ちていなかったぞ。それにアルスのトランペットはこの辺じゃ一番の音色だぞ。」
レンは呆れた顔になった。
「あなた知らないの?アルスに嫉妬してたフリーのトランペッターなんてごろごろいたわ。それに例え事実でなくても自分のせいでNIKOの評判が地に落ちたとまで言われたのよ。何よりもこの楽団の事を考えているアルスなら自分がいなくなればNIKOの評判が戻れると言われれば喜んで出て行くはずよ。」
ロナンは呆然とした。
「なんだよ…あいつ。何で言わないんだよ、そんなたいせつなこと。…」
「あたしも、アルスが出て行ってから知ったことだから…。でも彼の性格だったら言わないのは当然かもね。『自分の問題は自分で解決する』なんてね。何のためにあたしたちがいるのよって感じもするけど。…
レンは自嘲ぎみにいった。
彼にとって、私たちなんて何でもなかったのかな…ただの『NIKOの一部』だったのかな…?」
レンはまた泣きたくなってきた。
不意にロナンが呟いた。
「……アルスを連れ戻す。」
「え?」
「アルスを連れ戻す。それで、NIKOを再結成する。」
「ど、どうやって?」
ロナンは意を決した様子で立ち上がった。
「演奏会を開くんだ。」
レンは目を見開いた。
「え…アルスは?トランペットソロはどうするの?」
「トランペットはなしでやる。アルスに匹敵するやつなんてそうそういないからな。ソロはトランペットじゃなくてもできる。他の楽器で代役を探す。」
レンは戸惑った様子でこちらを見ている。何か言いたそうだが言葉が見つからないようだ。
「じゃあ、俺は早速探しに行くからな。」
「ま、待って!」
レンが言った。
「探すってどこを?有名な人はだめよ。必ずお金を要求してくるから。」
ロナンは彼にしては珍しく笑って応えた。
「任せろ。俺に考えがある。」