番外編 バニラアイスとハニートースト
前話『彼とあたしと、呂后』を読んで下さった方はなんとなくつながっているのかなということが分かるかもしれません。ハニーがダーリンに対して願うこと。今までの話とまるきり毛色の違う、詩のような童話のようなそんなお話。
彼女は願った。
どうか、その音で、その声で本を読んで欲しい、と。
彼女は想像する。
その音が空気を振動し、肌を滑り、耳を抜け、血管を流れるのを。
決して高くはなく低くもないその声は、滑らかに音を奏で、甘美な喜びを与える。
一つ一つの声が、音符となってざわざわと彼女の指を伝う。
ソー、
これはファ。
ミ、ミ、ミ、ドー。
コロンと鳴るピアノの歌。
ポロンと落ちる白と黒の世界。
ピアノなんて弾けない。ほんのお遊び程度に楽譜が読めるだけ。
滑るように鍵盤の上で指を踊らすことなどできない。
だけど、この声を聴くと自然と指が動き楽譜が産まれメロディが流れる。
あぁ、
本を、読んでほしい。
どんな本が良いだろうか。
冒険、SF、ファンタジー、純文学、古典。
そうだ、童話が良い。
あれを、あの話を語って欲しい。
その甘くとろける声であの話を。
そう、『赤ずきん』を。
彼女は想像する。
この声が奏でる赤ずきんを。
あの甘い声で紡ぎ出される赤ずきんは、たちまちオオカミに恋をした少女の物語となる。
まるでチョコレートをかけたバニラアイスのように甘くとろける恋の物語。
それは、とろりととろけるハニートーストのように、
それは、真赤に熟した身体に白い雪のような砂糖をまぶしたイチゴのように、
それは、ミルクを混ぜたココアのように、
甘く甘く切ない。
彼女は想像する。
朝起きたばかりの、少し掠れた低い声で奏でる『おはよう』の物語を。
彼女は想像する。
ほほ笑みと共に紡ぎ出された『ありがとう』の物語を。
彼女は想像する。
微睡みの中に隠れた『おやすみ』の物語を。
彼女は想像する。
甘くとろける己の名前を。
それの全てがゾクリとするほどトロトロと甘い。
この音を聴くだけで、ふわふわ頼りなく宙に浮き、足元が崩れるほどぐにゃぐにゃになる。
真綿に包まれるような優しい音。
彼女は願う。
どうか、その声が自分だけのものでありますように、と。
ねぇ、お願い。
あなたの音で、あなたの声で、
「物語を、読んでくれませんか」
ハニーはダーリンの声が大好きなので、その声で童話を読んでほしいんです。
でもダーリンは拷問の話が大好きなので、童話は読んでくれません。
頼んだら読んでくれますが、見返りが怖いので頼めません。
とってもいい声なのにもったいないと思っています。
なまじ声がよすぎるので、拷問話をされていてもその声に陥落されてしまうのです。
そんなハニーが心のなかでいつも思うお願いの話でした。
『物語を、読んでくれませんか』の裏には『拷問の話はもういいから、その声いかして、あたしに夢をみさせてちょうだい』ってことです(笑)
うぅーん、拷問系求めてた方にはすみませんとしか言いようのない自己満足物語でした。申し訳ない。