彼とあたしと、春夏秋冬
今回は会話のみのお話です。
「ねぇ、知ってる?僕、冬が嫌いなんだ」
ダーリンの冬嫌いは、あたしの中では太陽が西へ沈むってことくらい有名だわ
「だって冬は凍てつくような寒さを与えてしまって、ただ純粋に拷問による疼痛を与えることだできないんだもの」
そう
「ねぇ、知ってる?僕、夏が嫌いなんだ」
それは暑さが純粋なる拷問の痛みを邪魔するから?
「そう。それに、暑いとすぐに腐ってしまう。腐敗するのが早いと、死後の姿を楽しむ間もなくどろどろに溶けてしまう」
・・・そう
「ねぇ、知ってる?僕、春が嫌いなんだ」
それはどうして?
「春になると、陽気に頭がやられて俗に言う露出魔とやらが出現するからさ。自ら恥部を外部に晒しだすという自己犠牲は良いけれど、それを見せられる方の身にもなってよ。僕、ハニー以外の、ましてや男の裸体なんて興味ないよ」
・・・へぇ
「ねぇ、知ってる?」
『僕、秋が嫌いなんだ』って?
「そう、その通り」
それはどうして?と聞いてもいいかしら
「もちろん。秋はね、蛙やカマキリ、たくさんの虫が車に押しつぶされてあちらこちらにその姿を残していくからさ」
・・・あれ?虫嫌いだっけ?
「別に好きでも嫌いでもないよ。生理的に受け付けないだけで」
それって嫌いっていうんじゃ・・・
「ノンノン、ハニー。嫌いと生理的嫌悪は別次元の話さ。それに、虫のせいで秋が嫌いなんじゃないんだ。僕がいくら拷問という言葉を連呼していて、彼らの行為が仮に拷問でいう『押しつぶし』というものに該当したとしても、押しつぶされた後の姿はまったくもって美しくはない。
そもそも拷問というものは第三者の手によって施行されるものであって、彼らのように自ら飛び込んでいくものではないんだ。なに、彼らは押しつぶされるのが好きなの?なんでみんな道路に飛び出していくんだろう。車が来るって分かってて飛び出してくるの?そんなので僕が喜ぶとでも?
あぁ、なんて滑稽なんだ。自ら拷問という高貴なる儀式に参加しようなどそんな馬鹿げた話があると思うかい?第三者が施行してこその拷問なんだ。拷問が施された後の死体は美しく埋葬しなければいけない。それはもう、美しく美しく、僕らに美しい円舞を魅せてくれてありがとう、と感謝の意をこめてね。
なのに彼らときたら、勝手に車に飛び込んで、勝手に押しつぶされて、勝手に死んでいくんだ。一体誰が彼らの死体を片づけるんだい?あぁ、まったくもって遺憾だよ。僕は美しいもの以外は見たくはないんだ」
・・・・ねぇ、いったい何時ならダーリンを満足させられるの?春もだめ夏もだめ。秋も冬もだめ。いったい何時になったらダーリンは満足するの?
「ふふ、それはねハニー。僕を満足させるのは雨季さ」
雨季?どうして雨がダーリンを満足にさせるの?
「雨の日はね、しっとりじめじめとした空気が毛穴を奮い立たせ、薄暗い雲が空を覆うと僕の心臓がどきどきと鳴り響いて止まないんだ。たくさんの水の音が辺りを覆い、恐怖にも似た感情が沸き起こって来る。雨声と絶叫はまるで恋い焦がれあうかのように僕の心に歓喜を呼び起こす。僕はただ純粋に雨が好きなんだ。けれど考えれば考えるほど雨は拷問にふさわしき観客であり、実演者となるんだ。肌を刺激する冷たい空気と、まるで煩さなど感じさせない心地よいざわめき。なによりも贄がより贄らしくなる。これから拷問を施されるという恐怖が、雨が降ることで絶望にも似た諦めに変わる。僕にはこれほど素晴らしい共演者はいないと思うよ」
・・・・そんなにも愛されて雨は幸せね。あたしも雨は好きよ。なんだか心がうきうきして仕方がないもの。何の用事もないのに傘を持って外に出たくなるわ。
けれどね、ダーリン?
「なんだい?」
けれどあたしは、雨の日ではない日にお願いしたいわ
「それはどうして?」
だって、あたしを甚振ることで光悦としたダーリンを見る観客はあたし以外にいらないはずだわ
「あぁ、ハニー。そうだね、そうだ。たとえ雨粒ひとつでさえもハニーの歓びの声を聴かせるわけにはいかないね」
えぇ、ダーリン。だから今日はやめましょう?
「そうだねハニー。今日はやめにしよう」
雨の日はただ二人で静かに過ごすだけでいい。
それ以外は何もいらない。観客も実演者も。
いるのはただ、彼とあたしだけ。
今回の教訓
『とりあえず雨乞い』
雨の日にダーリンに『なんかされそう』になったハニー(笑)が毅然とした態度で応戦する話。今日は雨だから、彼曰く『雨という観客』がたくさんいるからやめようね(ていうか一生しないでね、マジで)というハニーのお願い。初めてダーリンに勝ったハニー(ワォ)。・・・・果たして勝ったと言えるのか。
とりあえず雨乞いして雨降ってればダーリンの『愛』から逃れられるね、って話。