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彼とあたしと、鉄の処女  作者: 瑞雨
彼とあたしと、ささいな日常
3/24

彼とあたしと、あたしの疑問

『彼とあたしと、鉄の処女』の番外編?というか、続き?です。今回は残虐性よりかは官能系(下ネタ系?)かと思われます。

やたらと『処女』という言葉が登場するので苦手な方はご注意を。



「ねぇ、」

「なんだいハニー?」


あたしの問いかけに読みかけの本を律儀に閉じて彼は答えた。栞をはさむこともなく閉じた本はほんの少しもよれていない。続きを読むときに困らないのだろうかと少し心配になったが、彼にとって読みかけの本よりもあたしとの会話を大切にしていると思うと嬉しくてならないから、新品のように綺麗な本の存在は端に置いておくことにする。


「どうして鉄の処女なの?」


彼は珍しくあたしの質問の意味がよく分からないらしく、首をかしげてその大きな瞳であたしを見つめた。いや、分からないというよりかは、質問の意図を考えあぐねているというべきか。あたし自身、こんなに脈絡のない質問はばかげているとは思うけど、仕方ない。疑問に思ったことは口にしてしまうんだから。


わざとらしく口に手をあて、考えたそぶりをしばらく続けたあと、彼は口を開いた。


「それは、どうして僕が鉄の処女を好きか、ってこと?それともどうして君を鉄の処女に入れたいかってこと?ああ、でもその理由は前に言ったよね。ふむ、」


彼は本当になのか、わざとなのかそれは分からないけれど、あたしの質問の答えを考える仕草を続ける。


彼は少し人とは違った嗜好・・・・いや、ここははっきり言っておいた方が世のためかもしれない。彼は大いに人には言えないような思考と嗜好をもつ変態ではある。しかしながら、いつだって彼はあたしの話を真剣に耳に入れ、いつだって真髄に受け答えしてくれる。あたしのことをないがしろにしたことなんて、ただの一度だってないのだ。


・・・・・まぁ、はたから見ればほんの少しばかり人とは言動や行動が変わっているということは否定はできない。人はそれを変人と呼ぶことは・・・・いや、まぁ、うん。彼は変態であって変人では断じてない!・・・・えぇっと、はたして変人と変態のどちらがましかなんて今は置いといて・・・。


彼はあたしの目をしっかりと見つめ、形の良い眉を下げた。ちょっと余談だけどあたしは彼のこの表情が一番好きだ。あたしを見て少し困った表情をした時の彼があたしの心をくすぐる。彼が困っている顔をするのが好きって友達にいったら、


『あんたはしっかりとあいつの彼女だよ』


とため息を吐きながらわけのわからないことを言った。つまりはあたしもしっかりと変わってるから彼とはお似合いってことなんだって。失礼しちゃうよね、まったく。


あ、話もどしてもいいかな?え?勝手に戻せ?すみません。



彼はあたしの手を握り、目を潤ませながら、ほぅ、と息を吐いた。きっちりとあたしの方に体を向けるので、二人掛けのソファーが弾んで、あたしの体が少し彼の方に沈んだ。


「ごめんね、ハニー。僕には愛しい君の考えていることが分からないよ。僕は君のすべてを手に入れたと思っていたけれど、どうやら君の思考までは手に入れ損ねたみたいだ」


あぁ、僕は君のダーリン失格だ、なんて大げさに言葉にするものだからあたしは彼の手を握り返してこう言った。


「ダーリン、あたしはあなたのものではあるけれど、あたしの思考まではあなたのものになったつもりはないわ。そしてこれからもなるつもりはないの」


あぁ、なんでだいハニー!なんて劇団員のような身振りで悲しむ馬鹿男を演じる彼に今度はこう切り返す。


「だってダーリンをこんなにも愛してるってあたしの思考がダーリンのものになってしまったら誰がダーリンを愛するの!」

「あぁ、ハニー!」

「ダーリン!」


こうして二人は熱い抱擁を交わした・・・・


「これで満足?」

「あぁ。さて話を戻そう」

「そうね」


わけの分からない小芝居はおいといて、あたしはいよいよ真剣に彼に尋ねる。


「いや、あのね。鉄の処女ってなんでそんな名前なのかなって」


そう、あたしが尋ねたのはこういうこと。鉄が使われているから鉄って部分はダイレクトでいいんだけど、処女って・・・みたいな?そんな卑猥な単語を名前につける?普通。そういえば考えてみると、『処女』って単品で言うのは恥ずかしくて躊躇われるけど、『鉄の』ってついちゃうと特に恥ずかしくもなく言葉にできちゃうのってあたしだけだろうか。


「その、・・・・処女じゃないとダメなのかなって」


やっぱり処女って単品だと恥ずかしすぎる・・・!きっと今のあたしの頬は赤く色づいているに違いない。だってあたしを見る彼の顔がなんだか嬉しそうだもの。・・・この変態め。


「あぁ、その辺はどうだろう。色々説はあるけれど、聖母マリアをかたどっているからとか、処女の生き血を絞りとるためだからとか。まぁ、使用する対象がエリザベートの場合処女だったからじゃないのかな?」


そんなの僕にとってはどうでもいいんだけど、と彼は興味なさげに言い捨てた。


「そう、なんだ」


彼の言葉にあたしは少し驚く。だって彼ならその名前の由来まで美しさを求めると思っていたから。するとそんなあたしの考えを読み取ったかのように彼は言葉をつづけた。


「だって、僕が興味があるのはその拷問器具がいかに美しい外観をしているかということと、いかに美しく拷問器具を使用できるかということであって、名前ではないんだよ。まぁ、その背景にある名前の由来が美しいのなら言うことはないけれどそこまでは求めてはいないよ」


ぞんざいなものの言い方に、本当に彼が名前など二の次に思っていることが良く分かる。

でも、確かに彼はネーミングセンスは最悪だけど、猿轡さるぐつわそのものは好きだと言っていた。ふむ、なるほど。なんだか彼の意外な一面を知ったような気がして気分が良い。


と、まぁここまでは前置きで(前置きが長くなったのは断じてあたしのせいじゃない!と言いたい)、ここからが本番。彼との戦いは今から。


あたしは精一杯の甘ったるい声をつくり、彼の黒い瞳を見上げた。彼にすりよせた体が緊張のあまり少し震えてるなんて、そこは見ないふり。だってあたしは今から彼が演じる馬鹿男よりも更に上回る馬鹿女を演じなくてはいけないのだから。ここは舞台、台詞はすべて頭の中、そう!あたしは女優!この世の男を手玉にとる悪女マルグリッド・ド・ヴァロアになるのよ!!


「あのね、ダーリン」

「なぁに、ハニー?」


うっ、そんな甘ったるい表情と声をつくったって今回ばかりは流されないんだから!

・・・今のところは。だから流されないうちに言いたいことは言っておかないと。


あたしは矢継ぎ早に口を動かした。


「あ、あのね。鉄の処女は鉄の処女っていう名前がついているくらいだから、やっぱりそこに入るのは清らかな乙女じゃないとだめだと思うの。ほら、ダーリンもさっき言ったでしょう?使用する対象が処女だって。あたしね、ダーリンがあたしを鉄の処女にいれたいほどあたしを愛してくれているのは分かっているし、ダーリンの望みは叶えてあげたいと思っているの。けれど、ほら、その、あたしは・・・ねっ?」


ほら、最後まで言わなくても分かるでしょう?と彼に縋りつくように必死に視線を送るけれど彼は最高に良い笑顔であたしを見つめてその先を促す。


「うん、それで?」


くそっ、とんだ鬼畜だよ、あんた!


「だから!あたしはあんたの彼女で、だから、その、・・・・しょ、処女じゃないからダーリンのために鉄の処女に入ることはできないわ、残念ながらね!ふ、ふふ!」


言った。ついに言ってやった!これが言いたかった!!鉄の処女に入れという彼をどうにかやりこめる理由を考えて考えて、ようやくそれを彼の口から言わせてやった!鉄の処女の使用方法が処女を入れるためだってね!


だけど、またしてもあたしは失念していた。彼がそんな口先に流されるような簡単なつくりをしているわけでもないということを。


彼はその美しい双眸を、楽しげにうっすらと細め、にぃっと口を上げたと思うと、まるで口付けをするかのようにあたしの口に艶やかな唇を近づけた。


「そうだね、ハニー。だってハニーの体は僕で切り刻まれて、僕の愛情と熱と精液でいっぱいで、毎日毎日そのきれいな体を僕のために捧げてくれるのだものね?」


彼の言葉にあたしの体中に一気に熱がかけ上る。


「な!ま、毎日じゃな、い・・・・っ!」


なんてことを言うんだ!そんな事実は断じてない!!だいたい精液とか生々しいこと言ってんじゃないわよ!!


彼はふふ、と笑うとあたしの目じりにたまった涙をぺろりとなめた。あまりに自然に行うものだから、あたしはびっくりしすぎてひくっと咽の奥を鳴らしてしまった。かわいい、と囁く彼の声が毒のようにあたしの脳をくらくらとさせる。けれどあたしはまだ負けるわけにはいかない。なんてったって自分の命がかかっているのだから!


「そ、そういうことじゃなくて、だから、あたしは鉄の処女には入れないのよ!だからダーリンがあたしを鉄の処女に入れたいという望みは叶えられそうにないわ、ごめんなさいね!」


必死で、本当に必死で彼から逃れて紡いだ言葉は掠れててとても情けないものだったけれど、なんとか最後まで言えた自分を褒めたい。それはもう盛大にね!


けれど、彼にとってはそんなあたしの姿がいちばん好きなわけで、あたしの怯えた表情が何よりの好物なわけで、つまりはもうあたしがどんなに頑張ったって無駄だってことだから、次に聞こえる彼の言葉は、


「ねぇ、ハニー?」


・・・ほら、ね。彼のこの問いかけが聞こえたら彼の一人勝ちが決定。勝利の女神はまたあたしの目の前を素通りしていった。なによ!一度くらいあたしの前で立ち止まってみなさいよ!


そんなあたしの女神への一方的な戦いを彼はいつも愉しそうに高いところから観戦して、最後にはその手にあたしの放りだした白旗を握って笑っている。


「僕はとっても嬉しいなぁ」


どうして?そんな問いかけをするだけ無駄だって分かってる。だからあたしはちっとも勝ちの見えない戦いをとっくの昔に投げだして、イライラしながら彼が握る自分の手を見つめた。昨日塗り替えたワインレッドのマニキュアは今までで一番綺麗に塗れているのに、彼の何も塗っていない爪の方がとても綺麗だった。


「君がそんなにも僕のことを愛してくれていたなんて」


彼はあたしと彼の指をからませた手を持ち上げて、その手にチュッと音をたててキスをした。


「処女じゃないから鉄の処女に入れない。それで僕が悲しむと思っていたんだね」


そういうことじゃない、そんなことじゃないのだ。ただあたしは、死ぬのが嫌で、彼のために死ぬのならいいけど、彼のせいで死ぬのは嫌で、だから、言いたいのは、ただ単純に鉄の処女に入るのが嫌ってだけで、それを言いたかっただけなのに、なのに!彼はあたしが言いたいことを本当は最初から分かってるのに、こうしてあたしにほんの少しの勝利を見せてあたしを一喜一憂させて、最後には容赦なく負けを告げるのだ。


あたしの大好きな少し低くてキャラメルアイスのような甘い声で。


「けれど大丈夫。確かにエリザベートは処女を入れてはいたけれど、別に処女って限定しているわけじゃないんだ。ただエリザベートが処女の生き血が欲しかったってだけで、本当は誰が入ったっていいんだよ?生娘でもそうじゃなくても、男でも女でも子供でも老人でも・・・・そう、もちろんハニーでもね?だから何も遠慮することはないんだ」


ああ、だめ。もうおしまい。あたしはまた自分から彼のもとに飛び込んでしまったのだ。飛んで火に入る夏の虫ってあたしのためにつくられた言葉だ。そうに違いない。だってそうじゃなきゃ、そんな言葉つかう時がないんだから。いつだってあたしが何をしてもうまく誘導されてしまって、最後にはほら、こうなるの。


「ねぇ、ハニー?」


飽和しきれなかった砂糖のように、それは甘い甘い誘惑の囁き。


「僕の望み、」


叶えてね?


キシリと音を立てたソファーが大きく弾み、あたしの上に覆いかぶさる彼の笑い声が遠くで揺れた。



ああ、誰か、

なんでも良いのです。

彼に勝つための方法を教えて下さい。



今回の教訓。

『疑問は疑問のままで終わらせとけ』




作中に出てきたマルグリッド・ド・ヴァロは別名『王妃マルゴ』。その肉体で男たちを狂わせた色狂いの王妃。ヨーロッパの悪女なのです。

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