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彼とあたしと、鉄の処女  作者: 瑞雨
彼とあたしと、出逢いの物語
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彼とあたしと、はじめての出逢い(5)


憧れの人を目の前にして、あたしの体はまるで蛇に睨まれた蛙のように、硬直してしまって、思考回路はショート寸前、なーんて美少女戦士のようなことしか頭に浮かばない。



あぁ、どうしよう。何話そう。あんなにも会いたかったのに、いざ会ってみると話せない。本当の本当にあたしは会う、いや一瞬でも見ることを望んでいただけだったから、こんなにも近くに彼がいると咽の奥が乾いて何も話せない。



あたしは手に持っていたタンブラーに入れた紅茶をゆっくりと傾けた。カラカラになっていた咽は潤せても、言葉はでてはこないけれど。



「それ、チャイ?」


「え、う、うん」



あたしは彼が話しかけたことや、あたしの飲み物を当てたことやら、何に驚いたのか分からないほど、おどおどと返事をした。どうしてチャイだと分かったのか、不思議だった。すると彼はそんなあたしの疑問を読み取ったのか、目を細めて笑った。



「香りが独特でしょ?ほら、シナモンの香り。好きなんだよね、チャイティ」


「ほんと!?あたしも大好きなの!」



突然のあたしの剣幕に彼は目を開き、驚いた表情をした。あたしはいきなり声を上げた自分が恥ずかしくて、タンブラーを両手で握ったまま顔を真っ赤にさせた。けれど、彼がチャイを好きだっていうことがとても嬉しくて、あたしは口元がにやけるのを抑えきれなかった。この独特な味を好きという人がいままで周りにはいなかったし、香りだけでそれがチャイだと当てたことも、彼と同じものを好きだと知ったことも、嬉しかった。



「うん、大好きだよ」



彼の言葉が紅茶のことを指しているなんて分かっているのに、あたしはまるで自分に言われたかのように恥ずかしくて、嬉しくて、泣きそうになった。



「嬉しいな」


彼ははじめて出逢ったあの日とは違って、たくさん話した。



「ほら、シナモンとか味が独特だし、苦手な人多いから、おんなじ嗜好の人見つけると嬉しいな。きっと僕たち似たもの同士、だね」



似た者同士。


きっとそうだと思った。今時のファッションに身を包むよりシンプルなものや自分に似合うものだけを着用するところも、集団の中では聞き手にまわることも、チャイが好きなことも。


ただそれだけだけど、それだけで充分だった。きっと他にもたくさん彼と似たところはあるだろうし、逆に全く正反対なところもあるだろう。けれど、あたしたちは、互いが互いに惹かれあうことを誰に言われることもなく確信していた。あたし達にはこれ以上の会話なんて必要なかったし、逆にくだらない会話が必要だった。


他人から見れば中学生同士のようなくだらない会話も彼と話すだけでまるで宇宙の真理を語っているかのような錯覚に陥った。ほんとおおげさだけどね。でもあたしにはそれくらい彼の話が魅力的だってこと。



彼はとても上手な聞き手ではあったけど、それ以上にとても上手な話し手でもあった。彼は意図して聞き手にまわるけれど、だからと言って話さないわけではなく、こうしてあたしと話す時はお喋りなくらい話してくれた。彼が何を話してもそれはあたしの脳にしっかりと焼きついたし、彼の話すことはあたしの脳に鮮明に映像として流れる。それくらい上手に話す。


だから、最初こそ緊張で口の開けなったあたしも、ゆっくりと優しく耳に入る彼の声に誘われて、彼らと別れる頃にはいつものあたしらしく話せるようになってはいたし、無理して笑ったり話を合わせて気疲れするようなこともなかった。そしてどちらともなく連絡先を交換したのは、あたしにとってまさに奇跡としか言いようのない出来事だったけれど、友人から言わせれば、それはつくられた偶然による必然、とのことだった。




「いかに『偶然』『奇跡』をそれらしく見せるのかが大事なんだよ。自らの手によって『作られた偶然』をいかに『偶然』『奇跡』『運命』と思わせるかが女の仕事。女は産声を上げた瞬間から女優って言うでしょ?女にとって生きることは舞台を駆け巡る女優と一緒!メイクしたりお洒落したり、口調や仕草を可愛くして、恋をする。ぜーんぶ女優としての役作りなのよ?さしずめあんたはデビューしたての新人女優ってとこね!」




さっさとあの男を落してきなさい、と茶目っけたっぷりに話す彼女たちはどんな女優よりも綺麗で堂々としていた。



「連絡先交換したんでしょ?こっからは自分でやんなさいよー?」

「そうそう、『偶然』なんてそう何度も作ってあげないよ」

「自分たちの『偶然』つくりで大変なんだから!」




こっからは自分の手で世界をつくらないといけない。



けれどそれはとても楽しくて幸せな舞台。


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