彼とあたしと、はじめての出逢い(4)
それからの彼女たちの行動といったら早かった。
あたしなんて何もせずとも、どんどんと話が進んだくらい。
と言うのもあたしは彼女たちから何も聞かされていなかったから、ただ以前と変わらず毎日をのんきに過ごしていただけだった。
そしてわずか5日が経ったところで、あたしはあんなにも『偶然』を望んだ彼ともう一度顔を合わせることとなる。あんなにも望んだ『偶然』は彼女たちの手にかかれば魔法のようにあっという間につくられた。あれやこれやと作られた『偶然』たる『懇親会』が前回と違うのは、これが彼らたちにとっては本当に偶然であるということ。
久しぶりに会った彼は以前と同じようなシンプルな格好で、飾り気のないシャツもスラリとしたパンツも彼を『彼らしく』包み込んでいた。そんな彼の表情は穏やかで、やっぱり彼女たちが言う『無表情』という言葉が理解できなかった。それはあたしが彼に恋をしているからだと彼女たちは言うけれどそうじゃないと思う。
彼は誰が見ても素敵なことに変わりはないのに、あたしには彼が敢えてそれを邪にしているようにしか思えなかった。それでもあたしには彼が微笑んでいるようにしか見えないのだからそれはやっぱり彼女たちの言う『恋の力』というものなのだろうか。恋は盲目、そんな言葉さえ受け入れてしまいそうになる。
以前と同じように男女が入り混じるように椅子に腰かけ(物おじしてしまうあたしを彼女たちは当然のように彼の隣になるように背をおしてくれた)、それぞれが授業のことや、バイトの話なんかを始める中、あたしはいつも通りそれを静観しているだけだった。
いや、いつも通りとは違うかもしれない。あたしが聞き手にまわるのはいつものことで、自ら話題をふるような立場にないことはいつもと同じだけれど、それは客観的なことで、主観的な感情はいつもとはまるで違っていた。彼女たちの話を聞く方が自分の話題よりもよっぽど楽しいと分かっているからいつもは必要以上自分のことを話すことはない。だけど今日はそうじゃない。話さない、のではなく、話せない、のだ。彼が傍にいると思うだけで心臓が大きな音をたてて壊れそうになる。時折唾液を飲み込む音がさらにあたしの心臓をはやし立てる。
ただ無言で座るあたしに気を使ってくれたのか、前回、許可もなくあたしの髪を触ってきた自己陶酔の強いお喋り男がまたあたしに話しかけてきたけれど、あたしはただ曖昧に笑って口を開くことはしなかった。あたしはこの男が苦手だ。なぜか受け入れられない。頭は真っ黄色でツンツンに立ってて、服はカラフルでなんだか奇抜。ひっきりなしに動く口からはつまらない話の連続。なんかメスに求愛する鳥みたい・・・・。うん、チキン男だ。
・・・なんか無理。鳥肌が・・・・。あぁ、全部が鳥づくし。当分鳥肉はいらない。
すると友人たちはあたしの拒絶の空気を読み取り、チキン男に声をかけてさりげなくあたしから遠ざけてくれる。
うわーん・・・!!ありがとう・・・っ!
自慢話と褒め言葉しか言わない男が離れたのを確認して、あたしはホッと息をついた。
「ふふ、」
隣から聞こえた笑い声に、あたしは一瞬幻聴でも聞こえたのかと思った。聞いたことのない音はあたしの耳をすべり、脳に話しかける。
「久しぶり、だね?」
「あ・・・・っ、」
聞き間違いかと思えたその声は確かに彼のもので、確かにあたしに向かっていた。
覚えてた・・・覚えてくれてた・・・っ!!!
歓喜が身体中を駆け巡る。彼があたしを覚えてくれていた。
だけど、だけどそれよりも、何よりも嬉しいのは、彼の声を聞けたこと。想像したとおり・・・いや、それ以上にその音は甘くとろけそうで、あたしは足元からぐにゃぐにゃと崩れそうな感覚になった。――――いや、実際にあたしはふらりと体を揺らしていた。
なんてことだろう・・・!どんな讃美歌にもかなわない美しき音色!!
あたしはまるで金槌で頭を殴られたかのように、ぐらぐらと揺れるのを感じた。すると彼は座っているにも関わらずふらふらと体を揺らすあたしの背にそっと手を伸ばし、あたしの体の揺れが収まるのを確認するとすぐに手を離した。それはあまりにさりげなく、一瞬のことなので誰も見てはいなかった。
「大丈夫?」
パーソナルスペースは十分にあるのに、まるで耳元で囁かれているかのような感覚に陥って、あたしは血が顔に集まるのを感じた。そんなあたしを見て彼はまた「ふふ、」と笑った。学生たちのざわめきは煩わしいほどに辺りを支配しているのに、まるで切り取ったかのように彼の小さな笑い声はあたしの鼓膜を振動させる。
「あ、あの。・・・ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
にっこりと笑う彼の顔はやっぱり綺麗で、あたしは彼がこの世を生きるものではないと言われても信じてしまうだろうと、そう思った。
「貧血?」
「い、いえ。そうじゃない、です。はい・・・」
しどろもどろに答えるあたしに彼はくすくすと楽しそうに笑う。やっぱり彼は無表情でも能面でもなかった。だってこんなにも優しく笑うんだから。
「ふふ、敬語じゃなくてもいいよ?」
同い年だよね?と言う彼に、あたしが戸惑いながら返事を返すと、彼は優しく笑って満足げに「うん」と頷いた。
彼と会話しているなんて、夢のようで、激しく打ち付ける心臓とは裏腹に、まったく動かない口にあたしはもうどうしたらいいのかまったく分からなかった。