彼とあたしと、はじめての出逢い(2)
『懇親会』という名の合コンがあったあの日から、彼に会うことはなかった。
『偶然』というものはそう簡単には起きることはなく、かといって、『偶然』を自ら作り出すには、あたしはとても幼く、そして成熟しすぎていた。あの頃のあたしは冷めていたわけではなかったけれど、どこか老熟していたところがあったから、何事に対しても積極的に動くことはなく、一歩引いたところで見守っていた。だから自分の恋に対しても客観的に見ているところがあって、友人たちのような恋に積極的な姿はとても眩しく、羨ましかった。
そんなあたしを『彼女』はやっぱり静かに見守っていてくれた。
彼女の存在がとても有難かった。
けれどある日、いつもは何も言わない彼女が言った一言が、あたしのすべてを変えてしまった。いつか彼の姿を見ることができればいいや、となんとも消極的な思考をもって毎日を過ごしていたあたしは、実はとても『偶然』に期待していたと知ったのは彼女のおかげだった。
「あのね」
「ん?」
「『偶然』なんてないんだよ?」
突然そう言った彼女にあたしはドキリとした。
あたしの家に泊まりに来ていた彼女は、クッションを抱きしめて、いつものほわほわとした口調ではなく、力強い有無を言わさないような、そんな瞳であたしの不安定な瞳を見つめた。
「『偶然』なんてないの。偶然なんて待ってても来ないよ?何人いると思ってるの?あの中で彼にもう一度会えるなんて本当にそう思ってる?違うでしょ?」
広い大学の敷地内で、学生が数千人もいる中で、彼を偶然目にすることができると思っているのか、学部も違う、カリキュラムも違う、サークルも違う。
待っているだけでは彼には会えないのだと、彼女はそう言った。
分かっていた。偶然なんてないのだと。
だって、もう3年と少し過ごしたあの大学で、彼に出逢ったことなどなかったのだ。
あの日が本当に初めてだったのだ。もしも、もしも彼をほんの一瞬でも目にしていたなら、あたしは間違いなく彼を覚えているはずなのだ。それほどあたしは彼のあの独特な雰囲気を欲していた。本当は待ってなどいないで会いにいきたかった。
けれど碌に恋などしたことのないあたしは、とても臆病で、あの集団の中にいた地味なあたしを彼が覚えているはずなどないと思うと、とても悲しかった。だから会いたいけれど、「知らない」と言われるのが怖くて、あたしは目をそらし、あるはずのない『偶然』に期待していた。
「『偶然』なんてないんだよ」
偶然などないと、そう言う彼女がとても恐ろしかった。だからあたしは彼女の直球な言葉と、彼に会うことができないことに対して畏怖し、涙がこぼれるのを止めることができなかった。
涙を流したのはもう随分と昔のことだったから、あたしは涙の流し方を忘れていたのかもしれない。ぼろぼろとおちてくる涙をどうしたらよいのか分からず、ただこぼれ落ちるままにしていた。すると彼女はふと今までの力強い瞳を柔らかいものに変え、またいつものほわほわとした彼女に戻ってあたしの頬に手を伸ばした。
「あのね、『偶然』はつくるものだよ?」
なんのためにあたし達がいるの、
そう言った彼女は悪戯げに笑みを浮かべて抱えていたクッションをあたしにおしつけた。
そして、いそいそと布団をかぶり、あたしに背を向けると「おやすみー」と言って眠ってしまった。あたしは彼女の優しさに涙を止めることができず、クッションに顔をおしつけて嗚咽をもらした。彼女はきっと起きていたけれど何も言わず、寝たふりをしたままだった。あたしは何度もありがとう、と呟いた。
泣きつかれたあたしの意識が落ちる前に「どういたしまして」と囁いた彼女の声はとても優しく、温かかった。