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彼とあたしと、鉄の処女  作者: 瑞雨
彼とあたしと、ささいな日常
14/24

彼とあたしと、復習



「ねぇ、今日は僕の大好きな鉄の処女の話をしようか」




コタツに入って、漫画よろしく籠に入ったミカンに手を伸ばしたところで、彼は突然こう言い放った。彼が突然何かを言い出すのはいつものことだけど、今日は彼のその台詞に首を傾げる他ない。


「え?鉄の処女って・・・・もう聞いたよ?」


そう、鉄の処女の話を彼は既にしているのだ。今更何を語ることがあるのだろうか。



『ねぇ、鉄の処女って知ってる?』



そう尋ねられた時のことはよく覚えている。鉄の処女が聖母マリアの形をしていることや、エリザベートが乙女の生き血を求めたこと。


血を求め娘達を次々と捕獲し、鉄の処女に入れていったエリザベートの姿は、彼の放つ声と物語のような語りの中で今でも鮮明にあたしの頭に描かれている。



もう聞いた、と答えたあたしに、彼は「あぁ、」とまるで難しい問題が解けたかのように爽やかに告げた。



「あれは鉄の処女を世に送ったエリザベート・バートリーの話であって、決して鉄の処女の話ではないんだ」



ふーん、とあたしは分かったような分からなかったような返事を返してミカンを剥く。ミカンのスジって栄養あるから食べた方がいいって言うけど、苦手な人多いよね。あたしは別に嫌いじゃないからそのまま食べても平気だけど、このスジを綺麗にとるのが快感だからあたしはスジを取る派かな。


うん、綺麗。


白いスジのなくなったミカンの粒を満足に眺めていると、彼はそれを横からかっさらって乾燥知らずのつやつやとした口に放り込んだ。



「あまい、」



ふふ、と笑う彼はまたあたしがミカンのスジを綺麗に取るのを待っている。あたしは今、スジを剥くのに勢力を尽くしているから彼があたしの剥いたミカンを食べたって特に怒りはしない。食べるよりも剥く方が好き。


彼はあたしがせっせとスジを取るのを待つ間の世間話として(決して世間で時間潰しに話されるような内容ではないからこれを世間話と称するのはおかしいかもしれない)彼の愛する『鉄の処女』の物語を語ってくれるようだ。



うん、誰も頼んでない。はは・・・。



あたしは彼の話を聞くまいと、ミカンに集中する。彼はそんなあたしの目論みを勿論読んでいるので、場所を移動してあたしを包み込むようにあたしの背後に座り、長い脚をコタツに入れた。背中が温かい。やばい、あたし今最強。コタツの唯一の弱点である背中の寒さを攻略。ぐふふー、コタツさん敗れたりー。あぁ、ダーリンあったかい・・・・。



彼の温かさにうっとりとしているあたしは彼が鉄の処女の話をしようとしていたことを一瞬で忘れてるんだからとんだ鳥頭だ。



「ふふ、じゃぁまずは復習ね?」


んん?復習?なんの?



「まずは鉄の処女の外観。これはもうハニーもよーく知ってると思うけれど、聖母マリアを模った鉄製もしくは木製の人形の形をしていて、閉じ込められるとその音は一切外には出ないようになっている。そして左右に開く扉を開くと、内部には複数の長い釘があり、扉を閉めると中にいる人に突き刺さるようになっている」



覚えてる?と問う彼だけど、これを忘れるはずもなく、というか忘れられない。忘れてたら・・・・。いやいや、考えちゃだめだ。忘れてた時のことなんて考えるだけで・・・ぅう。



俯いてミカンのスジを必死で取るふりをしながら、動揺を隠すように頷くと、彼はくすくすと笑ってスジの取りきれていないミカンをあたしの手から奪って口に入れた。



「じゃぁ、ここからは新しい話。実はね、その釘っていうのは急所を避けて刺さるように設計されていて、内部に閉じ込められた人はすぐには死ねないようになっているんだ。つまり徐々に失血して絶命するってことだから、相当な苦痛を味わったんじゃないかなぁ」



無数の棘に刺されるってだけで目を瞑りたくなるのに、すぐに死ねないなんて、なんてひどい・・・。



ん?拷問だからひどくていいのか。



・・・・いやいやいや!!拷問自体が問題。拷問にいいも悪いもないよ、騙されないであたし!



「ずーっと痛い思いするの?ていうかいつ死ねるの?」



あたしの疑問に彼は「んー、」と思案し、お茶を一飲み。コクリと鳴る音になぜかドキリとした。彼の一挙一動は全て色っぽい。



「というか痛みは徐々に麻痺してくると思うんだ。そりゃ痛いとは思うけれど、釘で刺されている痛みよりも血を失っていくことで体中が冷え、頭はぼーっとし、閉所、暗所に閉じ込められ、ずっと立ちっぱなしの脚は自らの力で立ち続けることができないほど弱る。けれど座ることはできない。自分が一体何をしているのか、何をされているのかも分からなくなってくる。こんな苦痛を味わうくらいならひと思いに首を刎ねてくれと懇願したくなるほどの『痛み』」




想像する。体がやっと入るくらいの冷たい箱。穏やかに微笑む聖母マリアに誘われるかのように暗闇にその体を押し込め、まるで子供を抱きしめるかのようにその扉は閉められる。徐々に明るさが消え、その光がわずかなものとなった時、内部に取り付けられた無数の針が迫ってくる。


アッと思う間もなくその針は己の体に容赦なく穴を空け、身動きをとることも叶わず、それを受け入れることしかできない。一瞬でその命がなくなればよいものを、それは巧妙に急所を避け、ただただ血を失うことのみに働く。脚が棒のようになっても座ることもできず、真っ暗で狭い空間にただ一人。


外の音が聞こえないばかりか、内部の音さえ外に一切漏れないというこの箱の中で自分があげる恐怖と苦痛の声が耳を伝い、頭に反響し、声は枯れ、水分は干上がる。いっそ気を失えたらどんなに良いか。けれど体中を覆う痛みがそれを許されない。



「い、痛いのはや・・・っ」



想像するだけで悶絶ものの痛みに、体中を寒さが襲う。ぶるりと肩を揺らし、思わず出た言葉に彼は一瞬目を開いたと思ったら、目を三日月のように細めてにぃっと笑った。



「ふふ、ハニーには何もしないよ?」



今日はね。



ふふふ、と妖艶に笑う声がさっきとは違う寒さをあたしに与える。



「あぁ、それともなぁに?本当は痛いのが良いっていう裏返し?」



彼はそう言うと、あたしの首筋を赤い唇できゅっと吸い上げて、あたしに小さな痛みを与える。



痛いのやだって言ってんのに!



「ま、今日はやめといてあげる」



一生しなくてもいいよ。



そんなことを胸中で思いながらも、なんだかどっと疲れたあたしはそれを声に出すことはせず、小さく息をついた。彼はそんなあたしにお構いなしに、あたしの肩に顎を載せたまま会話を続ける。



「鉄の処女はドイツ、イギリス、スイス、イタリア、チェコ、オーストリア、オランダ、日本の博物館に保存されているんだけど、その現存するどれもが模造品、改造品、複製品で、オリジナルではないんだ」



鉄の処女って一つだけじゃないんだね。あたしは鉄の処女がいろんな国に保存されてるということにびっくりした。一番びっくりしたのは日本にもあるってこと。鉄の処女ってヨーロッパのイメージが強いから(ほら、聖母マリアを模ってるし)、日本ってなんか似つかわしくない気がする。イギリスはイメージ通り。バズビーズチェアとかあるし。時代違うけどね。



「そもそも鉄の処女というものは空想のものではないかと言われているんだ。なぜなら鉄の処女を記述した公的な資料や記録はなく、19世紀のロマン小説や風聞に基づくものばかりだから」



え?そうなの?それってとっても不思議。だって資料とか記録がないのにこんなにも世に広まってて、すごく有名なのに実は空想のものって。なんかドラゴンとか妖精とかファンタジーの類と一緒みたい。え?なんか違う?でも一種の伝説みたいなものだし・・・。


そう考えてると彼はあたしの『伝説』という言葉を肯定するかのようにうん、と一つ頷いた。



「展示されているものも再現品だからハニーの言うとおり、もはや伝説とされているんだ。けれどオリジナルがないのかと言えば、そうでもないし、あったとも断言できない。なぜなら19世紀に造られたものは空襲で焼失しているからね。誰も見てないし、文献がないからそもそも真実を知る人はいないんだ。だから『中世のオリジナル』は存在していない、と言ったところかな」



へぇ。なんか鉄の処女って不思議がいっぱいだねぇ。


・・・あ、みかん忘れてた。あたしは中途半端に向かれたみかんをきれいにして、口に放り込んだ。んん、すっぱい。なんであたしが食べるとすっぱいんだろ・・・。きゅっと口を閉めてみかんの酸っぱさに目を細めていると、後ろから彼が手を出して、新しくみかんの皮をむいた。鮮やかなオレンジ色をしたみかんはどの粒もほとんど均等で、つやつやしている。連なる粒の中から一粒とり、きれいに筋をとると、「あーん」と声を発した。彼の声に合わせて口を開けると小さな粒が口に収納された。


わわ、甘い!!



「なんでダーリンの時だけ甘いのさ」



なんてわざとらしく拗ねて見せると、彼はくすくすと可笑しげに笑って、またみかんを口にいれてくれる。ちぇ、次からはダーリンにみかんむいてもらお。



「鉄の処女の元となったものは、『恥辱の樽』というものでこれは処女のマントとも言われるんだけど、当時あった恥辱の刑に使われたものなんだ。樽に受刑者を入れて、頭と足だけを出して市内の広場に立たされる。鉄の処女はこの恥辱の樽の内側に鉄の針をつけ、頭部を覆うようにしたものなんだ」



想像するその姿は、なんというかとても奇妙なもので、身体的な苦痛は少ないものの、精神的苦痛は大きい。



「聖母マリアの頭部がついたものは、ディートリッヒ男爵がフランス革命時にニュルンベルクから購入して修復改造したもので、男爵がオーストリアで『恥辱の樽』に、17世紀にヴェネツィアで流行したマリア像の頭部と針をつけたとされている。現存しているものはどれも恥辱の樽を元に作られていて、鉄の処女伝説は根拠のないフィクション、とされているんだ。理由の一つとしてキリスト教徒である拷問執行者らが、彼らの崇拝対象である聖母マリアを拷問道具の意匠に用いること自体がそもそもあり得ないというのもあるけどね」



だけど、まるで聖母マリアのような『彼女』に抱きしめられながら眠るのならば、彼らはそれを崇高してやまなかったのかもしれない。



「でもさ、ハニー」



ふわりと笑う彼の唇は薄く色づいていて瑞々しく光る。柔らかく、そして弾力のあるマシュマロのようなそれに目を奪われた。





「それが本物かどうかなんてどうでもいいと思わない?」





優しく優しくあたしを抱きしめる彼の体が熱を放つ。手は冷たいのに、彼自身は熱を帯びて、あたしに伝染する。




「レプリカであろうとなかろうと、『鉄の処女』と呼ばれるものは確かにこの世に存在しているんだ。エリザベート・バートリーが乙女の生き血を浴びるために作っていなかったとしても、鉄の処女は間違いなくあるんだ」




ツプリと音を立てながらあたしの中に入る彼の言葉があたしをとろとろに溶かす。はぁ、っと思わずもれた自分の息の音が、きゅうっとお腹をしめつける。あつい、あつい、・・・あつい。


焦点の定まらないあたしの半開きの口の中に彼は果汁のついた指を入れた。




「例え偽物だったとしても、『鉄の処女』は血がほしくてほしくてたまらないはずだよ?なのに使用もされないで己自身が晒し物になっている。もともとは人を晒すために生まれたのに。きっと飢えていると思うんだ」





だからね、ハニー、





ねっとりとした声があたしのナカをかき乱す。みかんの汁で黄色く染まった彼の指先があたしの口内をぐちゃぐちゃに侵して、苦しい。みかんの甘酸っぱさと苦さを含んだ指はゆっくりとあたしの舌を動かし続ける。次々と溢れる唾液を飲みこむこともできなくて、唇の端から零れて胸元にツーっと落ちた。慌ててぺろりと舌で追いかけたけれど、それは唾液ではなくて彼の指をざらりと撫でた。


彼はあたしの口から指を抜き取り、あたしの唾液のついた指を美味しそうに舐めた後、胸元を伝うみかん色の唾液をちゅっと音をたてて吸い上げた。そして熱に侵された瞳であたしの耳に声を吹き込む。




「ハニーが入るべきだと思うんだ。何百人、何千人の血を浴びるより、ハニーの血を浴びる方が『彼女』もきっと喜ぶはずだよ?」




悦ぶのは彼女ではなくてダーリンでしょ、


悪態は彼の唇に塞がれて、口の中に閉じ込められてしまう。





「でもハニーが彼女の中に入る前に、まずは僕が君のナカに入ってあげるね?」





そう言って彼は唾液で濡れた胸元にそっと唇を近づけた。





あぁ、こうして今日も彼の言葉に溺れていく。





今回の教訓。

『なんてったって鉄の処女』






やっと完成しました。

随分前から書いてて8割がたでき上がってって、会話だけでいうと全部完成してたのに、会話の間の描写ができてなくて放置してたのを、やっと今日完成させました。

なんだか最後の方エロい・・。いや、目の肥えた方にとってはまったくでしょうが、『鉄の処女』シリーズの中では・・・はい。

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