『絶対時間少女』【短編・ミステリ】
『絶対時間少女』作:山田文公社
「人にはそれぞれの運命がある。それは誰にも左右されない道といえばいいのだろうか、ここにいる少女もその一人だ。神に寵愛を受けたのか、はたまた悪魔のもたらす力なのか、それは誰にもわからない。けれどそれは少女にもわからない事だったが、少女はその力を自分の信じる正しい事の為に使おうと信じている。これはそんなとある少女の物語である…」
テーブルに無精髭を蓄え、頭は寝癖だらけの寝間着姿の男が、テーブルに肘をつきながら男の目の前で学校へといく準備をしている、制服姿の女の後ろ姿を眺めながら口を開いていた。
「朝からナレーションご苦労様、兄貴今日は予備校休み?」
女は鞄の中身を確認をすませてから振り返り、テーブル肘をかけている兄貴と呼ばれる男…兄へと尋ねた。
「あ、うん、それは今日は休みになった」
どう考えてもそれは嘘なのだが、兄貴と呼ばれたは棒読みで平然と言った。
「またどうせサボるきでしょ?」
女、おそらくは妹は腰に手を当てながら、首を少し右側に傾げながら嘘を見破る。
「サボるとはサボータージュという言葉の略称だと知っているのかね?」
話しをはぐらかす為に、関係ない事の解説を始めようとしたが、
「はいはい講義はいいから…それで兄貴何かわかった?」
長年のつきあいからだろうか、すぐさま次の質問に変わった。
「昨日徹夜で事例を探して見たがさすがに先生にもわからなかったようだ」
「なに、徹夜で検索して成果なかったの?」
兄はテーブルの上で土下座するように頭をさげた。
「すまん」
「とにかく…続きは学校から帰ったら、じゃ兄貴行ってくる!」
「気をつけろ妹よ」
「はーい」
その後ろ姿を見つめながら兄はテーブルの下から印刷された資料がはさまれたクリアファイルを取り出す。
「不可逆性時間の絶対性か…」
兄はその手元の論文のタイトルを読んだ。書かれている内容は簡単に言えば、時間は戻らないという事を真面目に当たり前の事象を並べて書かれているのだが、ある時間場に置いては時間は不可逆では無くなると書かれているのだ。それは宇宙創生にあたる時間…つまり『絶対時間』なのだ。今それを再現しようとしても互いの量子の反発力を纏められず自壊してしまう、しかし時間や空間という概念が無ければ、これらは活動せずに収まるというのだ。
「成果は実はあるけども、あいつの頭じゃ理解できないないようだしな、俺も上手く説明出来んし、まぁでも“絶対時間”っての洒落てるな」
そういい一人で笑った。
絶対時間…すなわち静止時間である。アブソリュートゼロタイムでは全ての物質の活動は停止する。すなわち時を止める事なのだ。なぜこれに気づいたのかは、時間を遡ること三日前、この兄と妹が廊下の事件がきっかけになっている。
「すまん妹よ、兄を通してくれないか?」
「ちょっと、なんでお盆にジュースを乗せて持ってくるの?」
さすがに一軒家でも廊下で人がふたり通れるほどの廊下は広くなく、ジュースを乗せたお盆を片手にしている兄と段ボールを抱えた妹が廊下で互いに道を譲らない状態になった時だった。
「ウェイターの練習だ」
「なに兄貴バイトでもするの?」
「いや気分的な雰囲気作りだな」
「馬鹿じゃないの?!」
「そう冷たく言うな、経験は何事も生きるのじゃよ」
「どうでもいいから、ちょっと通してよ」
「いやこの状態で後退できる程、俺もだな、器用じゃないのだよ」
「これ重いんだから」
「俺もそろそろ手首が限界だ」
「早くバックして!」
「わかったちょっと待てよ」
そう言いゆっくりと兄はお盆を片手に後退するが、足がもつれて転倒しそうになった時、事件は起こった。
「兄貴危ない!」
妹の声が響いた瞬間に、周囲の風景が一変したのだった。
「え?何これ…」
耳鳴りがする中で、まず手に抱えた段ボールを地面に置こうとしたのだが、動く気配がない。ゆっくりそっと段ボールから手を離すと、空中で静止しているのだ。
「どういうこと?」
妹は段ボールから手を離して、転倒しそうな兄の元へと近付いた。お盆は空中に投げ出され、兄は後ろの階段へと落ちかける途中で静止しているのだ。とにかく落ちないようにする必要があるから、力を込めて兄の手を引っ張った。異常な重さを感じながらも引っ張ると少しずつ移動した。ついでにお盆とジュースも回収した。全部終わる頃には疲れて床に座り込んでいた。
「どうにかはなったけど…」
兄は転倒しない場所まで動かせたし、先ほどのお盆とジュースは床に置けた。段ボールも下に思いっきり押して床へと置いた。しかし世界は静止したまま動く様子がなかった。
「もういいでしょ」
どれだけ静止したのかわからないが、耳鳴りが弱くなり始めて消える頃には、再び時間は動きだしていた。
「うあああ、ってあれ?」
ばたばたして兄は何事起きたか理解できない様子で辺りをきょろきょろと伺ってから、妹の顔を見て言った。
「いま俺…こけたよな?」
妹は座りこんだままで頷いた。
「妹よ、何があった?」
「話せばなんだか長くなりそう…」
そういいながら妹は兄に先ほどおきた超常現象を話し始めた。
「つまり、時間が止まったわけだな」
「ほかにどういう説明がつくの?」
「なるほど、そうか…にわかに信じ難いが現に俺の記憶は間違ってない、転倒したのは事実だしな」
「でしょ?」
「よし、同様の事例を調べてみるか…」
そう言い兄は先ほどのお盆を持って自室へと入って、パソコンで調べ始めるのだった。
小一時間後、兄は妹の部屋に調べた情報を印刷した紙を片手に、世界各地での同様の事例を説明した。
「と、時間が止まったとしか思えない事例が世界各地にあるようだ」
兄は資料を片手にして、語る。
「ふぅーん」
「まさに天の道に選ばれたのだよ、妹よ」
兄は妹の肩に手を置いてもう一方の手で天を指さした。
「いや、別にそういうのに興味ないし」
そう言い妹は肩に置かれた兄の手をどけた。
「そうか、使いようによっては世界を手に出来るぞ」
「自由に使えればね」
「そうだな、能力の発動条件が不明だな」
「日本語で喋ってよね」
「つまり、時を止める能力がどういった時に使えるか…だ」
「…兄貴を助けようとした時だから、つまりは人助けの時とかでしょ?」
「もっともだな」
「じゃあ私用では使えないって事じゃない」
「ふむ」
「それに気味が悪い…」
少しおびえた様子で妹は言った。
「じゃあもし自由に使えたら?」
「…うーん」
妹は腕を組んで考えだした。
「人助けにつかう…かな」
「そうか、まぁ他に何かわかるかも知れないからもう少し調べてみるよ」
「サンキュ兄貴」
「おおう」
少し照れた様子で兄は立ち上がり自室へと戻るのだった。
そして翌日、またもや試すかのように事件は起きたのだ。
「兄貴起きてる?」
兄の部屋の扉を叩く妹は焦っている。
「今、ムフフな画像を閲覧中だ」
「冗談はいいから、ちょっと来て!」
「わかった」
廊下の明かりも消えてるなか妹は慌てた様子だった。
「ねぇ匂いしない?」
「なんのだ?」
「何か燃えてる匂い」
「言われてみれば…うん」
そういいふたりで玄関を出ると、五軒ほど先の家の庭先から煙が上がっていた。
「兄貴火事!」
「まずいな、妹よ近所の人を起こして回るのだ!俺は消防署に電話する」
「わかった兄貴」
妹は近所の家の呼び鈴を押して状況を説明してまわり、兄は消防署に連絡して火元のある家へと向かった。どうやら火元の家にも引火して家が燃え始めていた。
兄は燃えている家の玄関を叩いた。すると家から寝間着姿の男の人が出てきた。
「何事だね」
「お宅の庭!燃えてます!」
「ええっ?」
そう言い中年の男性が見ると驚いてその場に座りこんだ。
「おい!家が家が燃えてるぞ!」
「どうしたの?あなた」
中年男性の奥様と思わしき方が夜を切り裂くような悲鳴を上げた。
「消防車!火事」
「ここに来る前に呼びました、早く逃げて!」
兄は男性と抱えて通りへと支えながら歩いていくと、後ろから奥様が慌てた様子で燃えてる場所を指さして叫びました。
「あそこに子供がいるの!」
そう言い再び家に向かう奥様は中年男性が静止した。
「危ないやめろ」
もみ合うなか、妹が走ってやってきた。
「家の人は全員逃げられたの?!」
「中に子供いるらしい」
「マジで?」
「妹よ、今こそ使うのだ」
「冗談言ってないで、助けなきゃ!」
そう言って妹は燃え広がり始めた家へと走って行った。兄の静止しようと追いかけたが、近所の人に止められた。
家の中は既に火の海だった。二階の階段はまだ火の手がまわって無かったので駆け上がっていくと、突然轟音がして燃えた柱が頭上へと降ってきた瞬間に、あの耳鳴りがして世界の色が変わった。
「嘘…また?」
妹は時間の止まった空間で子供を捜した。案外とすぐにみつかりベビーベットから赤子を抱えた、案外重たいが気にせずに玄関まで来た。兄がものすごい形相で近所の人に押さえられていた。それを見て妹は呟いた。
「ゴメンね兄貴心配かけて」
妹はそう言い兄へと頭を下げた。
「さて、また動くまで待ちますか」
そう言ってのんびりとまた時間が動くまで待つ事にした。次第に耳鳴りが小さくなり消える頃に再び時間が動き始めた。
「離せ!中に美穂がいるんだ!」
兄が怒鳴って暴れている。
そこへ突然人が現れたので、誰もが唖然としていた。
「美穂!大丈夫か?」
「心配かけてゴメン兄貴」
「馬鹿野郎」
そう言い兄は妹…美穂から顔を背けた。
「でもほら助けれたしさ」
そう言って妹は手にした赤子を親へと手渡した。口々に美穂へとお礼を口にした。そこへ消防車が到着し消化を始めた。
「その…なんだ妹よ良くやった」
少し照れた様子で兄は美穂へと言い頭を撫でた。
「発動条件わかったよ」
撫でる手をどかしながら美穂は言った。
「うん?」
「ほら、能力の!」
「ああ…」
「危ないって思った瞬間みたい」
「…そう、か」
そう言い腕を組んだ兄は少し考えた様子の後言った。
「もしかしたしたら人為的に止める事が出来るかもな」
「え?」
「よし、明日実験するか」
そう言い後日公園で兄と美穂はいた。
「よし、まずはコレを飲んでもらおう」
「何これ?」
「薬学部の人間から回して貰った、低処方のアドレナリンだ」
「なにそれ?」
「つまりだな、時間を止める条件が危機的状況であるという事と耳鳴りの件を組み合わせて考えてみたんだよ」
「だからアドレ…この薬となんの関係があるの?」
「昨日危機的状況って言ったよな」
「うん」
「その後止まっている間の状態を聞いて確信したんだよ」
「だから…?」
「つまり危機的状態とは極度な興奮状態にある訳だ、そこで人為的に興奮状態にする薬を飲むと」
「時が止まるって訳?」
「そうだ」
「でも害とかない?」
「いやアドレナリンは元々体内にあるからな問題ない」
「…」
「こらこら、兄をそんな疑いの眼差しで見るな」
「冗談よ」
そう言い美穂は兄の手から薬を取って、口へ含み飲み込んだ。
「何ともないけど?」
美穂は兄の顔を見て言った。
「口径薬だからな、そんな即効性はないぞ」
「じゃあどれぐらいで効果が現れるの?」
「大体8分程度だ」
「そんなに?」
美穂は眉をひそめて声を上げた。
「静脈注射なら速効だけどな」
「注射は良い」
そう言って美穂は首を振った。
それからしばらくすると耳鳴りの前兆のようなものが現れた。
「時間だな…どうだ、妹よ?」
兄は時計を身ながら美穂へとたずねた。
「うん、なんだか耳鳴りがしてきた」
どの瞬間かはわからないけど、耳鳴りが強くなり視界に映る全ての色が変わった。時が止まった。
「やるじゃん兄貴」
微動だにしなくなった兄へ美穂が告げ、美穂は辺りを見回してから周囲へ散歩する事にした。町中の全ての人や車や自転車が止まっていた。異様な光景だった。
「本当に止まっているんだ」
なかば感心しながら、動かなくなった人をまじまじと見つめて、通行中のサラリーマンのおでこを叩いたりして笑いながら辺りをまわって帰ってきた。どれぐらい止まっているんだろう?そんな疑問を美穂は思いながら、動かない兄の前で待つ事にした。
「しかし速効性はあるぞ」
兄は先からの続きの話しをしているのだが、美穂はその間散歩をして話しがとぎれた状態だったから反応出来ずに聞き返して言った。
「何の話し?」
「だから薬の話だ、ってもしかして止まっていたのか?」
「うん」
「そうか…やはりアドレナリンが作用していたのか」
「そうみたい」
「他には何かわかった事はないか?」
「特には…そうだ、止まってる時間とかわからないかな?」
「時間が止まってるのに時間を計れと?」
「うん」
「妹よ兄は凡才なのだぞ、それにわかっても目安に出来るものがないだろうが」
「たしかにそうだね」
「まぁ調べてはみるが…な」
兄は遠い目をして腕を組んで言った。
それが冒頭の前日の話であった。この後に色々と美穂と兄は事件へと巻き込まれるのだが、それはまた別の話。
人にはそれぞれの運命がある。それは誰にも左右されない道といえばいいのだろうか、ここにいる少女もその一人だ。神に寵愛を受けたのか、はたまた悪魔のもたらす力なのか、それは誰にもわからない。けれどそれは少女にもわからない事だったが、少女はその力を自分の信じる正しい事の為に使おうと信じている。これはそんなとある少女とその兄の物語である。
お読み頂きありがとうございました。