俺(勇者)のパーティーメンバーの厨二病が“ホンモノ”だった
「ククク……我が右腕に宿る黒炎が、この禍々しき世界の気配に共鳴して疼きよるわ……!」
異世界に召喚されてから半年。魔王城の目前まで迫った薄暗い荒野で、その男――タカシは、右腕にぐるぐると巻き付けられた安物の包帯を押さえながら、いつものように天を仰いでいた。
俺たち4人が、高校の教室からこの異世界へと突然召喚されたのは半年前のことだ。
『勇者』の適性を示し、聖剣を授かった俺。
クラスのマドンナであり、規格外の神聖魔力を開花させた『聖女』の神崎。
剣道部エースの実力をそのままチート級の身体能力へと昇華させた『戦士』のケンジ。
俺たち3人は、元の世界へ帰るという目的のため、瞬く間に人類の希望となった。
だが、最後の1人であるタカシだけは違った。女神が告げた彼のステータスは、どこをどう見ても完全な『平民』。魔力はゼロ、スキルもなし。この世界における最低最弱の存在だった。
それなのに、タカシは現代にいた頃からの重度の厨二病をこじらせたまま、この危険な旅に付いてこようとした。
「お前は街に残れ! 死にに行くようなもんだ!」と、ケンジが胸ぐらを掴んで止めたこともあった。
だがタカシは「断る。光の住人たるお前たちだけでは、世界の深淵には抗えん」と不敵に笑い、何度置いていこうとしても、なぜか俺たちの前に先回りして付いてきたのだ。
「仕方ないよ。タカシくん、普段はちょっと痛いけど、本当はすごく良い奴だし……私たちが守ろう?」
神崎のその言葉が、俺たちの共通認識になった。タカシは戦闘中、何もしない。いや、何もできない。前線で俺やケンジが血を流している間、後ろで「フッ、奴は魔王軍でも最弱の部類……」とか何とか呟いているだけだ。
厨二病はもうやめようとも言った。だがタカシは「俺はホンモノだ……故に我が変わることはない」と拒否されてしまった
それでも、夜営の時には進んで薪を拾い、料理を作り、俺たちの体調を人一倍気遣ってくれる優しい男だった。だからこそ、俺たちは命がけでこの『無能な親友』を守り抜き、ついにここまで辿り着いた。
「おいタカシ、前髪で片目を隠してると足元が見えなくて危ないぞ。」
「フッ……我が邪気眼が捉える未来は、常に一つ。案ずるな、勇者よ」
俺はため息をつきながら、愛すべきお荷物の背中を押し、魔王城の重厚な扉を開け放った。
♢♢♢
「よくぞ来たな、虫ケラども」
玉座に鎮座していたのは、圧倒的な絶望そのものだった。
魔王……放たれる濃密な殺気だけで、肌がピリピリと焼け付くように痛む。
「みんな、いくぞ!」
俺の号令とともに、最終決戦の火蓋が切って落とされた。
しかし、敵の強さはこれまでの魔族とは次元が違った。ケンジが電光石火の踏み込みで大剣を振るうが、魔王は指先一つでそれを弾き飛ばす。
「ガハッ……!?」
一撃で壁まで吹き飛ばされ、血を吐くケンジ。
「ケンジくん! ――大いなる光よ、癒やしを!」
神崎が必死に回復魔法を唱えるが、魔王が放った漆黒の魔弾が彼女の結界を容易く粉砕した。衝撃波で神崎が地面に倒れ伏す。
「くそおおおッ!」
俺は聖剣を強く握り締め、全魔力を注ぎ込んで斬りかかった。まばゆい光の刃が魔王に迫る。だが、魔王は冷笑を浮かべたまま、その刃を素手で受け止めた。パキィン、と高い音を立てて、人類の希望であるはずの聖剣が半ばから折れる。
「終わりだ、勇者。お前たち力なぞ、我が魔力の前には無力」
腹部への強烈な蹴りを受け、俺は地面を転がった。全身の骨がきしみ、視界が赤く染まる。
折れた聖剣。動けないケンジ。意識が朦朧としている神崎。
……終わった。勝てない。俺たちはここで死ぬんだ。
「……はぁ、お前らは本当に仕方がないな」
ボロボロになった俺たちの前に、一歩、歩み出る影があった。
タカシだった。
彼はいつもと変わらない、どこか緊張感のない足取りで、俺と魔王の間に立った。
「タカシ……!? 駄目だ、逃げろ! お前じゃ、そいつには……!」
俺は血を吐きながら必死に声を絞り出す。だが、タカシは振り返らない。
「やれやれ……。これだから光の住人は世話が焼ける。少し目を離せば、すぐにこれだ」
タカシはそう言って、自嘲気味に笑った
「ふん、魔力を持たぬ家畜が、何の真似だ?」
魔王が不快そうに目を細め、タカシに向けて無造作に死の魔弾を放つ。当たれば一瞬で肉体が消滅する一撃。
「タカシ――ッ!!」
俺が絶叫した、その瞬間だった。
タカシが、右腕の包帯をぷつりと引きちぎった。
――ズゥン。
世界が、激しく震えた。
魔王城の空間そのものが、まるで巨人に踏みつぶされたかのようにパキパキと音を立てて歪み始める。
「な……!? なんだ、この圧は……!? 魔力ではない……これはいったい……!?」
魔王の顔から余裕が消え、驚愕に染まる。彼が放った死の魔弾は、タカシに届く遥か手前で、空間の歪みに巻き込まれて霧のように霧散した。
「この世界の『魔力』とかいうチャチな力ごときでは……やはり、我が身に封印されし力には抗えんらしいな………。」
タカシの右腕から、ドス黒い、だが不思議なほどに澄んだ『炎』が噴き出した。それはこの異世界のどの魔法とも違う。
ステータスという枠組みに収まるはずのない、地球の歴史の裏側で連綿と受け継がれてきた、絶対的な【退魔の力】。
この世界のシステムに彼の力を入れ込むスペースなど、最初から存在しなかったのだ。だから彼は『平民』だった。ただ、それだけのこと。
「神話の時代より伝わりし我が一族の業……今ここで、その身に焼き付けるがいい」
タカシが静かに右手を掲げる。その瞬間、魔王城の天井を突き破り、夜空さえも塗りつぶすほどの巨大な黒炎の渦が巻き起こった。世界が彼の力に恐怖し、悲鳴を上げているかのようだった。
「バ、バカな……! 人間が、これほどの力を……! お前は何者だァァッ!」
怯え、叫ぶ魔王に向かって、タカシは冷酷に、そしてこの上なく楽しそうに、いつものセリフを紡ぐ。
「――爆散せよ。『ダークフレイム・ディザスター』」
タカシが手を振り下ろした瞬間、黒い業火が魔王を呑み込んだ。叫び声を上げる暇さえ与えず、世界を滅ぼしかねないはずの魔王の肉体が、因果ごと消滅していく。光すら吸い込む圧倒的な黒炎は、魔王の存在を完全に消し去った後、嘘のように静かに消えた。
♢♢♢
静寂が、戦場を支配していた。
魔王城の奥の間は、半分以上が跡形もなく消し飛び、美しい星空が露出している。
俺は、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
起き上がったケンジも、目を丸くした神崎も、完全にフリーズしている。
「え……?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
「え……? タカシ、お前……平民だよね? 魔法……っていうか、今のみたいな魔法、……え? 何それ……!?」
ケンジがガタガタと震えながらタカシを指差す。神崎も「タカシくん……本当に、タカシくん……?」と混乱の極みに達している。
そんな俺たちの視線を一身に浴びながら、タカシは懐から新しい包帯を取り出すと、手慣れた手つきで再び右腕にぐるぐると巻き始めた。
そして、前髪をサラリと揺らし、いつものように不敵で、どこか楽しげな笑みを浮かべて俺たちを振り返る。
「――だから言っただろ?」
タカシは包帯を結び終えると、親指で自分を指差した。
「『ホンモノ』だって」
(完)
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