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『感情のない人形』と婚約破棄された私ですが、氷の公爵様には『大好き!』という心の声がダダ漏れだったようです〜冤罪をかけられた瞬間に旦那様の溺愛が爆発しました〜

作者: 夢見叶

「お姉様、いい加減になさってくださいな!」


 王宮の大広間。きらびやかなシャンデリアの下、扇を打ち付ける甲高い音が響き渡る。

 音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。

 その中心に立っているのは、私、リリアナ・ベルローズだ。


「……」


 私は何も言わない。いや、言えないのだ。

 幼い頃に受けた『感情封じの呪い』のせいで、私の顔の筋肉は岩のように固まり、喉は恐怖を感じると瞬時に凍りつく。

 端から見れば、何を言われても眉一つ動かさない不気味な女に見えるだろう。


「何とか仰ったらどうなんですの? この『人形令嬢』が!」


 ピンクブロンドの髪を揺らし、勝ち誇ったように叫ぶのは義妹のマリエルだ。

 彼女は私の婚約者である、アレクシス・ドラグノフ公爵の腕に、これ見よがしにしがみついている。


「アレクシス様も、こんな冷たい女、もううんざりですよね? 家ではお父様もお母様も、お姉様の不気味さに怯えているんですのよ」


 マリエルが甘ったるい声で、アレクシス様を見上げる。

 黒髪に切れ長の瞳、全身から冷気を漂わせる『氷の公爵』アレクシス様。

 彼は無表情のまま、腕に絡みつくマリエルを見下ろし、そして私へと視線を移した。


 氷のような青い瞳と、目が合う。


「……リリアナ」

「……」


 名前を呼ばれても、私は返事すらできない。

 無礼だと思われても仕方がない。

 ああ、終わった。

 今日こそ、婚約破棄される。


(ああああああ! アレクシス様! 申し訳ありません、こんな可愛げのない女で!)

(でも、近くで見るとますます素敵! その冷ややかな目で見下されるとゾクゾクします! 黒の礼服が似合いすぎて直視できない!)

(マリエルなんかに触られて可哀想に……私が代わって差し上げたいけど、私なんかが触れたら国宝が汚れてしまうわ……!)

(大好きです、愛しています! 捨てられるのは辛いけれど、貴方様の幸せが第一ですもの……うっうっ……)


 心の中ではこれほど絶叫しているのに、私の顔は能面そのものだ。

 涙一滴、流すことができない。


 すると、不意にアレクシス様が口元を手で覆った。

 肩が、小刻みに震えている。


「……アレクシス様?」


 マリエルが怪訝そうに首を傾げる。

 まさか、私のあまりの不気味さに吐き気を催されたのだろうか。

 ごめんなさい、今すぐ消えます。


「……ふっ、くく……」


 え?

 アレクシス様から漏れたのは、低い笑い声だった。


「だ、旦那様……?」


 周囲がざわつく中、アレクシス様はマリエルを――まるで埃でも払うかのように、無造作に振り払った。


「きゃっ!?」


 マリエルが体勢を崩し、無様に尻餅をつく。

 アレクシス様は彼女に目もくれず、真っ直ぐに私の元へと歩み寄ってきた。

 カツ、カツ、と重厚な足音が響く。

 目の前で止まった彼は、私の手を取り、その指先に恭しく口づけを落とした。


「……っ!?」


(ひゃあああああ!? あ、アレクシス様!? ててて、手が! 唇が! 心臓止まる!)


 私の内心のパニックなど知らぬげに、アレクシス様は妖艶な笑みを浮かべた。


「そうか。俺に見下されるとゾクゾクするのか、リリアナ」

「……え?」


 私の喉から、間の抜けた音が漏れた。

 今、なんと?


「それに、俺が国宝? 買いかぶりすぎだ」

「…………は?」


 思考が停止する。

 なぜ、心の中で叫んだだけの言葉を、彼が知っているの?


 アレクシス様は私の腰を強引に引き寄せると、耳元で甘く囁いた。


「知らなかったか? ドラグノフ家には代々、稀に『心を聴く魔眼』を持つ者が生まれる。……もっとも、これほど騒がしく、かつ愛らしい心の声を聞いたのは初めてだがな」


 心を、聴く?

 

(え、嘘……じゃあ、今まで私が考えていた、「アレクシス様の鎖骨を舐めたい」とか「睨まれただけでご飯三杯いける」とか、全部……?)


「ああ、全部聞こえていたぞ。毎回のデートで、表面上は黙りこくっているのに、頭の中では俺への愛をポエムのように詠い上げているのもな」


 ――ッ!!

 私はあまりの恥ずかしさに、呪いすら突き破って顔から火が出るかと思った。いや、実際に出ているかもしれない。

 穴があったら入りたい。今すぐこの場から蒸発したい。


「な、何をおっしゃっているのですか!?」


 尻餅をついたままのマリエルが、金切り声を上げた。

 彼女は立ち上がると、鬼の形相で私を指差した。


「騙されないでください、アレクシス様! その女は裏で、隣国の男と通じているんです! 我が家の金品を横流ししているという証拠も……」

「黙れ」


 アレクシス様の声は、絶対零度よりも冷たかった。

 彼は私を抱き寄せたまま、マリエルを一瞥する。その眼差しは、先ほど私に向けたものとは別人のように冷酷だ。


「証拠? そんなものは必要ない」

「は、はい?」

「俺は『全て聞こえている』と言ったはずだ。リリアナの心も、……そして、お前の浅ましい企みもな」


 アレクシス様の瞳が怪しく光る。

 マリエルが、ひっ、と息を飲んで後ずさった。


「『この人形さえ追い出せば、公爵家は私のもの』『姉のドレスを切り裂いたのは私だけど、気づかれてないわよね』……だったか?」

「な……っ!?」

「ついでに言えば、お前が横流ししているのは我が家の金品ではなく、お前自身が男たちに貢いでいるだけだろう。……その男たちの名前も、今ここで読み上げてやろうか?」


 マリエルの顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。

 周囲の貴族たちが、「まあ、なんてこと」「公爵様が嘘をおっしゃるはずがないわ」と囁き始める。


「い、いやあああ!」


 マリエルは悲鳴を上げ、逃げるように大広間を駆け出していった。

 その後ろ姿を、近衛兵たちが無言で追いかけていく。彼女の社交界での命脈は、今夜で断たれたことだろう。


 静寂が戻ったホールで、アレクシス様は再び私に向き直った。

 その表情は、甘く、どこまでも蕩けるように優しい。


「さて、邪魔者は消えた。……リリアナ」

「……」

「君は先ほど心の中で、『捨てられるのは辛い』と言っていたな?」


 私はこくりと、ぎこちなく頷く。


「安心しろ。俺が君を手放すつもりなど毛頭ない。むしろ、君のその熱烈な愛を知ってしまって、どうして離せようか」


 彼は私の頬を指先で撫でる。

 その熱に、氷のようだった私の表情筋が、少しずつ、少しずつ解れていくのを感じた。


「君の呪いを解く鍵は、おそらく『心の底からの安心』だ。……俺が一生をかけて、君を甘やかし、愛し抜いてみせよう」


(アレクシス、様……)

 

 胸がいっぱいで、言葉にならない。

 けれど、アレクシス様は嬉しそうに目を細めた。


「ああ、いい声だ。……愛しているよ、リリアナ」


 唇が重なる。

 大勢の観衆の前で、深くて長い口づけ。

 

(んんっ! あ、アレクシス様、みんな見て……!)

(……でも、幸せ……大好き……)


 離れた瞬間、彼が耳元で低く囁いた。


「続きは、屋敷に帰ってからたっぷりと。……覚悟しておけよ?」


 その夜、私は知ることになる。

 氷の公爵様の独占欲と溺愛が、私の想像を遥かに超えて熱く、激しいものであることを。


 ――感情のない人形と呼ばれた私が、愛を知って人間に戻るまでのお話。

最後までお読みいただきありがとうございました!

無表情なリリアナと、それを全部わかってて楽しむ公爵様、いかがでしたでしょうか。


少しでも「スカッとした!」「甘かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

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