決闘
この国では決闘が盛んである。少年ロックの父親は決闘により命を落とし、その復讐を誓ったロックは10年の月日をかけて剣の腕を磨いた。
彼の父親を手にかけたのはチャミールという政府の役人である。ロックはその男に出会うために国王の護衛隊に志願して政府内に入り込んだ。ロックの剣の腕はたしかであり、その実力と名声は人々に知れ渡った。
ロックが父親を失ってから13年目のある日、国王主催のパーティーが開かれ、あらゆる政府関係者が参加した。ロックも国王の護衛のために参加し、そしてついにその場で父親の仇であるチャミールを見つけることに成功した。そして彼の後ろをつけてついに声をかけた。
「チャミールだな。明日の夜9時、中央広場にて決闘を申し込む」
「お前はロックだな。お前の父親のことはよく覚えている。俺のことが憎いだろう。だがやめておけ。俺を手にかけたところで、何がどうなるというんだ?」
とチャミールは告げた。極悪人をイメージしていたロックにとって、父が子を諭すようなその言い方は少し意外に思えた。だが引き下がるわけにはいかない。
「黙れ。お前を倒すことだけが俺の生きる意味なんだ。そのために剣の腕を磨いて護衛隊に入った」
「この国では申し込まれた決闘を断ることができない。だから受けるさ」
そう言って踵を返したチャミールは三歩ほど歩いてこちらを振り返って低い声で告げた。
「悲しいものだな。我々が背負う宿命は」
その日の夜、ロックは街の酒場に出かけた。彼にはチャミールの言葉が不可解でならなかった。そもそもなぜあの男は自分との決闘に積極的ではないのだろうか。自分が負けて死ぬことを恐れているのか、もしくは決闘などというものに飽き飽きしているのか。しかしチャミールは、かつて剣士として国中に名を馳せた男である。そのような弱々しい理由とはとても思われない。
「ロックよ、お前チャミールに決闘を挑んだそうだね?」
と声をかけたのはこの酒場の店主のタミラである。すでに高齢である彼は、昔からこの国の人たちのことをよく知っている。
「チャミールは相当な腕前だぜ。覚悟はあるのか?」
「僕は負けませんよ。もし負けるにしても刺し違えて死んでやるんだ。そうでなきゃ死んだ父に合わせる顔がない」
「大した心構えだ。若いやつのやることに口を出すつもりはない。せいぜい悔いの残らないようにやることだ。だがなロックよ、物事というのは立場を変えると違うように見えてくることがある」
「どういうことです?」
「まあいい。難しいことは考えなくていいさ。明日は大事な決闘なんだろ。早く帰って寝るんだな」
そう言われたロックは少し不可解な気持ちを残しながらも店を出て行った。タミラがどういうことを自分に伝えようとしたのか、考えるなと言われてもロックの心には引っかかって仕方がなかった。
タミラが出て行った数十分後、1人の男がその酒場に足を踏み入れた。
「強いのを一杯頼む」
と憂鬱なトーンで告げたのは、チャミールその人であった。
「さっきロックが来たよ。明日ついに決闘するんだね」
「そうさ。いつかこの日が来るとは思っていた。あの男を決闘で殺してから、その息子の動向をずっと追っていたんだ」
「それは復讐から身を守るためか?」
「さあな、そんな理由でもない気がするよ」
そう言ってチャミールは注がれたウィスキーをロックで一気に飲み干した。心地よい静寂の中で氷のぶつかる音だけが響いた。
「この国の決闘では殺しは許されてはいるが、そこまでする人間はほとんどいない。しかしあいつはお前を殺す気でいるぞ。お前もその気でいないとやられるかもな」
「父を殺されたんだ。仕方があるまい。俺も多くの決闘をしてきたが、人を殺めるまでには至らなかった。ただの一度を除いては」
「それがロックの父親か。因果なもんだね」
「俺にはあいつの気持ちがよく分かるよ」
そう言うとチャミールはゆっくり立ち上がって、酒代をテーブルの上に置いた。
「必ずまた来い。負けるのは構わないが死ぬな。生きてまたここに飲みに来い」
「俺の腕をみくびってもらっちゃ困る。あんなわかぞうにやられるかよ」
そう言ったチャミールの背中は、どこか不吉な雰囲気を纏っているようだった。
決闘の場である中央広場に先に着いていたのはロックの方だった。開始の時間ぎりぎりになってチャミールは現れた。
「チャミール、剣を抜け。早く始めよう。俺の剣はお前の血を欲してうずうずしているんだ」
2人は剣を抜いた。わずかに風が吹いている。
戦いはしばらく決着がつかなかった。お互いに何度も剣を交え、互角の勝負が続いた。
「まだやるか?ロックよ。お前も相当な執念だな」
「当たり前だ。今日という日をどれだけ待ち望んだことか」
ロックは思い切り剣を振りかざした。それをチャミールが剣で受け止める。空気を切り裂くような音が広場中に響いた。
「なぜ俺の父を殺した?お前は父に決闘を申し込みそして殺した。いつも決闘では人を殺さないお前が俺の父だけは手にかけたんだ」
「そうだな。まるで今のお前のようにな」
「ふざけるな。俺とは違う」
「そんなことはない。俺にはお前の気持ちがよく分かる。今のお前はあの時の俺と同じ目をしている。相手を憎む目だ。目の前の男を殺すことだけに人生を費やしてきた男の目だ」
「どういうことだ?話せ。なぜ父を殺した?」
「お前の父は、かつて決闘で俺の父を殺したんだ。まだ俺がほんの子どもだった時さ。それから俺は剣の腕を磨いた。すべては父のかたきを討つために」
ロックは全身から力が一気に抜けたような感覚に襲われた。自分が憎み続けたこの男は、かつて自分と全く同じような生き方をしていたのだ。そしてその結果が今の自分を生み出した。何という巡り合わせだろうか。
「俺を殺したければ殺せ。だがそんなことをしてもきっとお前の気は晴れない。虚しさしか残らないさ」
「お前がそうだったのか?どういう気持ちだった?俺の父を殺した後、お前はどんな苦しみを味わった?」
「苦しみか、あの時に苦しみがあったとしたらその原因はお前だな。俺は復讐を遂げた直後、あの男に息子がいてやつの故郷で暮らしているということを知った。俺はその子のこと、つまりお前のことを考えると気が気でなかった。父を殺された苦しみを俺は知っているから、だからお前の苦しみを想像できてしまったんだ」
「俺はお前を殺す。そのためのこれまでの日々だった。今さらそんなことを知ったとて、この剣をしまうつもりはない」
「これは決闘だ。お前がその気なら俺も受けて立つ。この前言っていたな、俺を倒すことが生きる意味なんだと。そこまでの執念があるなら受けないわけにはいかないだろう。だが一つ言っておいてやる。人はそんなことのために生きるべきではない」
「うるさいぞ。そろそろ決着をつけよう」
ロックは隙のないほどに剣をチャミールに対して振り続けた。彼はそれをすべて受け止めたが、その勢いを前に防御をすることで精一杯だった。
その時だった。チャミールに一瞬の隙が生まれた。それを逃さずロックは彼の身体に剣の切先を斬りつけた。勝負はついた。チャミールはその場に倒れ込んだ。
「よかったじゃないか、目的を果たせて」
チャミールはおぼつかない声でそう告げた。
「ふざけるな。なぜ俺に隙を与えた?」
「何を言っている?」
「さっきの隙は明らかに不自然だった。お前はわざと俺に隙を与えた。俺が欲しかったのはそんな勝利じゃないんだ。俺に憐れみでも与えたつもりか?なぜ正々堂々勝負をしなかったんだ?」
「言ったはずだ。俺にはお前の気持ちが分かるんだ。俺を憎む気持ちも殺したいという気持ちも」
「だから殺されてやったとでもいうのか?ふざけるな」
「お前のためではない。俺のためさ。お前に殺されることですべてが終わるんだよ。何もかもから解き放たれるんだ」
そう言ってチャミールは息絶えた。
ロックはその場に剣を投げ捨てて、地面に仰向けになって手を広げ寝転んだ。なぜだか涙が止まらなかった。ロックは暗く闇に覆われた空に向かって咆哮を上げ続けた。




