第三章 殺人中継
第三章 殺人中継
「なに?爆弾だって?」
警視庁内は騒然としていた。一課の部署も連絡を受けた爆弾の事で持ちきりだった。
「場所は?」
そんな声も飛び交う。勿論、犯人から場所の指定などない。
「これでは、特殊班も動けんだろう。」
まったくもってその通りである。犯人からの要求は今のところない。それでも、犯人を追わんとしている刑事たちは電話が鳴るのを資料を見ながら期待していた。
「あれ?杉下警部は?」
レノが赤髪を後ろになびかせ、一課の部署に入ってきたときには杉下の姿はなかった。
「なんか、爆弾の事聞いてすぐ出てっちゃったけど。」
あ、さんきゅ。とだけ言って、すぐさま警視庁を後にする。杉下警部の携帯の番号など聞いた事もない。連絡を取るとしたら、情報センターに行く方が先だったか。それでも、レノは引き返す気にはならなかった。杉下において行かれる気がしたから。
その頃杉下は、一人の男性宅に居た。男性は、スーツ姿で杉下と向かい合いながら暗い部屋で立っている。暗い部屋にはテレビが一台、ぼうっと青白い光を放ちながら、ニュースを告げている。
「大野さん、で、よろしいのですか?」
「ええ、分かっているんだったら自己紹介なんていらないですよね。警部さん。」
杉下は、少し口でにこっとしながらも目では哂わず、相手の目をじっと見つめた。
「犯人が、あなたの教え子というのは。」
大野と杉下に呼ばれた男は、表情を崩さず、杉下に背を向けると、少し大きめのソファにでんと腰かけた。テレビのリモコンを握るとしゃべり始める。
「3日くらい前だったかな。あいつが俺に『先生、僕、爆弾で世の中明るくして見せますよ。』なんて言ってくるもんだから、爆弾なんてやめとけって忠告しといたんだ。」
テレビのリモコンを持ったまま、大野はボタンも押さずに話を淡々と続ける。
「で、どうして今回の犯人があなたの生徒だと?まだ、事件は公表されていないのに。」
「何、俺の友人が警視庁特殊班ってとこにいてね。」
「はあ、なるほど。その情報を漏らす特殊班ってのもどうかと思いますが、それはまあ、この際置いておくとしましょう。それで、犯人の居場所は?」
杉下がこちらに背を向ける大野に対してそう切り出した時だった。テレビが急に切り替わった。大野がリモコンを握ってはいるが、押していないぞと言っている。テレビは、いきなりホームビデオのような質感に変わり、うす暗い部屋を部屋の斜め上から撮影している様子が映されている。画面全体に映っているのは床。床には白い布がかけられている細長いものが映っている。
「こんにちは。」
画面の横からいきなり怪人のようなマスクが現れた。杉下は目を見開いて少し驚いたが、気を取り直して集中しなおした。
「皆さんにこれから、ちょっとしたパフォーマンスといいますか、見世物をしたいと存じます。後ろにある布の下には、とある女性が一人、眠っているのです。」
さっきの白い布の下は人間なのか。とすれば、杉下には安易にそのマスクがやらんとしている事は予想がついた。
「このナイフで。」
マスクは画面の外にある自分の手を画面内に、引き寄せる。その手にはしっかりとナイフが握られていた。
「こいつを。」
マスクはゆっくりと布のところへ歩いて行った。
「刺す。」
ドスッという鈍い音が聞こえるかのようだった。しかし、ホームビデオのようでその音声までは拾いきれなかったようだ。マスクが女性と言っていた白い布の下からはナイフを通して赤い血のようなものがあふれ出て来た。白い布はたちまち赤へと色を変えていく。
「クックック。お楽しみいただけたかな。それでは、待ってるよ。」
再び画面に顔を寄せてセリフを吐いた後、画面は元のテレビ番組に戻った。何もなかったかのようにバラエティ番組の司会者は司会を務めている。少しの沈黙が流れた。
「今のは?」
杉下が大野に尋ねる。
「さあ。」
大野は、首を横にかしげる。
「あなたは、今の映像に心当たりは?」
杉下の呼吸が少し荒くなる。
「ありません。」
杉下は大野のその言葉を聞いたのち、大野の家を飛び出した。大野のアパートは2階建てであり、大野の部屋は203号室。部屋を出て、周りを見渡した。右、左、上。そして、下。一台の軽ワゴンが走り去ったのを見た。怪しいと思い、杉下は目を凝らして、ナンバープレートを記憶した。
「何か思いついたんですか?」
後から出てくる大野は杉下に尋ねる。
「一種の電波ジャックですよ。それも、特殊な。」
といいながら、杉下は大野のアパートのテレビアンテナを指差し、大野の部屋のドアの上にある黒い塊を指差した。それまで困惑していた大野にも大体予想がついた。こんなものが内に仕掛けられていたなんて。きっとそういう心境だったに違いない。大野は驚いた顔を一時普通の表情に戻す事が出来なかった。