エピローグ
とある村の中。
その村長の邸宅の前に、一つの掲示板が掲げられていた。
掲示板には一枚の手配書が貼り付けられていた。
それは紙製で、似顔絵と文章がついていた。
描かれた顔は十代半ばの青年で、文章は大量虐殺の悪人のため見つけ次第通報せよ、というもの。
かなり怖い情報だが、村長宅の前を通る村人たちは、その手配書に目もくれない。
彼ら彼女らの目に入っていないわけではない。そして、あえて無視しているわけでもない。
村人たちが目を向けないのは、数年前から同じ手配書が更新されながら掲示され続けていることで、日常風景になってしまったから。
加えて、手配書の悪人が殺す相手は貴族と戦いを挑んできた者だけだと知れ渡っているため、村人たちが気にする情報ではないと判断しているからだった。
そんな村に、一人の旅人がやってきた。
その青年は旅装をしていて、戦士だと分かる上半身に鎧と腰に剣を装備していた。しかし旅の戦士にしては、顔つきは柔和で、栄養状態が良さそうな立派な体つきをしている。
青年は村の中に入ってくると、優しい声色で村人に声をかけた。
「この村では、酪農が盛んだと聞いて、観光に来たんだ。なにが自慢か、教えてくれない?」
「確かにそうだけれど、わざわざ動物の世話をしているところを見に来たので?」
「美味しいものがあるなら、それを買ったりもするよ?」
「なるほど、商人さんみたいな方なわけだ。それなら、牧場に案内しましょう」
村人と青年は、世間話をしながら、牧場への道を進んでいく。
「この村では、どう酪農をしているのか、楽しみですよ」
「牧場を見るのは初めてなので?」
「いや。他の村や町で見たことはあるよ」
「それなら珍しいことはないでしょう?」
「いやいや。村や町によって、世話している動物が違ったり、動物は同じでも世話の仕方が違ったりすんだよ。その違いを見るのが楽しいのさ」
「はぁ、そんなもんで」
この村人にしてみれば、動物の世話の仕方が少し違うぐらいで、なにが楽しいのかという気持ちでしかない。しかし、それを素直に青年に伝えたところで、空気が気まずくなるだけなので、口に出しはしなかった。
青年は、その村人の様子に気付いた様子がないまま、会話を続けていく。
「世話した家畜は、この村で屠殺を? それとも別の場所に輸出したり?」
「基本的に、この村でしめて、肉を売る感じだ」
「保存方法は塩漬け? それとも燻製?」
「基本は燻製。日持ちさせたいときは、香辛料をまぶしてから燻製にして、さらに干す」
「へぇ。香辛料に何を使っているのか、気になるね」
そんな会話をしながら、二人は村長宅の前に差し掛かった。
村人は青年と会話を続けながら、なんとはなしに手配書の似顔絵が視界に入った。
日頃は気にもしていない似顔絵だが、いまこのときだけは、強く目に留まった。
なぜなら、その似顔絵と目の前の青年の顔が全く一緒だったからだ。
村人が驚いて言葉を止めると、青年は掲示板に目を向けて悪戯が成功したような顔になる。
「どうやら気付いたようだね。でも安心して、僕を殺そうとしない限り、僕の方も殺そうとはしないから」
青年はそれだけ言うと、ほらほらと村人を急かして牧場の案内を求めた。
そして青年の言葉は本当で、正体を知られたのにも関わらず、最初の印象と変わらないままの態度で、牧場の観光をした。
「いやー、香辛料漬けの肉を試食したら美味しかったから、買っちゃったよ」
うきうきとした足取りで進む青年に、村人はたまらず質問した。
「なあ、兄ちゃんは本当に手配書の人か?」
「そうだよ。この国の貴族たちが目の敵にしている、悪の魔法使いは僕のことだよ」
「本当にそうなのか? 悪人にしちゃ、兄ちゃんは……」
「普通の人に見えるって?」
「そうだ。むしろ貴族たちより、人が良さそうに見える」
村人からの評価に、青年は照れ笑いの顔になる。
「人柄を褒められることなんて、そうないから恥ずかしいや。でも、手配書の情報は間違ってないよ。僕は、貴族を沢山殺している。貴族の手下の戦士もね」
「それは、どうして?」
「向こうが先に手を出してくるからだよ。放っておいてくれれば、僕の方からは何もしないよ」
「噂だと兄ちゃんは、貴族と戦いを挑んできたやつを殺すって聞いているが?」
「一部間違いだね。僕が殺す相手は、僕を害しようとする人だけだよ。貴族でも、僕のことを放置する人なら、殺そうとしたりしない。でもまあ、大多数の貴族は僕を見かけると攻撃してくるから、結果的に出会った貴族を殺していることにはなるかも?」
あっさりと人殺しを肯定する青年に、村人は言いようのない不安感を抱く。
それはまるで、草を食んで暮らす動物かと思いきや、鋭い牙を隠していた肉食獣に出会ったかのようだった。
村人は、何を話題にするか迷い、黙ってしまう。
青年の方も、村人の葛藤が分かっている様子で、沈黙に付き合っている。
そうして二人は、村の出入口まで並んで到着した。
「それじゃあ、僕は立ち去ることにするよ。牧場見学、楽しいかったよ」
「そ、それはよかった」
このまま二人は別れ、それぞれの生活に戻るだろう。
そんな村人の考えは、急に青年の顔つきが険しくなったことで、一気に怪しくなった。
「早いな。たまたま近くにいたのかな?」
青年が意味深な発言をした直後、日の光が陰った。
村人が空を向くと、地上と太陽の間に、馬車が空を飛んでいた。
「は、はぁ?」
村人が素っ頓狂な声を上げると、飛行する馬車の中から人が飛び降りてきた。
地上に着地した四人は、全員が一目で貴族と分かる豪奢な服を着ていた。
その四人のうちの一人が、青年に指を突き付ける。
「悪の魔法使い、カリ。今日こそ、お前の命日となる!」
「はぁ~。命を大事にしなよ。もうこの国の貴族は残り少ないんだからさ」
「問答無用だ! やるぞ!」
青年――カリに向かって、貴族四人が戦いを挑む。
カリは四人を迎え撃つ体勢をとりつつ、片手を村人へと向ける。
その直後、村人の体が後ろに引っ張られるような感覚と共に、村の中へと勢いよく飛翔し始めた。
「戦いの巻き添えになるからね」
村人は、カリの優しい言葉を聞きながら、すぐにカリの姿を目で確認できないほどの遠くの位置まで追いやられてしまった。
それから先は、激しい戦闘音が起こったと思えばすぐに止んだ。
村の人たちが集まりだし、総出で音の元へと近づいて確認する。
先ほどまでカリと貴族たちが居た場所は、焦げたり凍ったりした地面があるだけで、他には何もなくなっていた。
仮に貴族が勝利していれば、カリを討ち取ったと高らかに宣言しているはずなので、誰もいなくなった現状を見れば誰が勝者なのかは一目瞭然だった。
「兄ちゃんも大変だな」
村人は、カリの未来の安寧を願い、そして自分の日常に戻っていった。
というわけで、この話でこの物語は終わりとなります。
お楽しみいただけたのなら幸いです。
次回作、始めます。
宮廷魔法師筆頭(俺様)に助産師(こんな仕事)をやらせるんじゃない!
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よろしくお願いいたします。




