81話
カリの頭が混乱している中、初老の男性の言葉はさらに続く。
「王に『する』方法を伝えよう。齢二歳ほどの幼児に向かい、貴族が三人かかりで魔法をかけるのだ。一人が幼児に魔力を濯ぐ役、他二人が幼児の魔央が容易く破裂しないよう抑え込む役だ」
魔力を注いで魔央が破裂すれば、その人物は魔法使いになる。その事実は、既にカリが実証積みだ。
そして魔央の破裂が困難であればあるほど、破裂した後に体外へと展開される魔央の範囲が広がることは、カリとベティの差から判明している。
加えて、魔央の破裂が困難であればあるほど、魔力を体内に注入すると強い激痛が生じることは、カリが身をもって体験した。
「二人で魔央の破裂を抑えるってことは、その幼児は耐えがたい苦痛があるはずでしょ」
「そうだ。その苦痛によって、幼児は自意識と感情を消失する。そうやらねば、王に足り得る、広大な魔央は身に着けることができないのでな」
「でもそれだけじゃ、人が魔術を使えるようにはできないでしょ。僕や貴族が、魔央の内にいる人に魔術を使わせることはできないみたいに」
「先代の王が新たな王の頭の中へと、人が魔術を使えるようになる魔法の知識を魔法で注入するのだよ。そうして新たな王は、自身の生命活動を保全することと、国民が魔術を使うための魔法とで、頭がいっぱいになる。だからある方法で問いかけを行うまで、身近でなにが起ころうとも反応を返すことはない」
なんとも非人道的な行為だ。
しかしカリは、そうしなければいけないのだろうと、理解を示す。
「最初は国同士の戦闘のため。その後は国の発展のため。そして今は、人々の生活を維持するため。魔術は利用され続けている。だから、そうやって生み出す王が必要ってわけだ」
「人の生活を守るために必要な措置だ。そして、在野に現れた魔法使いを殺すことも、この件に関連している」
新たな話題へ移行したことに対して、カリは眉を寄せる。
「つまり僕を殺そうとしているのには、貴族の立場を守るって意味以外に理由があるって?」
「過去には在野の魔法使いを貴族の一員に加えることもあった。しかしだ、在野から成った貴族は知性に乏しい。人の暮らしのために王が必要だと教えても、王となる子が可哀想だと言い、仕組みを壊そうとする。そうはさせじと、他の貴族と諍いが生まれることになった。その過去があるため、在野の魔法使いを貴族にすることは止めるようになった」
さらに、と初老の男性の言葉は続く。
「在野の魔法使いは、貴族になり替わろうとする者が多い。貴族に税を取られる恨みからな。しかし貴族の一員に入れることはできないのだから、撃退して殺すしかない」
「僕は、そんなことを考えてなかったけど、貴族から殺そうになったけど?」
「ふっ。いまの代で、こんな事情を知る貴族は少ない。在野の魔法使いが生じたら殺す。それが仕来りだとしか知らぬ」
カリは、国の事情について理解はできたが、まだ疑問が残っていた。
「僕の居場所が分かる方法は? 王が教えてくれるって、貴族の人から聞いたけど?」
「王は魔央を国全体に広げていると教えたな。それ故に、王は自身の魔央の内に起こったことを把握しておられる。特に魔法使いの居場所については、的確に現在地点を言い当てることが可能だ」
カリも、自分の魔央の内に他の魔法使いがいれば分かる。
王が分かるのは道理だろう。
「自意識も感情もない人が、本当に答えてくれるの?」
「一定の手順を踏めば可能だ」
「その手順って?」
「なにか王を通じて、知りたい人がいるのか?」
「いないよ。ちょっと方法が気になっただけ」
カリは、教える気がなさそうだなと、方法を聞くのを諦めた。
そして考えるのは、ここで判明した事実を通して、カリがどうするべきかだ。
(王がいないと、国の全員が魔術を使えなくなる。けど王が存在していれば、僕の居場所は筒抜けになる)
カリが目標にしているのは、平穏な旅路だ。
王を殺せば、人々の暮らしから魔術が失われ、混乱が生じる。
しかし王を生かしたままでいれば、常にカリは貴族から命を狙われることになる。
どちらも平穏が遠くなる選択になってしまう。
カリは考えに考え、ある質問を初老の男性にすることにした。
「これから先、僕を狙うのを止めてくれない。そうすれば、王を殺す必要もなくなるんだけど?」
「それはできん。貴様は貴族を殺し過ぎた。その恨みは、誰が止めようとしても、ついて回ることになる」
「そっちが先に殺そうとしてきて、それを僕は返しただけだよ。それなのに恨みに思うって、理不尽過ぎない?」
「貴様も同じようなものだろ。故郷の村を滅ぼされたからと、貴族一家を皆殺しにしたのだからな」
その下手人は、カリではなく、ベティだ。
しかしそんな正論を語ったところで、貴族側の考えが変わるはずもない。
ともあれ貴族たちから命を狙われることが確定ならば、カリは王に対して、命を取る、生存を許す、のどちらしか選択肢がないことになる。




