72話
カリが一先ずの目的地にした町は、カリが経験した中でも一番広い規模だった。
カリが拡張し続けてきた魔央は、開拓村なら二つは優に覆えるほどの範囲を持つようになっている。
しかしその魔央でも全て覆うことができないほどに、この町は広かった。
「はえー。広いなぁ」
カリが出入口で町の中を眺めながら感心した呟きを漏らすと、そこで町を守っている戦士に苦笑されてしまった。
「初めて町に来る人は、だいたい同じ反応をするよ。ここで生まれた俺からすると、目を丸くするほどかねと思うが」
「これほど大きな町は、そうそうないよ。生まれ故郷を自慢していいと思う」
「そう言ってもらえると、なんだか嬉しいね。さて何時までも立ち止まらせているのも申し訳ないな。町の中に入って良いぞ」
カリが出入口から進入し、目でもって町の様子を確認する。
その景色を見て、カリが抱いた印象は『巨人の国』みたいだというものだった。
出入口から真っ直ぐに伸びる街道は、屋敷が立てられるんじゃないかと思うほどの広さで作られている。
その街道の左右に立ち並ぶ建物も、天井が高い造りでありながら複数階層で作られているため、とてつもない高さを持っている。
そうした広い道と高い建物と自分の体格を比較したことで、カリは巨人の国に迷い込んだ小人のような感覚になったわけだった。
しかし真実に巨人の国でないことは、街道を歩いていたり、建物から出てくる人の体格を見ればわかる。
「どの人達も、普通の体格だ」
この町に住んでいる人は普通の人だと、カリは安心することができた。
そして安心して心の余裕ができたところで、カリは当初の目的に立ち返ることにした。
王とその家族を殺しつくすために、その王のいる場所の情報を得るため、行商人を多く抱える商店で聞き込みをするのだ。
カリは道行く人に声をかけて、この町の何処にいけば、目的に叶う商店があるかを質問した。もちろん、王うんうんの話は口にせずにだ。
すると、ある一つの店を教えてくれた。
「方々の品々を扱っているお店よ。たぶん色々と情報通だから、君の知りたいことも知っていると思うわよ」
「わかりました。ありがとうございました」
カリは親切だった女性にお礼を告げて分かれると、教えてもらった商店へと行ってみることにした。
教えてもらった商店に到着すると、カリは再び巨人の建物じゃないかと考えそうになった。
普通の家屋なら何件も入りそうな広い土地に、五階建ての店舗が立っていた。
その巨大な異様さは、見る者を圧倒する迫力に溢れている。
開かれた扉から中を見てみると、その広い土地に見合うだけの商品が、ずらりと大量に並べられている。
「おとぎ話にでてくる竜の宝物庫って、こんな感じかも」
カリは圧倒されながら、知りたい情報を知るために店の中に入ることにした。
そして『案内』と立札がある場所へ行き、そこに待機していた女性店員に声をかける。
「聞きたいことがあるんですけど」
「はい、なんでございましょう」
「王様のいる場所に行きたいんだけど、どうやって行ったらいいかって、ここで教えてもらえるの?」
カリの質問に対して、女性店員は困り顔になる。
「王の住む場所ってことは、都に行きたいってことですね。申し訳ございませんが、街道馬車の切符の取り扱いは、この店ではしておりません」
「その切符を売っている場所にいけあ、ミヤコってところにいけるんだね? それって、どこにあるの?」
「えーっと……」
この店と関係ないことを質問され続けて、店員は答えるべきかを迷う素振りになる。
その困り具合が他に伝わったようで、警備員の格好をした人物が近寄ってきた。
「申し訳ありません。当店と関係のない話を続けることは、業務妨害と判断させていただきます」
「いや、妨害するつもりはないんだ。ただ、どうやってミヤコって場所に行ったらいいか、知りたいだけなんだ」
カリの言葉を聞いて、警備員は改めてカリの容姿に目を向けてきた。
その旅の戦士の見た目を確認してから、警備員は案内所をあける形でカリの腕を掴んで移動させる。そして小声で話しかけてきた。
「一応聞くが、ここから都までの地図が欲しいのか? それとも都行きの馬車に乗りたいから、切符が欲しいのか?」
「地図があって、それが買えるの?」
「さほど詳しい地図じゃないぞ。この町から出て、どの道を進めば都にいけるかだけが書いてあるもんだ。そんな簡単なもんなら、この店でも取り扱っている。だが、とても値段が高い」
「値段が高いって、どのぐらい」
「金貨一枚だ」
道だけの簡単な地図が、それほどの値段がすることに、カリは驚いた。
同時に、金貨で解決できるのなら、それはそれで助かるという気持ちを抱いた。
しかしながら、旅暮らしの人物が金貨を楽に支払えると思われることは拙いだろうという常識も、カリの頭で働いた。
「金貨一枚。払えなくはないけど」
演技でカリが渋って見せると、警備員はそれはそうだろうと理解した顔になる。
「とりあえず地図を売っている場所を教えとくぞ。この建物の四階にある書店だ。そこで都までの地図が欲しいと言えば、紙に描いてくれる」
「その場で描くわけ?」
「もちろん地図を描くことに長けた人が書くもんだ。素人が作った地図のように、見てわからないってことはない。とりあず行ってみて、本当に欲しいと思ったら買えばいい」
そうした専門技術者が描く地図だからこそ、金貨一枚もの値段がするのだろうと、カリは納得した。
カリは警備員と分かれると、教えてもらった四階の書店へと向かうことにした。
四階に階段を上がって到着すると、そこはとても煌びやか場所だった。
宝石や貴金属で作られたアクセサリーを並べた店。薄手の生地を何枚も使って厚みをだしているドレスを展示してある店。装飾品で豪華に飾られた武具を陳列している店。
どの店も、明らかに金持ち向けの店だった。
カリは、目がチカチカしそうな逸品だらけの場所を進んで、目的の書店に到着した。
この書店も、この階にある他の店と同じく、とても高級志向のように見えた。
床から天井に至る高さの棚には、見事な革が貼られた金色の字で題名が書かれた書籍しか置かれていない。
書籍の表紙革が艶やかさは綺麗に過ぎて、カリは手を振れて指紋を付けることすら怖くなってくる。
カリは立ち並ぶ本に圧倒されつつあったが、本ではなく地図を買いに来たんだと意識し直すことで、どうにか我に返ることができた。
棚と棚の間を通って、カリは書店の奥にいる店員へと近づいた。
その店員は中年男性だったが、一階で声をかけた女性店員の服装とは違っていて、とても高級そうな生地で作られた衣服を身に着けていた。
「あの。ここでミヤコまでの地図を買えると聞いたんだけど」
「地図、でございますね。お値段は三種類ございます。金貨一枚。金貨五枚。金貨十枚です」
値段に差があることに、カリは聞いていた話と違うと眉を寄せる。
「その値段の差って、何?」
「地図の正確さでございます。金貨一枚ですと、道ぐらいは分かる。金貨五枚ですと、道がより正確になり、方角も合っています。金貨十枚のものは、裕福な商人や御貴族様が壁に飾るような芸術品でございますね」
「実用だけを考えるのなら、金貨一枚がいいの? それとも五枚?」
「こちらも商売ですので、金貨五枚の方を買っていただけると助かります。もちろん、大変ご満足いただけるという自負あって薦めております。ご納得いただくため、こちら見本でございます」
店員は、三枚の見本を出してきた。
この三枚とも、この町の周辺の地図のようだった。
金貨一枚の見本は、とても簡略的に道を描いてあり、分かれ道がある場合だけ目印が書き込まれていた。うっかり目印を見落とすと、迷ってしまいそうな出来栄えだ。
金貨五枚の見本は、道の形が緻密に描いてあり、目印も数多く書き込まれていて、日が昇る方向も記されている。この地図を見て迷う人はいないように感じられた。
金貨五枚の見本は、芸術品と店員が評した通りに、色絵具を使って地形と植物などが書き込まれていて、見た目に楽しいものになっている。正直、実用には向いてないように見える。
そうして三枚の見本を見比べて、カリは金貨五枚の地図を買うべきだと判断した。
幸いカリの懐具合は、開拓村から持ち出してきた金銭と、魔物を倒して得た報酬と、先ほど馬車の御者の服の内から回収したもので、金貨五枚を吐き出しても余裕がある。
「じゃあ金貨五枚の地図を。この町からミヤコってところまでの」
「先払いで承っております――はい、確かに金貨五枚をお預かり致しました。少々お待ちください」
店員が金貨五枚をお盆に乗せて、彼の背後にあった扉を開けて中に入っていった。
扉が開いた際に見えた部屋は、多数の紙と革がある作業場のような場所だった。
店員がその部屋の中に消えてしばらくしてから、今度は紙筒を手に戻ってきた。
「こちらが、ご所望の地図でございます。ご確認ください」
店員が紙筒を広げて、描かれたものを見せてきた。
その地図の大きさは、カリがの上半身と同じ縦幅と、両手を大きく広げたときと同じ横幅があった。
それほどの大きさの紙には見本と同じ程度に道と目印が描かれていて、立派な地図になっていた。
「ん? 地図の印をみると、太陽が昇る方向が地図の下側になってる?」
「お気づきですね。そう。この地図は、縦長の地図なのです。この町から都までは、少し距離がございますので、縦長にするしかなかったのです」
最初に横向きで見せたのは、この地図が縦向きな点を強調して教えるためだったのだろうと、カリは納得した。
カリは、その地図に描かれた道を確認して、この町から都までの道を大まかにだが把握した。
「この地図でいい。貰っていくね」
「はい。良い商いを、ありがとうございました」
カリは金貨五枚の地図を手に入れ、これで王がいる場所へ行けると、上機嫌で店を後にした。




