69話
カリが近寄ると、生き残った女性貴族が右手を向けてきた。魔法で治療していた左肩は、傷口を塞ぐだけの形で治っていた。
「食らいなさい!」
女性貴族が魔法を放とうとする。
しかし、その手から魔法が出現することはなかった。
「なっ。どうして!?」
「理由は、僕の魔央の内にあんたを入れたからだ」
カリは攻撃を受けそうになる直前で、限界から少し圧縮率を緩めた魔央で女性貴族を包み込んだ。
同じ空間に魔央が二つある場合、圧縮率が高い魔央の持ち主の意識が尊重される。
このことは、魔央の圧縮を知る前のカリが徴税官と戦った際に明らかになった事実である。
つまり女性貴族は魔央の圧縮率で負けているため、カリの魔央の内側にいる限り魔法が使えない。
そしてカリは、女性貴族を魔央の内側に入れていることで、ありとあらゆることを魔法でもって女性貴族に行えるようになっている。
「抵抗するな」
「ぐぎッいいいいい!」
カリは魔法でもって、女性貴族が動けないように周囲の空間を固定した、
女性貴族は渾身の力で身を捻って逃げようとするが、魔法も使えず、筋力で脱出できるはずもないため、諦める以外に選択肢はなかった。
「はあはあ。私に、何をする気ですか」
女性貴族の問いかけに、カリは笑顔で返答する。
「僕の質問に答えてくれ。そうすれば、解放してあげるし、腕も治してあげるよ」
「質問に答えるだけ、ですか?」
「そうだよ。どうして、この村で貴族が五人も待ち構えていたかを答えるだけでいい」
カリの質問に、女性貴族kは訝しげな表情を浮かべた。
「そんなことを知って、どうするのです」
「僕がとる選択肢が変わる。理由もなくたまたまなら、気楽な旅暮らしを続けるよ。ちゃんとした理由と手段があるのなら、僕の平穏のために排除しておきたい」
ここで女性貴族は、質問に答えるべきか迷う顔になる。
その表情を見て、カリは悟った。
(貴族以外の魔法使いがいる場所を知る方法があるみたいだ)
その方法があると知れただけで、カリにとっては大収穫だ。
そして女性貴族を生かしておく価値が、一気に目減りした。
そんなカリの認識の変化を察知したのか、急に女性貴族が質問の答えを口にし始める。
「託宣があったのです。悪の魔法使いが、この村の付近にいると」
「託宣? 神殿の神官がお告げをしたと?」
カリは、開拓村にいた神官を思い返すが、そんな真似ができるようには思えなかった。
なにせ神官の役割は、村人に魔術を教えて広めること――真実は、魔術を使った作用で体内の魔央の外壁を固して魔央の破裂をし難くさせて、突発的に魔法使いになる人を出さないようにすることだ。
つまり神官は、貴族の立場を守るために各町村へと派遣される、貴族の手先だ。
貴族が神官に命令を下すことはあっても、神官が貴族に託宣するなんてことは有り得ない。
そんなカリの認識が正しい事が、女性貴族が続けた言葉によって確定する。
「神官ではなく、託宣をするのは王です。この国を統べる王が、貴方の居場所を告げてくださったのです」
「ああ、そうだよね。貴族がいるんだから、王様もいるよね」
カリは、いままで考えもしなかった王様の登場に、少なからず動揺した。
カリが開拓村の村人の子供でしかなかった頃、王様なんて物語上の登場人物でしかなかった。
そんな空想のような存在が出てきたことに、カリは現実感を抱けなかった。
しかしカリは意識して、王様こそが自分の位置をバラす存在なのだと認識する。
その認識が成功したことによって、カリは更に混乱することになる。
「王様が、どうやって僕の居場所を知ったんだ。少なくとも、僕はこの村に来る前に、誰かに魔法を使っている場面を見られることはなかったよ」
「……申し訳ありませんが、その答えは持ち合わせていません。王は、この国のことを全て知っているとしか言えません」
「全て知っている? じゃあ僕以外に、その託宣をされた人もいるってこと?」
「貴族家から出奔した人物の居場所や、川の氾濫や畑の病害が出そうな土地の場所などを託宣してくださいます」
「教えてくれるのは、王様のいる場所から遠い場所でも?」
「距離は関係ありません。国の中であれば、王は全てを知っています」
女性貴族の言い分を全て信じる気は、カリにはない。
しかしカリの居場所近くに貴族が五人も配置されていたことを考えると、少なくとも話半分に信じるぐらいはするべきだと、カリは判断せざるを得なかった。
「その王様の託宣っていうのは、いつでもしてくれるのかな?」
「王は忙しい身です。一度託宣したことは、こちらから要望しなければ二度目はないと聞いています」
「じゃあ、僕の話も?」
「いいえ。悪の魔法使いを殺すことは、この国の一大事。失敗したと知れば、即座に王に託宣を要望することでしょう」
それを聞いて、カリは女性貴族が素直に話してくれた理由を理解した。
「僕が知ったところで、対処のしようがないから教えてくれたわけだ。そして僕が約束を破ってあなたを殺しても、あなたたちが帰還しなかったことを受けて、他の貴族が新たな託宣を王様に要求して、僕の居場所を知る手筈になっているわけだね」
「その通りです。貴方がどう頑張ったところで、殺される未来があるだけなのです。諦めて、自死することをおすすめします」
女性貴族の言い分に、カリは鼻で笑ってしまう。
確かに女性貴族が言うように、カリが生きている限り、延々と貴族たちに狙われる人生を送ることになるだろう。
しかし、その状況にも限界はある。
カリが死ぬか、貴族が全て死ぬか、という限界が。
「いや。王様を殺してしまうというのも、解決の一つになるか。いや王族全てかな?」
王とその家族が死ねば、託宣を行える人物はいなくなる。それは同時に、カリの居場所を見破れる人物もいなくなることを意味している。
貴族全てを殺しつくすことより、王とその家族を死滅させることの方が簡単そうだ。
そんなカリは考えが伝わったのか、女性貴族が顔を青ざめさせる。
「恐ろしいことを考える。王を殺そうとするなんて」
「僕には出来ないとでも?」
「ああ、出来ないだろう。王は、我々貴族が束になっても勝てないお方であり、そしてこの国の守り神であらせられるのだから」
「それはつまり、全ての貴族を殺せる力を持っていて、この国を破壊する覚悟があれば、王様は殺せるってことだよね?」
女性貴族は、カリのことを理解しがたい化け物を見る目になる。
「本当に、王を狙うというのですか?」
「僕が平穏に日々を過ごすために必要みたいだからね」
「仮に成功してしまったら、この国の全ての人々が困る事態になるだろうというのにですか!?」
他人を持ち出しての説得に、カリは失笑する。
カリの母親だった人は、夫が死んで悲しいからと働かなくなり、やがて死んだ夫のことを忘れるために恋人と子供を作った。
開拓村の村人たちは、カリ自身に非はないというのに、畑を手伝わない小作人の子だからと粗雑に扱い、不逞を働いた女の子供だからと迫害を行った。
神殿の神官は、やさしい人格者のような顔をしながら、貴族の立場を守るために魔術の普及を村人に行った。
貴族は、自分たちの立場を守るためだけに、在野に出現した魔法使いを悪と呼称して殺そうとしてくる。
こんな風に、誰も彼もが個々人の事情を押し通すことだけ考える世界だ。
そんな世界なのだから、自分の平穏を守るために全てを犠牲にしたって許されて然るべきであるというのが、カリの認識である。
「他の人のことなんて知らないね。人は誰も自分のために生きているんだ。僕が死なないために、他の人が死ぬべきだ」
カリは女性貴族へと掌を向ける。
女性貴族は、殺されると思ったようで、目を強く瞑って最後の時を待っている。
しかしカリは事前に約束していた通りに、情報を放してくれた女性貴族の左腕を魔法で再生させてから解放した。
「ほら、行きなよ。せっかく助かった命なんだから、僕以外の人を相手に使うことだね」
「……お礼は言いませんよ」
女性貴族は、カリに背を向けて逃げ出した。
ここで魔法で追撃すれば、簡単に女性貴族の命は奪えるだろう。そして女性貴族の命を奪えば、王が託宣を下す時間を引き延ばせる可能性があった。
しかしカリは、そんな真似はしない。
約束したことを守ることが、自分の矜持の一つだからだ。
「村の人たちに僕と貴族たちが戦っている様子を見られているから、あの女性貴族を殺したところで情報封鎖は出来ないだろうしね」
もし本気で情報を封鎖しようとするのなら、この村を丸ごと消すぐらいのことをしなければいけない。
流石にそんな真似はできないしと、カリは魔法の応酬で破壊されてしまった場所から立ち去ることにした。




