68話
カリが食堂の外へ出ると、五人の甲冑戦士が一斉に武器を手に斬りかかってきた。
「悪の魔法使いめ! 覚悟!」
「大人しく死ね!」
相手が魔法使いだと知りながら斬りかかってくる度胸に、カリは感心した。
しかし、魔法使いが普通の人に負ける道理はない。
「君らを殺す気はないけど、威力調節ができないんだ。ご免ね」
限界まで圧縮した魔央が生み出す魔法は、カリがどう手加減しようと試みても、強力無比になってしまう。
だから、カリが甲冑戦士たちを押し留めようと魔法で風を吹かしたところ、人が上空へとかっ飛んでいく強風が吹き荒れることになった。
甲冑戦士五人は、その風に巻き上げられ、上空から地面へと落下して命を落とした。
その五人の失われた命を無駄にしないよう奮起した様子で、他の甲冑戦士たちが魔術を放ってきた。
「「『火の神よ。その御手に、灯る火を、お貸し、ください。その御心に、悪を許さぬ気持ちを、生じさせて、ください。その義憤でもって、彼の敵を、焼き払い給え』」」
「「『土の神よ。その御手に、握りし、石の槍を、お貸し、ください。その御目にて、我が敵の姿を、御映し、ください。その威光でもって、彼の敵を、貫き給え』」」
「「『水の神よ。その御体に、纏う水衣を、お貸しください。その御手から、滴る水を、御与えください。その水の圧で、我が前の 全てを 押し流し給え』」」
「「『風の神よ。その御背の、翼の羽根を、お貸し、ください。その御口を、我が敵へ、御向けください。その息吹でもって、我が前を、大きく広く、吹き飛ばし給え』」」
カリも呪文を知っている、神殿の神官が教えてくれた魔術たち。
それらが、甲冑戦士の手の先から放たれた。
合計十発を超える魔法の襲来だが、カリは心配していない。
魔術は、しょせん魔法の劣化版の威力しかない。
そしてカリが持つ限界まで圧縮した魔央は、魔法ですら防ぐ特殊な力を持つ。
加えて――
「障壁」
――限界圧縮した魔央の出力で生んだ障壁の魔法を使えば、防げない攻撃はない。
このカリの自負の通りに、全ての魔術は障壁によって阻まれ、一発たりともカリに到達はしなかった。
しかし、全くカリの想像通りということにもならなかった。
「なるほど。どうして戦士たちに魔法使いに通用しない魔術を使わせたのか謎だったけど、魔術の中に魔法を隠すためだったなんてね」
カリが視線を向ける先は、甲冑戦士の後ろに隠れるように立っている、四人の貴族たち。
その貴族たちは、手から魔法を放った格好で立っている。
カリの障壁は攻撃を全て防いでしまったが、その攻撃の中に貴族たちが放った魔法があったようだ。
仮にカリが貴族と同程度しか魔央の圧縮率がなかったら、魔術の中に隠された魔法による攻撃を食らっていただろう。
そうでなくても、カリが余裕ぶって魔央の圧縮率を下げていたら、攻撃が通った可能性が高い。
「油断がいけないことは、ベティから学んだからね」
カリは、ベティの死から受けた教訓を胸に抱き直してから、魔術の呪文を再び唱え始めえている甲冑戦士たちへと手を向けた。
「お前たちは寝てろ」
カリが魔法を放つ。選択したのは、眠りに落ちる魔法。
無色透明な魔法を食らい、甲冑戦士たちがバタバタと地面に倒れて寝息を立て始める。
眠りに落ちる魔法は非殺傷性ではあるが、限界圧縮した魔央で生みだした魔法なので、いつ起きるか分からない威力になっている。もしかしたら、一生眠ったまま起きない可能性もある。
ここでカリは、眠ってしまった甲冑戦士の一人に、眠りを覚ます魔法をかけてみることにした。
「ちょっと実験」
カリは貴族の一人を生かしたまま捉えて情報を得たい。
そのために、無傷で身柄を押さえられる眠りの魔法は重宝する。
しかし限界圧縮の魔央で作る眠りの魔法を使ったのなら、それと同じ程度の目が覚める魔法を使う必要がある。
だからカリは、眠る甲冑戦士の一人にその魔法を使ってみて、その効果を確認することにしたのだ。
そして件の甲冑戦士は、カリが放った目を覚ます魔法を食らって、すぐさま跳び起きた。
「あああ、おおおおおぉぉ!」
甲冑戦士は、なぜか頭を覆っていた兜を脱ぎ捨てると、頭を押さえて仰け反り始めた。その目は、眠気が一切見えないほど、見開かれてギンギンに輝いている。
それからすぐに甲冑戦士は頭を押さえたまま体を痙攣させ始め、口から泡を吹き出しながら失神して地面に倒れ込んだ。
その異様な仕草について、カリは腕組みしながら原因を考える。
「強く目を覚める魔法を与えると、頭が壊れるのかもしれないな」
この甲冑戦士の結末を鑑みて、眠りの魔法と目覚ましの魔法を使用し、魔法使いの一人を生け捕りにして情報を引き出すことはできないと、カリは判断するしかなかった。
一方で四人の貴族たちは、瞬く間に甲冑戦士たちが無力化された上に、その内の一人が奇声と奇行の後に倒れた様子を見て、今更ながらカリに対して及び腰になっていた。
「な、なんだ、どうなっているんだ! やつは何をしたんだ!?」
「悪の魔法使いなんて、我ら貴族の足元にも及ばない連中だという話だっただろ!」
「先祖伝来の話と違う! なんで、こっちの魔法が全く効かないの!?」
「皆、落ち着いて。敵対したからには勝つしかないんだから」
カリが生かしておく候補に考えていた方の女性貴族は、一人だけ冷静さを保っている。
その理知的な姿に、カリは心の内で褒めると同時に、厄介さを感じていた。
(やっぱり、この人から情報を引き出すことは難しいんじゃないかな)
圧倒的な劣勢と知りつつも、どうにか一矢を報いようと狙っている人物だ。
カリも、開拓村で暮らしていた頃は、村人たちから迫害を受ける境遇の中で一発逆転を考え続けて生きてきた。
だからカリは、自分と似た精神を持つ女性貴族を侮るべきではないと決意した。
「だから、死んでくれ」
カリは、その女性貴族に指を向ける。そして指先から、魔法で熱線を発射した。
女性貴族は、常にカリを警戒していたのだろう、指先を向けられた瞬間に回避行動に入っていた。しかしカリの魔法の発動と発射が素早過ぎて、回避が完了しきる前に魔法が命中してしまう。
「うぎゃああああ!」
左肩が熱線を受けて消失し、肩の先にあった腕が地面に落ちた。
女性貴族は避けた先で蹲りながら、失った左肩を右手で押さえ、必死に「治れ治れ」と魔法を紡いでいる。
回復されては厄介なので、カリは止めを刺そうと指を向けなおす。
しかし魔法を放つ直前に、他の貴族たちが動き出していた。
「おおおおおおおおおおおお!」
「やあああああああああああ!」
「うわああああああああああ!」
叫び声と共に、魔法を連発する。
カリは用心して、女性貴族に止めを刺すことを取り止めて、障壁を再展開して攻撃を防ぐ。
貴族たちは魔法の狙いをつけてないようで、カリが張った障壁から外れ、村の建物や村人に命中するものもある。
「ぎゃあああああああああああ!」
「おたすけをおおおおおおおお!」
魔法の直撃を食らって倒壊する建物から、村人の悲鳴が上がる。
たまたま近くにいた村人が、魔法で作られた水の刃を食らって上下に分割にされて死ぬ。
火の魔法が命中して炎上を始めた建物から出てきた村人が、悲鳴を上げながら貴族たちが放った魔法の餌食になる。
様々な結末で、この場所の近くにいただけの村人たちが死んでいく。
カリはその様子を横目で見て、舌打ちをした。
「チッ。発狂した奴ほど、手に負えないものはないか」
カリは仕方がないと肩をすくめると、魔法を連発し続ける三人の貴族たちを、魔法の障壁越しに睨んだ。
「頭を消し飛ばす」
カリがそう宣言した直後、カリの限界圧縮した魔央から石槍が三つ生み出されて投射され、それぞれが三人の頭部に一瞬にして命中した。
この三つの石槍は、三人の頭部を一瞬にして粉微塵に吹き飛ばすと、その裏に存在していた建物に当たって貫通し、さらにその先にある四件の建物を吹き飛ばしてから消滅した。
「……うっかりしていた」
三人の貴族を殺すことを意識し過ぎて、村の建物に被害がでるという可能性を考えてなかったことを、カリは反省した。
しかしやってしまったものは仕方がないと諦め、カリは情報収集の目的を果たすため、唯一生き残った女性貴族に近寄った。




